第2話


「自分は可愛いって自覚ある女の一例を知ってるか? 可愛い可愛い言ってくる周りの評価以上に、自分が可愛いと思ってる。たしかにあいつは可愛いよ、一般人並に。けど本人は、カリスマモデルやスター並みに自分が可愛いと思ってる……思うのは勝手だが、それを表に出されるとムカつくんだよ。」


 ミートパイの皿が空になると、スキャランは一息つき、ココナッツミルクのカクテルを注文した。

 フィグは素早くカクテルを作り上げ、グラスにストローをさしてそれをスキャランの前に出す……その時、彼は右の口角を釣り上げた。 

 これは、彼がゴシップを語る時の合図である。


「……ねぇ、旦那。今朝、地下鉄でワームが出たって話は聞いたかい? 17メートルの、小ぶりだけどでっぷり太ったヤツでさ。ブヨブヨな見た目してんのに、叩いてみると硬いらしい。刃物も魔術も効かないし、弱点の火も効かないしで……相当、駆除に手間取ったそうで。」 


「あぁー……新聞でちらっと、読んだような。」


 スキャランの反応は薄いが、ロンドンは今、このワームの話題で持ちきりだった。

 巨大で凶暴な魔物がこの大都会をうろついていたら、近隣住民は気が気でないだろう……しかも、普通のワームとは違ってその皮膚は刃を通さないほどに硬く、弱点であるはずの火が効かないというのだから、ならどうやって駆除するのかと人々の不安は煽られる。

 広大な湿地帯に生息するはずのワームが、なぜ大都会のロンドンに忽然と現れたのか。憶測ならば、いくつも報道されている——


「一週間前に出たヤツも確か、硬くて火が効かない

 15メートル……内緒で飼ってたペットがでかくなりすぎたんで、飼い主が逃したんスかねぇ? そんで住む環境が変わって突然変異で硬くなったとか? もしくは、シンプルに自然発生した新種か……いや。どっかのでかい組織がワームで兵器を作ろうとしていて、その過程で研究所から脱走した……が一番有力な説かな?」


 ゴシップが好きなフィグはスキャランを見て反応を窺ったが、彼は他人事のように興味がなさそうである。


「旦那の職場……今、大変なんじゃないスか?」


 ウェントワース 〝魔法省本部〟

 そこがスキャランの働いている職場だった。世界規模で有名な研究施設のある近隣で新種のワームが出たとなれば、"機密実験"の産物だ〟と噂されても仕方ない。

 ここ数日、ウェントワースのゲート前はメディアでごった返している。


「まっ、旦那がロンドンにいるくらいだ……ワームがいてもおかしくないか。」


 チリン……


 エントランスの扉に備え付けてあるベルが鳴った。

 来店したのは、耳の尖った二人組の男性客。

 襟飾りの付いたシャツにフロックコートと、二人とも少し古風な貴族の装いをしている。

 エルフの男性客らがカウンター席の方へ歩いてくると、フィグはメニュー表を彼らに差し出した。


「いらっしゃい。メニューはこの中からお選びください。」  


「……注文の前に一つ問いたいのだが。あれはペットか、奴隷か何かか?」


 エルフの男のひとりが、カウンターの隅に座っているスキャランを注目する。


「いえいえ、お客ですよ。ウチの常連さん。」


 人が良さそうな笑顔を浮かべてフィグは答える。

 するとエルフの二人組は、嘲笑するように鼻を鳴らした。


「パブでひとり飲みするゴブリンなど初めて見た。田舎町でも中々見かけないのではないか? 一瞬、ここが本当にロンドンなのか疑ったぞ。」


「あぁ、実に面白い光景だが……品がない。」


「そうだな。品がなくて、そして不衛生。」


 エルフの二人組はフィグの方に顔を向けると、「お前が店主か」と尋ねた。

 しかしフィグが返事をする前に、スキャランが声を上げる。


「あのなぁ。悪口なら、本人に聞こえないように言えよ。」


 バーチェアをくるりと回し、スキャランはエルフたちの方を向いた。

 するとエルフのふたりは目を見開き、芝居がかった感嘆の声を上げる。


「ほぅ……このゴブリンはしゃべれるのか! 実に珍しい。よく見たら、随分と頑健そうな体をしているな。ゴブリンとは手足が細くて、腹が出ているものだが。」


「はっは。鍛えているんだろうさ、この筋肉だるまのおチビさんは。知性があるなら格好をつけたいとも考えるだろう。」


「なんと! チビの筋肉ほどみっともないものはないというのに!何でもやり過ぎは良くないぞ?はははは……」


 エルフたちの罵倒は続いた———

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