第6話 発見、デスゲーム。
「面白かったね」
ゴールデンウィーク最終日。
息抜きに恋人と映画を観た。もう付き合って一〇年近くになる恋人……並木舞は、僕の目の前でほうじ茶フラペチーノを飲んでいた。映画館があるショッピングモールのスタバ。人でごった返しているが、早めに来たので座ることができた。
「そうだね」
僕は適当に答える。本音を言うと、つまらなかった。映画のタイトルは『ビター・ステップ・チョコレイト』。女性が好きそうな恋愛ものだ。最近流行りのイケメン俳優が出ているやつ。
男性と女性の嗜好分布について……こういう研究も面白いかもしれない。ふと、そんなことを思った。多くの男性が女性の好きそうな恋愛映画をつまらないと思うのと同様に、多くの女性が男性の好きそうなヒーローものをつまらないと思うのだろう。そうした嗜好の分布についてアンケートなどの調査法でまとめるのだ。
……いや、面白くはあるが、ありきたりだな。少しの思考の後、僕は首を振った。まるで学部生の卒業論文。着眼点は、悪くないが……。そう評価を下す。少なくとも、准教授がやる研究じゃない。僕はもう准教授。くだらない研究をしている場合じゃないのだ。
……僕は仕事に毒され過ぎだろうか?
ふと、そう自省する。恋人とのデートの時ぐらい、心理学を忘れた方がいいのかもしれない。産後一か月半で研究に復帰した誰かさんのことを考える。僕は彼女みたいにはなれない。
気を紛らわせるために、僕は彼女の手を握る。フラペチーノで指先が冷えていた。
「何?」
話の途中で突然握ったからだろうか。舞は驚く。その純粋でどこか間抜けな顔を見ていると、いじめてやりたい、というムラムラとした感情が湧きあがってきた。
「したい」
唐突に湧いてきた男の欲求をぶつける。すると舞は笑う。
「何それ」
「いいじゃん」
ぐい、と手を引く。そのままの勢いで立ち上がる。雰囲気も何もあったもんじゃないが、僕は掌を通じて舞が密かにこの展開を喜んでいることを察知していた。舞は飲みかけのフラペチーノを持ったまま、よたよたと立ち上がる。
「ちょっと……!」
スタバを出て、駐車場に向かう。気配で分かる。舞は困った風だ。しかし僕は、舞がこういう「無理矢理な」展開を嫌っていないことを知っている。舞はマゾだ。多分、さっきのスタバでスカートをめくってやっても喜ぶんじゃないか? そんなことを思い、僕は一人にやにやと笑う。
「どうしたの?」
車に乗せると、運転席にいる僕に向かって舞がそう訊ねてきた。僕は素直な気持ちをぶつける。
「舞を犯したくなった」
舞の頬が赤くなるのは、見なくても知っている。
近場のラブホテルで舞を抱いた。付き合ってもうすぐ一〇年になるが、未だに舞で興奮できる。それは多分幸せなことなのだろう。おそらく、舞にとっても。
ベッドの上でぐったりしている舞のために、部屋に備え付けてあったドリップコーヒーを淹れる。いい香りが漂う。
「ん……ありがと」
ベッドサイドテーブルの上にコーヒーカップを置くと、舞が気だるそうに体を起こして笑った。……いい。有体に言えばエロい。よく、「男は射精の後冷たくなる」と言われるが僕の場合そんなことはない。いわゆる賢者タイムがないのだ。抱かれた後のぐったりした女性の姿にも興奮できる。
その点舞は、分かっている。僕の好みを分かって敢えてぐったりしているのだ。
舞の隣に座る。髪を撫でると、舞は喜ぶように目を閉じた。幸せをかみしめているのだろう。一〇年も付き合っているのに未だにプロポーズらしいことをしたことがないが、舞は僕についてきてくれている。何がそうさせているのかは知らないが、僕はそのことに幸せを感じる。
「女子大生に手を出したりしないでよ?」
僕が准教授になると伝えた時。舞は祝福してくれると同時に、そんなことを言って僕をからかった。名木橋に比べれば大したことはないが、僕だって学生時代、浮いた話の一つや二つ、流したことがある。元より心理学部は別名「ミスコン優勝者生成学部」で有名だ。どういう訳か美男美女が集まるのである。
だから舞は、僕が女子学生からモテないかと心配したのだろう。舞は僕と同じ大学の経済学部の出身だった。三つ年下の後輩。サークルで知り合った。学内に四つあるテニスサークルの内の一つで。テニスサークル。ほら、モテそうでしょ?
「舞しかいないよ」
舞のヤキモチに、僕はそう答えたのを覚えている。彼女は嬉しそうにしていた。
僕だって、これくらいのリップサービスはする。付き合って一〇年経ってもだ。長続きする秘訣とでも言おうか。舞がベッドの上で僕にサービスしてくれるのと同じように、僕も舞に日常的にサービスする。Win-Winの関係だ。
「映画、楽しかった」
舞が僕の裸の肩に頭を置く。僕は彼女の肩を抱きながら答える。
「それはよかった」
「あの俳優……何だっけ? かっこよかったでしょ?」
舞の言っているのが最近流行りのイケメン俳優であることは何となく分かった。僕は頷く。
「かっこよかったね」
「あの人、最近色んな映画に出ているんだよ」
舞が枕元に置いてあったスマートフォンを手に取る。
「何だっけ……? 『何とか何とかクラブ』……」
「何も情報がないじゃん」
僕が笑っていると、舞はスマホを使ってその『何とか何とかクラブ』について調べた。
「あった! 『Cold Case Club』、通称『3C』だって!」
聞いたことがなかった。だから僕は首を傾げた。
「どんな話?」
「えーっとね。キャッチコピーが書いてあるよ……『犯罪者たちのデスゲーム』だって!」
デスゲーム。その言葉に、ひりひりする感触を覚えたことを、僕は認めなければならない。
「デスゲームって何」
本当は知っていた。何となく、その言葉から連想できるものはあった。だが僕は舞に訊ねた。舞はスマホを使ってさらに調べてくれた。
「えーっと。Wikipediaによれば……『フィクション作品における一つのジャンル。登場人物が死を伴う危険なゲームに巻き込まれる……』だって」
死を伴う危険なゲーム。僕はすぐに口を開いた。
「人狼みたいな?」
「ああ、そういう感じかもね」
人狼。僕が心理学部の学部生だった頃、それは流行った。学生同士で酒を飲むような合宿をする時、あるいは心理学部生同士で暇をつぶす時、決まって僕たちはその遊びをした。舞がいるテニスサークルでも何度かしたことがある。合コンなどの定番ネタだ。
プレイヤーの中に紛れた人狼が、他のプレイヤーをどんどん殺していく……単に、ゲームから離脱させる、というだけのことだが……。プレイヤーは他の人間の行動や発言、態度などから「誰が人狼か?」を当てる。そういうゲームだ。
誰が人狼か? 次に殺されるのは誰か? あいつは嘘をついているのか? そんな緊張感に溢れたあのゲームはとても面白かった記憶がある。人の心が反映されるゲームであるとも言えるだろう。疑心暗鬼を呼ぶゲームだ。
そんなことを考えていると、ふと僕はある考えに辿り着いた。それはある種、天啓的なひらめきとも言えるものだった。
「デスゲーム、か」
僕はつぶやく。舞が体を寄せてきた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
僕は振り向くと舞の唇を吸った。
「ちょ……」
急な展開に、舞は驚く。だが僕はそのまま押し倒す。彼女は僕の胸板に手を当て少し、抵抗する。僕はその手を彼女の頭上に持ち上げて、無理矢理、キスを続ける。
僕は知っている。舞がこういう展開を、嫌っていないことを。
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