第12話 一回目の実験と、介入。

 参加者各人のブースのモニターには番号が振ってある。それは僕のモニターから見て何番目に当たるかという数字で、各人は自分が何番なのかは確認できる。僕は僕で、最悪名前がすぐに出てこなくても番号で把握できるから楽だった。

 

 そんな環境で実験は始まった。 


 勘のいい人は、もう分かっているかもしれない。


 僕はこの実験で被験者に真実を伝えていない。より利己的な……非倫理的、つまり悪魔的な……行動をとってもらうために、敢えて隠した情報がいくつもある。


 まず。「被験者は一人の『犯人』と九人の『一般人』に分かれる」と伝えたが、これが嘘。被験者の目の前のモニターには全員『一般人』と出るようにしている。


 つまり一〇人全員が『一般人』なのである。しかし被験者には他の人が何なのかは分からない。よもや全員『一般人』だとは思うまい。


 彼らは架空の『犯人』を探す。では「『犯人』が一〇分に一回『一般人』を殺す」というゲーム展開はどうするのか。


 僕が実験に使っているパソコンには、一〇分に一回ランダムで実験参加者の名前を選出するプログラムを入れている。


 つまり、『犯人』の役は機械がやるのだ。プレイヤーの意思は関係ない。機械が無作為に選んだ人間が脱落するのだ。


 考えてみれば分かると思うが、このルールでは『投票』は空振りし続ける。参加者の中に『犯人』なんていないからだ。被験者たちは無意味な行動をし続ける。


 ゲームの時間は三〇分。三人の『犠牲者』が機械によって選出される。そして、僕はこの『犠牲者』にのみ……厳密に言えば、三番目の『犠牲者』と他の被験者の開示は同時になるので、一番目の『犠牲者』と二番目の『犠牲者』のみに……この実験の本当の報酬体系を開示することにしている。


 その本当の報酬体系というのがもう一つの「被験者たちに隠していた情報」だ。それはつまり「『犠牲者』になっても報酬は没収されない」ということである。ゲームが終了したら全員一律で五〇〇〇円がもらえる、ということだ。


 つまり、表向きは……それこそ、ポスターを貼りだした時から……ゼロサムゲームをやってもらうように見せかけているのだが、実際はただの報酬が発生するだけのアルバイトだということだ。


 このことも一番目と二番目の『犠牲者』以外には伝えないことにしている。逆に言えば、一番目と二番目の『犠牲者』だけがそのことを知る。そのための「各ターン終わりの五分間のシャットダウン」だ。また、この時に『犠牲者』に「『一般人』に報酬の一律付与についての話をしない」ことを約束させる。


 ゲームの中で一番目と二番目の『犠牲者』のみが本当のことを知る。三番目の『犠牲者』と他の参加者には実験後、情報開示の時に伝えるつもりである。


 報酬一律付与のルールを設けた理由は簡単だ。せっかく時間を作ってまで僕の実験に参加してくれた被験者たちに申し訳ないから、である。僕だってそこまで鬼じゃない。


 ……ここで『一般人』の立場になって考えてほしいのだが、『犯人』役の人間に「邪魔だ」とか、「こいつ勘が良すぎる」と思われたら、殺されるリスク……つまり、報酬没収のリスク……が伴う。


 彼らは『犯人』が架空であることを知らないのだ。つまり『犯人』を想定して動くはずである。


 よって、『一般人』が「沈黙していた方が犯人にリスクだと思われない、つまり事が有利に進む」ことに気づくのにそう時間はかからないだろう。しかし沈黙されてはゲームは進まない。よって僕が介入する。


 この実験中の沈黙を解除するために、実験者である僕が「質問」を投げかけるのである。この「質問」には相当意地悪なものを設定している。


 すなわち、「誰が『犯人』だと思いますか?」「先程は誰に投票しましたか?」「誰が『犠牲者』だと思いますか?」などである。


 これらの質問は全てオープン・クエスチョン……すなわちイエス・ノーで答えられない質問……で行うことにしている。自由な回答を促すことで、参加者同士の会話を活発化させる。そんな狙いがある。


 さて、この条件下で誰が利己的かつ非倫理的な行動をとる……すなわち「悪魔」になり得る……か? 


 こうして舞台は整った。実験開始である。


「えーっと、まず自己紹介からしようよ」


 遠藤くんだった。どうやらこのゲームでリーダーシップを取るのは彼のようだ。


 僕はメモを取る。遠藤、利己的ポイントマイナス一点。彼は他者と協力しようとしている。悪魔的自己優先主義ではない。


「まず、僕。遠藤と言います。法学部です」


 画面越しに頭を下げる遠藤くん。すると別の画面の中の女子が手を挙げる。


「……じゃあ次は私。田中と言います。経済学部」


 ぞろぞろと続く。


「岡田です。文学部」おどおどした感じの女の子。フルネームは岡田由紀子。

「三浦。商学部」フルネームは三浦浩介。バンドでもやってそうな派手な金髪をしていた。


 そんな感じで一〇人、自己紹介をした。

 リーダー格の遠藤が続ける。


「まず、僕が提案したいのは、『犯人』の自首だ」


 全員が驚いてカメラを見つめる。


「自首すれば、『犯人』が明らかになる訳だから、『犯人』は報酬を没収される。けれどその分『犠牲者』は少なくなるから全部でもらえる報酬という観点じゃ多くなる」


 なるほど。何人かが頷く。


「さて、この状況、『犯人』の一人負けだ。『犯人』はこの計画に賛成する理由がない。そこでどうだろう? 今回の報酬の五〇〇〇円の使い道は個人の自由なんだし、一つ全員で協力して、『一般人』全員のもらえる報酬を集めて、山分けして、『犯人』を含めた実験参加者全員に均等に配られるようにする、というのは。つまり、九人分の報酬を一〇人で割るんだ」


 沈黙。多分みんな計算しているのだろう。九人分の報酬を一〇人で割ったら。およそ一人当たり四五〇〇円というところか。損は五百円。でも時給四五〇〇円。まぁ、理性的な判断ではある。


 遠藤、利己的ポイントマイナス一点。僕がおそれていたスポーツマンシップを発現させるタイプだ。幼少の頃からの教育「卑怯はいけない」を地でいくタイプ。


 困った。こいつが主導権を握ると僕の欲しいデータが取れない。実験の初期段階でこんな奴が出てくるとは。


 実験としての純度が下がるので、あまり良くはないのだが、介入すべきか……そう考えた時だった。


「断る」


 三浦だった。派手な金髪の。彼は仏頂面で告げた。


「訳あって金がいる。五〇〇〇円と四五〇〇円。差額はたかが五〇〇円、されど五〇〇円だ。普通のアルバイト時給の約半分。そう考えたらでかい。それに……」


 と、三浦は言葉を切る。


「お前の言う通り報酬の使い道が自由なら、俺から『誰に投票したか?』『誰を怪しいと思っているか?』という情報を買いたくて交渉を持ち掛けてくる奴もいるかもしれねーしな。どうなんすか、先生」


 報酬の一部または全部を対価に、情報を譲渡するっていう行為はありなんすか? 


 三浦が僕に訊いてくる。どうやらゲーム進行中の質問、ということのようだ。


 これに対する僕の答えは、実は先程ルール説明の際に話した。想定済み、織り込み済みの質問である。


 ルール。そこに書かれていることによれば「一〇分の制限時間の間はいかなるやり取りをしてもいい」のである。僕は答える。


「『一〇分の制限時間の間はいかなるやり取りをしてもいい』です。それに、報酬の使い道は自由です。例え、ゲームの最中でも。皆さんは報酬を前借していると思ってください」


 三浦が満足げにほくそ笑む。


「俺は、報酬の山分けには反対だ。逆に、俺から情報を買いたい奴はいつでも言ってくれ。一口五〇〇円から、売る」


 ざわめき。他の参加者たちも顔を見合わせる。


「は、反対したところで……」遠藤が引きつった笑顔を浮かべる。


「『犯人』に殺されたら一文なしだぞ? そのリスクを考えたら……」


 そんな遠藤を、三浦がぶった切った。


「俺は『犯人』を告発しない。むしろ『犯人』に協力する。現時点で誰が『犯人』かは分からねーが、俺は『犯人』を探し出して投票する、ということをしない。投票権を放棄する。『犯人』は俺を殺してもいいが、『投票』しないのは、『投票』できないのと同じだから、結局殺されているのと一緒だ。俺なんかに貴重な殺人権を……確か、三回しかなかったよな……使うのはもったいないって、まともな奴なら思うだろうな。むしろ殺さない方が仲間が増えていいかもしれない。何せ九対一が八対二になるんだからな」


 上手い。僕はメモを取った。三浦浩介。彼は『犯人』に対しては協力的な態度を示したとは言え、自分の取り分を最大化しようとしている。利己的ポイントプラス二点。彼は十分、悪魔的人間の素質を持っている。


 彼は続けた。

「上手くやり取りすれば五〇〇〇円以上もらえるんだぞ? 給料が増えるんだ。俺が思うに、頑張ればもう一〇〇〇円くらいは上乗せできるね。下手なバイトの時給一時間分くらいだ。みんなもそのことをよく考えろ」


 三浦の言葉に、何人かがなびいた。遠藤の提案に反対意見を言う参加者が出始める。


「確かに報酬の一割引は嫌かも……」利己的ポイントプラス一点。

「何で他人に協力しなきゃいけないんだ?」利己的ポイントプラス二点。


「そんな……」遠藤が口をパクパクさせる。

 しかし、意を決したように、つぶやく。

「み、みんなが反対なら、仕方ない」そう、押し黙る。


 それから、しばしの沈黙。


 ……介入か? そう思った時だった。


「あの、もし、よければ、なんですけど」

 岡田だった。彼女は小さく控えめに挙手をしてしゃべり始めた。

「全員もう一回自己紹介をしませんか?」


 発言の意図がつかめなかったのだろう。全員が画面の中で首を傾げた。そこに岡田が続けた。


「普通の自己紹介に加えて、今度は自分が『何の役割か』をしゃべるんです。多分、私の予想だと、全員『自分は一般人だ』って言います」


 ふむ。なるほど。『犯人』が自首する訳がない。そういう視点に彼女は立っている。


「『犯人』は『自分は一般人だ』と嘘をつくことになります。でも、考えてみてください。嘘をつくのが上手い人なんてそうそういません。きっとどこかで、ボロが出る」


 なるほど。言う通りだった。僕がサクラを使わなかったのと同じ理由。この行動が利己的か、の判定は保留した。しかしメモには取っておく。


 大人しい彼女にしては、しゃべり過ぎたと思ったのだろう。岡田は急に控えめになると、「……どうでしょうか」とつぶやいた。


「……いいと思う」遠藤だった。

「正しい判断だと思う。もう一回、自己紹介をしよう」


 遠藤が先陣を切った。

「僕は遠藤悠太です。法学部。『一般人』です」


 それから順に自己紹介と「『一般人』です」を繰り返した。一通り終わったところで、一〇分が過ぎた。


「第一投票です」僕は椅子から立ち上がって画面を覗き込む。『犠牲者』のブースに行く準備だ。


「画面の入力欄から投票してください」


 投票。しかし『犯人』には当たらない。そもそも『犯人』なんていないのだから。


 すると、僕のパソコンの画面に「遠藤悠太」の名前が出た。機械が『犠牲者』として遠藤を選んだのだ。僕は参加者たちのモニターをシャットダウンし、遠藤のいるブースへ向かう。


「遠藤悠太くん」彼の名前を呼ぶ。他のブースには聞こえないよう、小さな声で。

「脱落です。あなたは『犯人』に殺された」


「そんな」

 遠藤は立ち上がる。彼の画面には「あなたが『犠牲者』です」と表示されている。多分信じられなかったのだろう。僕が告知しに来るまでは。もちろん、ルールには従ってもらわねばならない。


 そして、伝えることがある。


「先にこの実験の報酬体系を開示します。このゲームの報酬は結果の如何に関わらず、一律で払うことになっています。よって遠藤くん、あなたの五〇〇〇円はあなたのものです。安心してください」


 僕の話を聞いて、遠藤くんが驚いたような、ほっとしたような、複雑な表情になる。僕はストップウォッチを見る。インターバルの五分間。残り、二分。


「ルール説明の時にも話した通り、遠藤くんには、このまま『犠牲者』としてゲームに参加してもらいます。しかしそのことは他の参加者は知りません。今開示した情報は黙ったまま、ゲームを続けてください。他の参加者の方が遠藤くんが『犠牲者』であることを看破した場合は、『犠牲者』であることのみ認めて、報酬が一律でもらえることは黙っていてください」


「はい」と彼は頷く。報酬が無事にもらえると分かって安心したのだろう。ハッキリとした視線をこっちに送ってきている。


「実験を続けてください」


 インターバルの五分が過ぎた。僕は自分のブースに戻る。参加者のモニターをもう一度点灯させる。


 画面に全員の顔が映った。


「インターバルの五分が過ぎました。ゲームを再開します」

 そう、アナウンスしてからストップウォッチを押す。ゲームが再開される。


 しかし場を支配したのは、重たい沈黙だった。『犠牲者』が出て、報酬が没収された。遠藤以外の参加者は皆そう思い込んでいる。損をした人間が出た、という思い込みが、参加者の口を重たくしているのだろう。自分がそうはなりたくないから。


 誰も何もしゃべらないまま、二分が過ぎた。ゲームは進まない。

 全員、目玉だけを動かしてそれぞれの画面を見つめている。


 仕方ない。


 僕は体を前に乗り出した。

 ……介入だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る