第3話 バレンタインと羽のない妖精
王国ミラ 宮殿
金の刺繍が施された真紅のカーペットがどこまでも続いている。
彫刻や石像、絵画など、宮殿内は煌びやかな装飾品に彩られいつも華やかだった。
上品に飾られた宮殿内を、ひとりの幼女が駆け回る。
ブロンドの長い髪をゆらゆらと泳がせ、ピンクのドレスをふわふわと膨らませながら、ミラ王国第一王女バレンタインは、この国の王である自分の父マリウスの姿を探していた。
今日の夜は星が綺麗に見えると宮廷の魔女から聞いたバレンは、今夜一緒に星を見ようと父を誘うため探し回っているのだが、中々見つからない。
父の部屋を訪ねても不在であったため、こうしてばたばたと走り回っているのである。
———バレンは廊下でメイドとすれ違ったので、彼女に父の居場所を知らないか尋ねてみた。
「あなた様のお部屋へ向かわれましたよ。」
お礼を述べた後、バレンは回れ右をしてすぐさま自分の部屋へ走った。
「パパっ。」
自室の扉を開くとともに、元気よく父の名を叫ぶ。
そこにはバレンのベッドの脇で立ち尽くす、父マリウスの姿があった。
バレンと同じ、明るいブロンドでショートヘア。バレンの髪はウェーブしているが、彼の髪は真っ直ぐで癖毛は一切見当たらない。
色白で端正な顔立ちの青年だが、空色の瞳は冷血を放ち凛烈な雰囲気を漂わせていた。そのように刺すような冷たい目つきをしているが、見た目より冷血というわけではない。
確かに冷酷で残酷な一面を持ち合わせてはいるが、娘のバレンに対しては極めて優しい。毎日バレンの頭を撫で、毎日バレンに添い寝をし、毎日バレンに本を読み聞かせてあげたりするほどには。
口調こそ冷淡だが、その行動は十分に娘への愛情の深さが窺えるものだった。
バレン自身も、父親が自分のことを深く愛してくれていることを信じて疑わない。
「パパ?」
その名を呼んでも背を向けられたままだった。
こちらを振り向かないマリウスにバレンは首を傾げながら、もう一度名を呼ぶ。
すると、マリウスはゆっくりと振り返った。
「ぁ……」
そう小さく声を漏らし、バレンの唇は小刻みに震え出す。
心臓を鷲掴みにされたように、胸の奥がひゅっと吸い込まれるような感覚に陥る。
マリウスの手の中にある物…それが、バレンを激しく動揺させたのだ。
「興味深い話だ……」
マリウスは一冊の本を片手に持ち、もう片方の手でページをめくる。
そこからゆっくりと顔を上げると、バレンに視線を向けた。
見る者を切り裂くような、鋭い眼差しだった。
彼は確かに冷たい目をしている……しかし、憎悪や殺意を込めた眼差しをバレンに向けたことは今まで一度もなかった。
「……これは、お前が書いたものか。」
無意識のうち、バレンは腹の前で両手の指を組んでいた。そうして恐怖を押し殺すように、互いの指を固く締め付けつづける。
「えっ……と……」
「これには続きがあるのか?」
マリウスが本を掲げながらこちらへ歩み出したのを見て、バレンは思わず後退り、しかしその場に踏みとどまり、そして俯いた。
(———ちゃんと話したら、わかってもらえる? ——いいえ。パパは傷ついて、怒って、そしてわたしを嫌いになる……)
「俺の質問に答えろ、バレンタイン。知っているだろう? 俺が誰よりも何もよりも、嘘偽りを嫌悪している事を……お前が、そういう風に創ったのか?」
♦︎♦︎♦︎
アメリカ・ニューヨーク 深夜
繁華街から外れた場所にある小さなコンビニ。
駐車場は広めにとられ、昼間は運搬トラックや軽自動車が多く止まる。
この時間帯となると人の出入りは少なくなり、店番の従業員も手が空いてくる。するとバックヤードからカウンターへ椅子を持ってきて、そこに座って新聞や雑誌を読んで暇をつぶす…寝てしまわぬよう、コーヒーでも飲みながら。
しかし、タナリアスに限ってはカウンターでずっと立ちっぱなしだった。
ほんのり青みのある黒髪は涼しげなオールバックにまとめられ、軽くパーマをかけたような少々癖っ毛のある髪質が風に吹かれているようなキザな演出をしているが、本人が意図したわけではない。
七分袖の黒ティーシャツ、ジーンズ、スニーカー。
その上からエプロンを被っただけのコンビニ店員の制服はカジュアルなもので、特別かしこまった格好ではない。
しかしカウンターに立ち続けているタナリアスからは、常に凛とした佇まいを感じさせられるのだ。
漂わせるデキる男の雰囲気どおり、彼は効率よく仕事をこなし、接客対応も丁寧である。
彼に足りないものがあるとすれば、笑顔くらいだ。
深夜の店番はいつも、タナリアスひとりだけだった。
今日もいつものように、彼は背筋を伸ばしてカウンターに立ち客が来るのを待っている。
店の窓やガラス張りの入り口から外が見えるが、道路の方は車がたまに通るものの、駐車場に入ってくる気配はない。
店は道路に面しており、周りにはなにもない。この辺で住宅街や繁華街が見られるのは車で10分以上走ったところだ。
だから、この店を歩いて訪れる者はいないはずだった。
♪〜
店の扉が開き、入店音が鳴る。
「……いらっしゃいませ。」
マニュアル通り、タナリアスは来店した客に挨拶をしたが、声を出すまでに少しの間があった。
ほんの僅かな動揺が、彼の動きを鈍くさせた。
やってきた客は小さな女の子で、年はおそらく10もいかないだろう…7、8歳程である。
深夜の遅い時間帯に幼女がひとりでこのコンビニを訪ねるなど、そんな奇怪な事があるか。
彼女の両親が後からやってくる気配はなく、車は一台も駐車場に入ってきていない。
幼女は店の奥へ歩いていくと、ドリンクのコーナーからミルクを取りお菓子コーナーからチョコレートを取って、タナリアスのいるカウンターへやってきた。
その時、タナリアスははっとする。
幼女の目元は真っ赤に腫れ上がり、こちらを見上げるグリーンの大きな瞳から、涙をポロポロと落としていた。
唇を噛んで声を押し殺しているようだったが、彼女はやがてすすり泣き始める。
タナリアスはカウンターを出ると、幼女の元へ行きしゃがみこんだ。
そして濡れた頬に張り付いているブロンドの髪を避け、持っていたハンカチで彼女の涙を拭ってやる。
「君のご両親はどこかな?」
尋ねてみるも幼女は何も言わず、ただすすり泣くだけだった。
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