第11話 実験、開始。

「本日はお忙しい中、当実験に参加していただき、誠にありがとうございます」


 八月。学生たちは夏休みに入る。僕は八王子にある大学のセミナーハウスに集まってくれた学生たちに謝辞を述べた。外では蝉が鳴いている。


 今年は記録的猛暑だ。


 冷房の効いた室内はまさに極楽かのように思えるだろう。それに参加者各人にはペットボトルのお茶も用意してある。学生たちは至れり尽くせりの環境に置かれていた。


 七月末の学期末レポートの提出の際。僕は社会心理学の講義を受けている学生たちに、こう呼びかけた。


「僕の個人的研究に関する実験を企画しています。参加者には報酬も出します。約一時間の拘束で、五〇〇〇円です。協力してくれる方は、講義の後、僕のところまで来てください」


 結果、四八人の学生が集まった。内、日程の都合が合った学生が二三人。


 ポスターで募集して連絡を寄越してきた学生は三二人。内、日程の都合が合ったのは一七人。合計して、四〇人が集まったことになる。実験の規模としては中規模だが、これだけいればまず十分だ。何よりキリがいい。そう判断できた。


 実験は一〇人×四回行うことにした。八月の頭。最初の実験に集まってくれた学生は、男子四名、女子六名の計一〇名だった。文学部、法学部、経済学部……様々な学部から集まった。学年も一年生から四年生まで様々だ。


 場所はセミナーハウスのPCルーム。各ブースは衝立で仕切られていて……というか、僕が仕切ったんだが……、お互いのPC画面はおろか、姿さえ見えなくなっている。ブースは実験参加者分……一〇人+僕の分……用意した。参加者たちは今、各ブースに一人で座っている。


 先程の謝辞も、僕は画面越しに行った。各ブースのパソコンの画面には、他の参加者のブース内の状況……正確には胸から上の体と顔……が九画面分、映っている。音声も繋いで、お互いボイスチャットで会話ができるようになっている。言わば、Zoom会議のようなものだ。僕の姿は一〇個目の画面に表示されている。


「これから皆さんには次のような簡単なゲームを行ってもらいます」


 僕は持参したルールブックを見ながら、僕が考えたデスゲームのルール説明を始めた。このルールブックは参加者各人にも印刷して配ってある。


「まず、皆さんがご覧になっている画面に、それぞれの『役』を表示します。皆さんにはゲームを通してその『役』を演じてもらいます」

 

 僕も一〇個ある画面を通じて参加者たちの様子を確認していた。ルールブックを眺める者、画面をじっと見つめている者、よそ見している者、色々な人がいた。


 僕は説明を続ける。


「『役』には『一般人』と、『犯人』とがいます。この実験に参加している一〇人の内、一人が『犯人』で、残り九人が『一般人』になります」


 うんうん。画面越しに学生たちは頷く。


「今から時間を測ります。一〇分に一回、『犯人』は『一般人』を『殺害』します」


「殺害」という言葉に眉を顰める学生もいた。が、僕は構わず進めた。


「『殺害』された場合、その参加者の報酬……五〇〇〇円ですね……は没収です」


 えー! 画面越しに小さいが声が上がる。狙い通り。僕は説明を続ける。


「『一般人』の皆さんは『犯人』を捜してください。『犯人』が見つかった段階で、ゲームは終了です。『犯人』は脱落。報酬も没収です。つまり、『一般人』の皆さんに課された課題は……」


 僕は唾を飲み込む。


「『犯人』を捜してください。そして生き残ってください。その二つです」


「はい」

 一人の学生が画面越しに手を挙げた。名前は確か田中唯さん。経済学部の女の子だ。


「『犯人』を発見した場合、どのような手続きを取ればいいんですか」

 いい質問だ。が、これから説明しようと思っていた。


「一〇分に一回、『投票』というイベントを行います。今、目の前にある画面の端に小さな入力欄があると思います」


 被験者たちのパソコン画面の端には、小さな検索窓のような枠を用意しておいた。


「一〇分に一回、こちらで指示を出します。そうしましたら、画面内の入力欄に、誰が『犯人』だと思うかを入力してください。その後、送信ボタンを押してください」


 ここで僕は一回言葉を切る。


「誰か一人でも『犯人』を当てることができたら、その時点でゲームは終了です。逆に『犯人』になった人は、一〇分に一回のその投票で『誰を殺害するか』を選択して送信ボタンを押してください」


 参加者たちが頷くのを確認してから、僕は先を続ける。


「その時点で、死亡する参加者が機械的に明らかになります。判定の結果、殺された参加者は、先程も言いましたが、報酬が没収されます」


「はい」

 今度は男子学生が手を挙げた。名前は遠藤悠太くん。法学部の男子だ。


「それって、要は『一般人』になった場合、自分以外の九人を片っ端から当たってもいいってことですか?」


「駄目です」僕は否定する。


「このゲームには制限時間があります。三〇分です。先程、一〇分に一回『投票』イベントが発生すると言いました」


 遠藤くんが頷く。僕は続ける。

「片っ端から当たる戦略は三人までしか有効じゃありません。九人は、まず当たれない」


「なるほど」

 遠藤くんは頷く。


 僕はさらに説明を続けた。


「一〇分に一回の投票、からも分かると思いますが、各ターンの制限時間は一〇分です。この間はどんなやり取りをしても構いません。一〇分×三ターン、合計三〇分以内に『犯人』を見つけられなかった場合、『犯人』の勝ちです。この場合、『犯人』は殺した人の数だけ報酬をもらえます」


 えー! また声が上がる。


「『犯人』は最大で、一五〇〇〇円(三〇分以内に犯人が殺せる最大の人数の報酬分)+五〇〇〇円(犯人が元からもらえる報酬分)、つまり二〇〇〇〇円もらえる可能性があります」


 にまんえん……。学生たちが息を呑む。当然と言えば当然だろう。報酬が四倍になる訳だ。時給二〇〇〇〇円。こんなおいしい話があるか? 


 しかし、ルールはまだある。僕は説明を続ける。


「お分かりかと思いますが、このゲームには『犠牲者』が出ます。犯人に『殺害』された人です」


 全員、画面越しに頷く。ここまではついてこれている。


「一〇分に一回の投票の後、画面と音声を五分間、切ります。インターバルです。この五分間はゲームの時間にカウントされません。制限時間外のイベントということです。その時間で誰が犠牲になったのか、『犠牲者』の画面に表示されるようにします」


 僕はここで息を継ぐ。話を続ける。


「『犠牲者』になった方々は引き続き、画面を通じて『犯人』の捜索を続けてください。しかし、投票権がありません。死亡した参加者の画面には入力欄が表示されなくなります。入力欄が消されたか、つまり誰が死亡したか、は他の参加者には分かりません。『犠牲者』にできることは、生き残っている『一般人』に『誰に投票したのか?』だとか、『誰が怪しそうか?』だとかいった情報を、それとなく与えることだけです」


「『ゾンビ』になれるってことですか?」

 遠藤くんが訊いてくる。僕は頷く。

「簡単に言えば、そうです」


 自分が参加したゲームの奥深さに、参加者たちは気づいたようだ。僕はさらに続ける。


「実験の様子はパソコンのモニター上についているカメラで監視しています。この実験は『心理戦のゲームを通じて皆さんがどう振舞うのか?』を研究することが目的です」


 学生たちがブース内のモニター上部に置かれたカメラを見る。このカメラも心理学部の機材。無料で貸し出している。まぁ、一一個押さえるのは大変ではあったが……。


「以上、質問は?」


 沈黙。僕はストップウォッチを取り出す。

 

「……一応、このゲームに関する質問は、ゲームの最中でも受け付けます。画面を通じて僕に話しかけてください。では、今からパソコン画面にそれぞれの『役』を送ります。割り振られた『役』を演じてください」


 さて、ここまでの話で「この実験に最大で五〇〇〇〇円(一人五〇〇〇円の一〇人)×四回(実験は被験者を変えて四回行われる)の、計二〇〇〇〇〇円も払うつもりなのか?」と思った人もいると思う。


 払うつもりだ。僕のこの研究には、一応助成金が出ている。全部で四〇〇〇〇〇円。この実験で二〇〇〇〇〇円使っても、新しい統計ソフト……SPSSという……のアカデミック版を買うだけのお金がある。


 僕は、ぽきぽきと指を鳴らす。手にはバインダーと紙、そしてペン。参加者の些細な行動を目で見て記録、評価するために用意した。


 あ、ちなみに……。と僕はルール説明を付け加えた。


「実験者である僕が、ゲームに介入することもあります。このゲームは参加者の沈黙を招く恐れがあるからです。統計的に処理できるデータの回収のために、僕からゲーム進行上の質問をさせていただくことがあります。そしてそれにはなるべく早く答えてください」


 以上です。僕は息を、呑む。参加者たちにも緊張が走ったのを感じた。


「それでは、始めてください」

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