都会のゴブリン

すゞや

一章 ストーリー・オブ・バレンタイン

第1話 都会のゴブリン 

 

 〜神秘の大陸〜


 その大陸は緑に恵まれ、資源に恵まれ、魔術や錬金術に使われる素材を容易に手に入れることができた。

 浸かると若返る魔法の泉や、預けると価値の高いものに変えてくれる不思議な貝、オリハルコンと呼ばれる上質な金など、この場所にしかないもので溢れている。

 その大陸には未知の力が宿っているとされ、不思議な現象が度々起こった。

 例えば、空から頻繁に星が落ちてくる。

 流星群が見えた翌朝は、大陸一面星のかけらに覆われると言う————



 ♦︎♦︎♦︎



 イギリス・ロンドン 深夜


 セントラル・シティの裏道を少し歩いて行ったところに、ケットシーが営むパブがある。

 モノクロの床にはヴィンテージ風の円形テーブルが並び、客入りはいつもそこそこ……。

 カウンター席の端には、お一人様のゴブリンが座っていた。

 岩肌のようにゴツゴツとした緑色の肌、垂れ下がった大きな耳、意外にも清澄な青い瞳。

 お世辞にも褒められた容姿ではない。

 上はフード付きのマント、下はズボンと丈夫なブーツ。

 普通、ゴブリンは服など着ない。寒い時にちょっと布や葉っぱを腰に巻くくらいだ。

 そもそも、ロンドンでゴブリンを見かけること自体普通ではないのだが———


「まず、自覚あるブス……コンプレックスが強くて、自信がないタイプのブスは超ウザい。 プライドが高いタイプのブスは、ひねくれてて超面倒臭い。次に、自分がブスだという事に自覚がないブスだが……そういう勘違いブスの勘違い発言は、超絶イライラするわけよ。俺はこれらに当てはまらないブスの女に会ったことがない……さて、俺はこん中だとどれに当てはまる?」


 がさついた声で辛辣な自論を述べると、ゴブリンのスキャランはカウンターで仕事をしている青年に意見を求めた。


「旦那は男でしょ……はいよ、ミートパイ。」


 きつね色の髪が特徴のこの青年の名はフィグと言い、彼はこのパブの店主である。

 カウンターから手を伸ばして、スキャランの前にミートパイの皿を置いた。


「〝プライドが高いタイプのブスは、ひねくれてて超面倒臭い〟が一番近いだろ? 気ぃ使わなくていいって。じゃあ、チビで体鍛えてる奴についてどう思う?」


 スキャランは出された皿を自分の方へ引き寄せたが、まだ手をつける様子はなかった。

 フィグは水切りラックからグラスを取り、それを拭きながら答える。


「どうって……まぁ、偉いと思いますよ?」


「何が偉いんだ、テキトーな返事しやがって。チビで筋肉つけたら手足が短く見えるし、腰がどこだかわからなくなる。見苦しいことこの上ないのに、チビのやつにかぎってなんでゴリゴリに身体を鍛えたがるんだ?」


 まるでたちの悪い酔っぱらいの絡み方だが、彼は決して酔ってなどいない。いつもの調子だった。

 そして、そんな面倒な客を相手にフィグは慣れた調子で応対するのだ。


「強くなりたいんじゃないスかぁ?小さいなりに。」


「いやちがう……俺はそうだけど。重量上げの選手とかハンマー投げの選手とか、そういう奴らは例外としてだな……ゴリゴリに鍛えてるチビの大半は、見せたくて鍛えてるんだ。筋肉を、見せたくて! それでかっこいいと思ってんだよ本人たちは。ところが、実際は頭身のバランスが変になって、すっとこどっこいな見た目になる。筋トレも程々にした方がいいんだよ、チビは。」


 偏見を語り終えると、スキャランはようやくミートパイに手をつけた。

 ナイフとフォークをそれぞれ両手に持ち、パイを小さく切って口へ運ぶ……と、見た目の割には上品な食べ方である。

 喋る時も、彼はちゃんと口の中を空にしてから言葉を並べるのだ。


「どっかにチビの筋肉ダルマはいねーのか? 俺が現実を突きつけてやる……この筋肉ダルマが! 文字通りダルマだぞ、手足も首も無駄に太くて短い。腰はどこにある? 等身大の鏡の前に立った事あンのか?筋肉だって人を選ぶんだよ……ってな。」 


「自虐ネタもしつこいと、嫌われちゃうよ〜ん?」


 横からの返事は、この店の看板娘のティニィだった。

 白い髪を緩く巻いたボブカット。頭の上には直に生えている白い猫耳……。

 シアンの瞳の上には、くるん、とカールした長い睫毛。

 丸みのあるベピーピンクの唇を尖らせながら、彼女はスキャランの顔を覗き込んだ。


「やめろ、その口。殴りたくなんだよ。」


 若い娘を相手に、スキャランは遠慮のない言葉を投げつける。

 当然、言われた側は反発した。


「はーぁ? 元からこーゆー口なんですけどぉ? 作ってるみたいに言わにゃいでくれるぅ?」


「……お前、よくそんなツラで人前に出れるな。」


「ムッ……! あんたに言われたくにゃいっての! 」


 ヒールから威圧的な足音を鳴らしながら、ティニィはバックヤードの奥へ入って行った。

 すると、溜息混じりにフィグが言う。


「あ〜ぁ……あの子、いじけるとすぐサボるんですから。かわいーかわいー言っといてやってください。」


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