第14話 攪乱と、獲得。

 三巡目。

 今度は沈黙が場を支配しなかった。開始直後、三浦が口を開いたのだ。


「分かったよ」

 まるで諦めたかのような……そんな、小芝居だった。


「俺が『犯人』だ」

 こいつ、場を掻き乱そうとしている……。その狙いは、おそらく……。僕は三浦の名前の横に、利己的ポイントを二、つけた。


「さて、どうする?」

 三浦は不敵に笑った。

「『投票』できるのは次が最後だ」


「先生」河村だった。

「最後の投票で当てられても、『犯人』を当てたことになりますか?」

「なります」僕は短く答えた。

「最後の投票の判定後、ゲームセットという流れになります」

「分かりました」

 

 彼女はハッキリと画面を見つめていた。まるで、食い入るように。多分、三浦のことを見ているのだろう。どんな反応も見逃さないように。


「う、嘘をついているかもしれない……!」

 唐突に口を開いたのは中島大貴という男子学生だった。文学部二年。さっきまでずっと黙っていた学生だ。黒縁眼鏡をかけている、大人しそうな子。


 彼は続けた。

「三浦くんの行動目的は『犯人に協力すること』だ。もし、三浦くんが『一般人』なら、最後の投票で三浦くんに票が集まることは、結果として『犯人』を守ったことに繋がる。そうしておいて、後から『犯人』に報酬の山分けを提案するつもりなんだ……!」


「おう、賢いなぁ」三浦はまたも笑った。

「その線は一応考えたよ」


「じゃ、じゃあ、やっぱり……」

「特に反論はしねぇ」三浦の顔には笑顔が貼りついていた。「好きに疑えよ」

 疑心暗鬼を煽っている。僕は彼の名前の隣にまた利己的ポイントを二、追加した。賢い。この場で一番賢いのは間違いなく三浦だ。ゲームは全て彼の掌の上にある。


 多分だが、三浦は本気で「生き残ろう」としている。


 三浦が『一般人』なのは三浦が一番よく知っている。最後の投票で自分に票が集まれば、中島が言った通り結果的に犯人を助けることに繋がるし、何より票が自分に集まったところで三浦は死なないのだ。『犯人』に指名さえされなければいい。


 しかしこの展開、『犯人』は……いるとすれば、だが……「自分を守ってくれた」ことに対する良心の呵責で三浦を指名しにくいだろう。元より三浦は投票権を放棄しているので『犯人』にとっては脅威じゃないのだ。三浦の言うことを信じるとすれば、狙う理由がない。


 彼の作戦は、『犯人』の心理的同情を買うと同時に、自分にとって無害な選択肢を取るというものだ。『犯人』の気持ち次第ではあるので多少リスキーではあるが、良い判断だと言えるだろう。


「さぁ、どうする? 最後の投票だぜ? 俺を指名するか?」


 これは皆に向けた言葉であると同時に、『犯人』に向けられた言葉でもあるのだろう。うまいな。こんな面白い学生に出会えるとは……これだから、心理学実験はやめられないのだ。


 僕は不思議な高揚感に包まれていた。それはずいぶん昔、八つ年の離れた兄が読んでいた『デスノート』を読ませてもらった時のようだった。あれも心理戦の物語だ。過酷な心理ゲームの物語だ。多分僕は、根っからこういう話が好きなのだろう。


「一〇分が経ちました」

 僕はタイムアウトを告げる。

「最後の投票をしてください。終わったら、各自ブースから出てセミナーハウス玄関のホールに集まってください」


 全員が手元のパソコンを操作する。僕は投票の結果をパソコンで見た。やはりというか、うまくやったなというか、残り八人中六人が「三浦」を指名していた。


「……はい。実験は以上です。皆さん玄関ホールへ」

 そう、アナウンスする。参加者たちは首を傾げる。最後の『犠牲者』と『犯人』の告知は? そう、思っているのだろう。


 僕は実験の「真の目的」を書いたレジュメを持って玄関ホールへ向かった。僕のブースは玄関ホールから一番離れていたので、僕が着いた頃には既に全員が集まっていた。疑心暗鬼を煽られたせいだろうか、誰も雑談などせずに僕のことを待っていた。


 レジュメを配り、真実を告知する。何人かが膝から崩れ落ちそうになった。僕は封筒に入れた報酬を各自に渡す。全員ほっとしたような顔で報酬を受け取った。よかったぁ。河村がそうつぶやいているのが聞こえた。


「おい」

 三浦がにやにや笑っていた。

「岡田と田中。約束通り金はもらうぜ」


 えっ、という顔を二人はする。三浦はその顔に突きつけるように言葉を吐いた。


「実験の本当の目的如何に関わらず、一度した約束は守ってもらわねぇとなぁ」

 ほら、と手を出す三浦。女の子二人はお互いの顔を見合わせた。


 渋々、といった体で、岡田と田中が封筒から一〇〇〇円札を出した。おつり、あるの。田中がそう訊ねる。


「ありがとよ」

 三浦は尻ポケットから財布を出し、田中におつりの五〇〇円を渡すと、満足そうにセミナーハウスを後にした。急いでいるのだろうか。彼はせかせかとその場を去った。


 彼がドアを開けた瞬間、蝉の絶叫が一瞬大きくなった……気がした。

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