第13話 嘘と、審判。
沈黙が場を支配していた。
沈黙。『一般人』が『犯人』の魔の手から逃げる時に一番とりやすい行動だ。誰もが自分が怪しまれないよう、余計な行動をとるまいとしている。
……いや、待てよ? 僕は考える。
この沈黙はある意味、利己的行動か? 自分を守るために口を閉ざしているのだから。
そう思った僕はストップウォッチを見る。時間にして二分。全員黙っている。モニターを見つめようともしない。
……利己的行動だな。これから沈黙という選択肢を取った人間は一律で一分につき利己的ポイントを一点付けるか。僕は紙の上に書かれた被験者全員の名前の横にポイントを二つ追加した。
しかし依然、沈黙は破られない。
介入が、必要か……。
そう思った僕はどの質問を誰にしようか考える。まず、質問のリストを見る。
「あなたは誰が犯人だと思いますか?」
この質問を……そうだな、岡田あたりにしてみるか。
そう思った時だった。
「三浦くん」
岡田だった。僕が質問をぶつけようとした当人が口を開き、沈黙を破ったのだ。
「さっき、一口五〇〇円で情報を提供するって言いましたよね」
「言ったね」
三浦が身を乗り出す。
「買いたいのか?」
「買います。一〇〇〇円出すので二つ、答えてください」
おお。三浦は嬉しそうな顔をした。
「一つ目は、『あなたは投票を放棄すると言いましたが、それは本当ですか? 本当に放棄しましたか?』二つ目は、『現時点で誰が犯人だと思いますか?』」
お金はちゃんと払うので……と、岡田は続けた。
「嘘の情報を提示するのはやめてください。もっとも、私にはあなたが嘘をついたかどうか判定する術がないのですが、あなたが正直に話してくれるなら私もきちんと報酬を払います」
「安心しろよ」三浦は笑った。「金さえくれりゃ、嘘はつかねぇさ」
三浦は椅子に座り直したのか、もぞもぞと動いた。
「一つ目だが、俺はさっき投票してない……まぁ、証拠は? って訊かれたら何も返せないんだが……そうだな。先生」
三浦が再び僕を呼んだ。
「投票のログって残っていますか? 俺の記録、辿れませんか? それともそんな情報は公開できない?」
「できません」
僕はきっぱりと告げた。織り込み済み、ではない突飛な質問だったが、この開示請求には応えない方がいいと本能が告げた。舞台裏を明かせば何でもありになってしまう。
「じゃあ、仕方ねぇ。俺を信じてもらうしかない。俺はさっきもこれからも、『投票を行う気はない』ってことだ。で、二つ目だが……」
三浦は一瞬、黙った。
「俺は……遠藤だっけか? 法学部のエリートっぽい奴。そいつが『犯人』なんじゃないかと思っている」
遠藤はじっと黙っていた。鋭い目線をモニターに向けているのが分かる。
「いきなり俺たちの会話をまとめようとしたり、リーダーシップ見せつけたりと、怪しい臭いがぷんぷんするぜ……でも、ま、俺は『犯人』に協力するから、今のところは遠藤に協力するって感じかな」
「ありがとう」
遠藤は短くそう告げた。どうやら積極的に会話に参加する気を失くしたようだ。
「遠藤さんは何か反論はないんですか?」
岡田が遠藤に訊ねる。遠藤はまた、短く答えた。
「ないよ」
「そうですか……」岡田は下を向く。「ありがとうございました」
「私からも、いいかな?」画面の中で手を挙げたのは田中だった。
「私も遠藤くんが怪しいと思う。次に怪しいのは河村さん」
二番目に名前を呼ばれた河村、という女子が顔を上げる。手元の資料によれば……心理学部三年生となっている。茶髪のロング。メイクばっちり。まるでキャバ嬢みたいな女の子だ。
「遠藤くんは会話をまとめてコントロールしようとしていたことから怪しい。それは三浦くんと同意見。そして河村さんは……」
と、田中は一度言葉を切る。
「先生の社会心理学の講義で習いましたけど、『人は嘘をつく時、特定の行動を繰り返す』っていう内容があったと思います。河村さん、さっきからずっと鼻を弄ってる」
指摘された河村はすっと鼻から手を下ろす。
「こ、これはただの癖で……」
「癖って、後ろ暗いものがある時も出たりしませんか?」
僕の講義で扱った「嘘の見抜き方」って……エクマンの事例研究か? 記憶を辿る。人は嘘をつく時特定の行動を繰り返す。そんな話もしたかもなぁ。
「だ、だったら……」と、『犯人』候補に祭り上げられた河村さんが口を開いた。
「遠藤くんも、さっきからずっと髪の毛をくるくるしています」
「また僕か」
遠藤は自嘲的に笑った。
「よほど怪しいんだな、僕は」
「遠藤くんはどう思うんですか?」
岡田だった。彼女はどうやら遠藤の言動に注目しているようだ。
遠藤はカメラに向かって口を開いた。
「先生。僕はどこまでしゃべっていいんですか?」
「どこまで、とは?」僕はつぶやく。
「誰がさっきのターンの『犠牲者』か、とかです」
僕は答える。
「報酬体系について触れなければ自由にしゃべっていただいて結構です」
遠藤はにこりと笑う。
「じゃあ……」そう、一度息を呑む。
「僕がさっきの『犠牲者』だ」
はっきりとそう告げた。
参加者たちはざわめく。
……まぁ、そうだよな。遠藤の性格からしたらそうだ。彼はスポーツマンシップに支配されている。嘘はつかず、真っ直ぐ直球で勝負する人間だ。
三浦の目の光が消えるのを、僕は画面越しに確認した。岡田が驚いたような顔をする。
「じゃあ、さっきは会話をまとめようとしていたのに今は話さないのって……」
「話しても意味がないからだ……僕は『死んで』いる。『犯人』が誰か分かったところで、投票権はないんだ」
確かに。それに話そうと話すまいと報酬はもらえる。遠藤はそのことを知っている。
「嘘を言ってるかもしれないじゃん!」
河村だった。ハッキリと疑心暗鬼の表情になっている。
「場を掻き乱そうとしているのかも!」
すると遠藤は笑った。
「そんなことして何の意味がある」
馬鹿だな、と言わんばかりの態度だった。そのことが気に食わなかったのだろう。河村は躍起になった。
「容疑の矛先が自分に向いたから、かわすために嘘をついたんだよ!」
「根拠は」遠藤が詰め寄る。
「……ないけど」河村は諦めない。「でも私が言っていること、筋は通ると思う!」
「通らねぇな」三浦だった。
「『犯人』が容疑をかわすならもっと具体的な行動をとるはずだ。名指しで『あいつが怪しい』とかな。その方が容疑の矛先をかわす行動として効果的だ。特に遠藤に注目が集まっている今、意外性のある意見を述べられたら強いだろう。ただ漠然と、俺は『犠牲者』だ、って言うだけじゃ矛先はかわせてねぇ。……まぁ、俺にもちゃんとした根拠はねぇんだが、遠藤は『犯人』じゃねぇな」
何だかがっかりしたようだった。まぁ、三浦としても協力相手がハッキリしないと面倒なのだろう。
「誰か俺の情報を買いたい奴はいねーのか? 言っとくが、情報は常にアップデートされるから、さっき岡田が買った情報が全てとは限らねーぞ。現に今、俺の仮説は覆された」
「じゃ、じゃあ」田中が手を挙げた。
「五〇〇円払います。答えてください」
三浦はにやりと笑う。
「いいぜ」
「あなたは『犯人』ですか?」
真っ直ぐな質問だ。僕はそう思った。相手の嫌なところを突いて、反応を見ようとしているのか……。攻撃は最大の防御という訳だ。利己的ポイントとしては……〇・五くらいか?
「いや、俺は『犯人』じゃねぇ」三浦は笑いながら答えた。
「怪しいか? 俺は」
「怪しいと思います」田中はきっぱり告げた。
「『犯人』に協力する、だなんて、まるで自分以外に犯人がいるかのように言ってますけど、ミスリードかもしれない」
「今もそう思うか?」三浦は笑いながら訊ねた。「俺は『犯人』じゃねぇぞ?」
田中は黙った。多分、彼女が持っている社会心理学講義の知識を以ってしても三浦から何も読み取れなかったのだろう。三浦は笑顔を見せている。これは心理学的に実証されているのだが、笑顔は人の心理を読み取りにくくする作用がある。例え作り笑いでも……それが本物の笑顔なら尚更。
「一〇分経過しました」僕はストップウォッチを止め、宣言する。
「五分間のインターバルです」
そう告げて、パソコンが名前を選出するのを待った……選ばれたのは、岡田由紀子だった。遠藤の言動に注目していた大人しそうな文学女子だ。
参加者たちのモニターを落とす。
岡田さんのブースに向かう。
「岡田由紀子さん。脱落です」
彼女は既に画面を見ていたようだった。泣きそうな顔になってこちらを振り返る。
その顔に、僕は真実と、口止めについて告げた。
五分間のインターバルの後。
三週目。最後の一〇分が始まる。
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