初めての握手

「ローランス学園受験者の方は試験会場の方に向かってください」


 少し離れた所から試験官らしき人の声が聞えた。

 迷った時はもう間に合わないと思ったが、方向音痴のきらいがあるため早めに出たことが功を奏したみたいだ。


「ここを真っ直ぐ行ったら試験会場がありますので」

「ありがとうございます」


 頭を軽く下げて門を通り抜ける。

 街から学園へと移動したはずなのに、違う区画に来ただけなのではと勘違いしそうだ。

 大きいのは外からでもわかっていたが、中に入ってみると改めて広さを感じる。


「ほー」


 きょろきょろと周囲を見ながら移動する。

 全体像が把握できないため外観の判断は難しいが、柱などは建築に疎い俺から見ても精巧な作りだとわかるレベルだ。相当なお金をかけていることは明白である。

 ここの創設者はよほどの資産家なのだろうか。それともOBなどの寄付金によって徐々に大きくなっていったのだろうか。

 どちらにせよ、今まで通って来た小学校や中学校、高校と比べると天と地ほどの差がある。だからなのか、見ているだけで楽しい。


「こちらで受験者の受付と魔力測定をしております。受験者の中でまだ登録や測定をしていない方はこちらへおこしください」


 のんびりと風景を楽しみながら歩いていると先ほどとは違う試験官が案内をしていた。

 中へ入ると体育館なのだろうか。だだっ広い空間にたくさんの生徒がいた。

 耳がとんがっている(エルフだろうか)人や筋骨隆々の岩の様な皮膚をした者など、人数は多くないが異種族だと思われる人もいる。

 内心感動を覚えながら受付を探す。

 人数が多いためか受付や測定場所は何か所かある。

 その中から受付と書かれた看板がある中で一番短い列に並ぶ。


「えーっと、受付はここの列で良いん、だよな?」

「ああ、ここは受付の列であってるよ」

「え?」


 ひとり言のつもりだったのだが、後ろから返答があり、間の抜けた声がでる。

 振り向くとそこには175cmの俺より一回り小さい男が立っていた。

 大きなエメラルドグリーン色の瞳に女性のショートカット程の紺色の髪に加え、中性的な雰囲気を持つ彼は絵本に出てくる「王子様」の様だった。


「えっと?」

「……あ、おう! ありがとう。合っているか不安でさ」


 反応が遅れたことを誤魔化すように笑いながら返答する。

 同性に目を奪われていたとは言えない。


「ふふっ、これぐらい当り前さ。気にしないでくれ。僕はフィオ。フィオ・カーティス」

「いやいや、助かったのは事実だからさ。俺は藤堂雄也とうどうゆうや……こっちの言い方だとユーヤ・トウドウになるのかな。ユーヤって呼んでくれ」


 漫画だったらバックにバラが描かれていそうな柔らかい笑み。

 美少年で性格まで良いとか素晴らしい。


「ユーヤ……。うん、良い名前だね。これからよろしく。僕のことはフィオと呼んでほしい」

「へへっ、名前褒められるとか何かくすぐったいな。わかった。こちらこそよろしくな、フィオ」


 少し考える表情やスッと手を差し出す姿からも礼儀正しい立ち居振舞いが見受けられる。もしかしたら、どこぞの名家の御曹司とかかもしれない。

 どちらにしろ、何だか凄い人と出会ってしまった気がする。


「あっ、でも、まだ入学が決まったわけじゃなかったな」

「確かに。クラスが同じとは限らないしね」


 微妙に食い違う返答がきた。まるで、合格するのは決まっているような言い方だ。

 フィオはきっと大丈夫なのだろうが、俺の方は不安しかない。


「何だか合格するのが決まっているみたいな言い方だな」

「ユーヤも人が悪いね。そんな言い方をするなんて。いや、慎重を期するタイプなのかな」


 俺としては至極もっともな感想だったのだが、フィオは仕方がないな、といった表情をしたのち自己完結したみたいだ。

 そんな態度に疑問を感じた俺は聞き返そうとしたが断念した。ちょうど俺の番になってしまったからだ。


「俺の番か。じゃあ、行ってくる」

「ああ、行ってらっしゃい」


 後ろ髪をひかれる思いだったが、優先事項としては受付を済ませることが上なので仕方なく試験官の元へと行く。


「よろしくお願いします」

「じゃあ、まずは名前から」

「雄也・藤堂です」

「ユーヤ・トウドウ……。次に――」


 異世界ということもあり何かしら変った質問でもあるかと思っていたが、特に変わったものはなく、すぐに終了した。

 試験官が名簿をつくるのは、この世界では教育があまり行きとどいておらず、書けない人が多いかららしい。らしいというのはフィオに教えてもらったからだ。


「へえ、じゃあユーヤの街では皆読み書きができるんだ」

「まあ、全員かはわからないけど、できる人の方が多いかな。現地語だけだけど。他の言語を使いこなせる人となると割合は減るかな」


 魔力測定の列に並びながら会話しているとフィオは俺の話を聞いて驚愕の表情をうかべた。


「それでも十分凄いさ。自分の住んでいる街の言葉すらわからない子なんてたくさんいるんだから」

「あー、確かに、他のところだと幼いうちから働かなくちゃいけないから、学ぶ時間がないとか聞いたことがあるな」

「ユーヤはもっと自分が稀有な環境で育ったことを自覚するべきだ」


 呆れた表情を浮かべるフィオ。大きな瞳を半目にして送られてくる視線はどことなく冷えている。


「ハハッ、頭ではわかっているんだけど、中々実感できないんだよな」

「まあ、生まれたときからそんな環境が当り前なら難しいかもね。僕自身、今回街に出てきて驚きの連続だったよ」


 顔を見合わせて苦笑する。

 会話が一旦途切れたこともあり、俺は先ほどの疑念について聞いてみることにした。


「そういえば、さっき意味深なことを言っていたじゃん。あれ、どういう意味?」

「意味深なこと?」

「ほら、合格することは決まっているみたいだなって言った時のことだよ」

「それがどうしたんだい?」


 どうやらフィオは本気で質問の意味を理解できていないらしい。

 伝わらないならと言い方を変えてみる。


「この試験って難しいんだよな?」

「うーん、そうだね。正式な発表はないから詳細はわからないけど、大体100人に1人が受かるとされているよ」

「マジかっ!?」


 あまりの困難さに愕然とする。

 いくら誰でも受けられるからって高すぎるだろ!


「む、無茶苦茶難しいじゃねえか……」

「合格者の大多数が魔力測定で決まるらしいからね。ほとんど才能だよ」

「あれ、武術の試験もあるんじゃなかったっか?」

「あるよ。あるにはあるけど、それで受かる人は少ないみたいなんだ」


 元々は魔導師を育てる学園だったから仕方がないさ、とフィオは続けた。

 最初がそうだったのなら学園の上層部は魔導師が多いだろう。それならば納得だ。


「なるほどな。それなら確かに魔力重視になるわな」

「だろう? それに、才能を見極めるという点で考えても魔力の方が簡単だしね。鍛練したら伸びるというものでもないし」

「そうだな。武術は強い人イコール才能あるとはならないもんな」

「そういうこと」


 しかし、何てわかりやすく、かつ残酷な選抜方法なのだろうか。

 自分にあった、自分の才能を最大限に引き出す努力――もちろん、理論上の話にだが――をしたらトップは無理でも、それに近いレベルには誰でもなれる……。理想論なのはわかっているけど、そうであってほしいと願ってしまう。

 とはいえ、才能を認められた時、人とは違うと言われた時は嬉しさを感じる。特別でありたいと思う気持ちもあるのが厄介だ。


「だけど、そうなると余計に受かるか心配になってくるわ。しても仕方がないことだけどさ」

「…………」


 軽口を叩きながらフィオに笑いかける。

 だが、フィオは俺を言葉に反応を示さない。正確に言えば考え込んでいる。


「……わざと? いや、嘘をついている感じはない。本当にわかっていない、のか?」

「どういう「次の人」あっ、はい! じゃあ、行ってくる」


 フィオがぶつぶつと呟く。

 理解ができなかったので聞き返そうとしたがまたも試験官の声に遮られる。何だか間の悪い日だ。

 フィオに一声かけて試験官の下へと移動する。それと同時に重要なことに気づいてしまった。


「では、今から魔力判定試験を開始します」

「……あ、あのー。俺、魔法とか使えないんですけど大丈夫ですか?」


 当り前だが、昨日初めて異文化にふれた俺は魔法なんて使うことができない。剣ですら昨日初めて使ったのだから。

 その剣に関しても“英雄の記憶”の効果が消えたと同時に姿を消してしまった。

 そもそも、素の状態では振るうことすら困難かもしれないが。


「大丈夫ですよ。魔昌石はありますか?」

「はい、あります。もしかして、これで測るんですか?」


 首にかけていた昌石を外し、試験官のお姉さんに渡す。

 黒いローブに帽子とゲームなどで良く見る魔法使いのような風貌をしたお姉さんは、見ててくださいね、とほほ笑む。

 学園関係者なのだから少なくとも年上なのだろうが、ふわふわとした笑顔は童顔と相まって幼く見える。


「いきますよ」


 少し緊張した声に今年が初めてなのかな、と漠然と思いながら視線を手へと向ける。

 すると、昌石が空中に浮き、青白く光り始めた。英雄の記憶が発していた光と同じ色だ。


「あれ?」


 幻想的な光景に見入っていると、お姉さんのとまどった声が耳に届く。

 表情を窺う。声の印象通り困っているみたいだ。

 その様子に嫌な予感がする。徐々に昌石を包んでいる光が大きくなっているのも気がかりだ。


「どうしたんだろ?」

「ちょっと、どうしたの? って何それ!? はやく供給をやめなさい!!」

「え!? あ、あわわ!」


 お姉さんが頭に疑問符をうかべていると様子を見に来た他の試験官の人が怒鳴る。

 唐突の大声にお姉さんが慌てて手をふると、光は消え、謎の浮力を受けていた昌石は落下した。よほど驚いたのだろうか、少し涙目だ。


「し、心臓がとまると思ったわ」


 どなった試験官が呟く。こちらの方はお姉さんと違って非常に大人っぽい。容姿もだが、ため息をつく仕草などから色気を感じるからだ。


「ど、どうしたの、アリシア。急にどなって」

「……はあ、やっぱり気づいていなかったのね」


 アリシアと呼ばれた試験官の女性は頭が痛いと言わんばかりに額に手をやる。

 気づいていなかったという言葉に何かを見逃してしまったことだけは理解したのか、お姉さんはおろおろし始める。まるで小動物だ。


「あのね、この昌石はもう魔力がはちきれんばかりに入っていたの。そんなものに魔力を注ぎこんでみなさい。どうなるかわかるでしょう?」

「え? え? で、でも、全然魔力が入っていかなかったんだもん!」


 興奮してるせいか、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら必死に反論するお姉さん。椅子から立ったことでわかったが、非常に小さい。150cmもないのではなかろうか。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。良くわからないが、はちきれんばかりに入ってるものに無理やり注ごうとしていたってことは一歩間違えたら……。


「そんなわけないでしょ! 下手したら学園が更地になっていたかもしれないほどの魔力が込められているんだから!」 


 酷くてこの体育館みたいなものが吹っ飛ぶぐらいかと思っていたのに、学園が、しかも更地ってどれだけの威力だよ!!? お姉さん、流石にそのミスは許されないよ……。

 怒られるのは仕方がない。でも、今ここでやるのは勘弁してほしい。

 背中に刺さる視線が一つ、また一つと増えていくのがわかる。

 怒声が飛んでいたのだから当然だ。


「最初から限界近くまでってクレアみたいな魔力バカでも無理な話なのよ!」

「で、でもでも、本当なの!」

「もう「あの、とりあえず落ちつきませんか? すっごい注目されているんですが」……そうね」


 このままヒートアップされると長引きそうだったので間に入って仲裁する。

 一瞬、キツイ眼でこちらを見てきたアリシアさんだったが、すぐに状況を把握してくれたようだ。


「あと、それで俺の合否はどうなるんでしょうか?」

「え? うーん、そうね。いくらクレアでもほとんど魔力が入っていない昌石を爆発させかけるドジはしないだろうし……」


 お姉さん――クレアさんか――のやらかしかけたことは、もはやドジではすまないと思います……。

 何気に二度目の命の危機だったみたいだ。アリシアさんに感謝せねば。


「うん。じゃあ、ちょっとだけ魔法をかけてみて良い?」


 先ほどの感謝を返してくれ。


「……それって危ないんじゃ」

「ふふっ、大丈夫よ。眠くなる魔法をかけるだけだから」

「だけって……。まあ、眠くなるだけなら危なくはないですね」

「でしょ? 魔力が少ない子にかけたら最悪一週間は起きないけど」

「笑顔で怖いことを言わないでください!」


 笑顔でさらっと怖いことを言ってくる人だ。もしかしてクレアさんへの怒りが収まっていないのか?


「アリシアはね、人の驚く顔が大好きなんだよ……」

「納得です……」


 普段から苦労しているのだろう。クレアさんが遠い眼で説明してくれる。


「大丈夫よ。少なくともそれなりの魔力があるのは見てわかるから」

「そうなんですか?」

「ええ、漠然とわかってくるようになるものよ」


 流石は本物の魔法使い。あ、魔導師か。

 魔導師に限らず、色々な職業でも鍛練を積み重ねると、相手のレベルがわかるようになると聞く。


「じゃあ、お願いします」

「任せなさい。それじゃあ、かけるわよ」


 アリシアさんの右手がピンク色に包まれる。そのまま手のひらを俺へと向け――。


『眠れ(スリープ)』


 言葉とともに右手を包んでいたモヤみたいなの(おそらく魔力)が俺の体をめがけて飛翔してくる。

 ピンク色の塊がいきなり飛んで来たのだ。とっさに手をだすのは人として当り前だろう。

 ただの条件反射。特に意味などない行動だったはず。だが――。


「「え?」」


 俺とアシリアさんが同時に驚きの声をあげる。

 何故なら、無造作に出された俺の左手によってピンク色の塊はあっさりと消えたからだ。

 しかも、俺の手は青白い光を発している。


「……アシリア?」

「あっ……」


 いきなり二人が固まったことを不思議に思ったクレアさんの呼びかけにより、呆けていたアシリアさんは現実へと帰還を果たした。


「えーっと、どうなったの? 寝てないってことはレジストできたってこと?」

「……ええ、レジストされたわ。合格よ」

「そっか! 良かったね! これで晴れてローランス学園の生徒だよ!」


 事態が未だに把握できていないが、どうやら合格したらしい。

 あのピンク色の塊を防げるかどうかだったのか。


「ありがとうございます」


 なにはともあれ目的だったローランス学園に入学できるのだ。拍子抜けと言われればそうなのだが、深く考えないでおこう。


「これが日程表になります。始業式は三日後になるので、ちゃんと来てくださいね」

「はい」


 始業式の日取りや、その日の予定が書いてある紙をもらう。どうやら、初日に授業はないようだ。

 どのような授業をやるかはわからないが、高校での勉強は可もなく不可もなくだったので、ここでも平均はとれるよう頑張ろう。


「失礼します」

「お疲れ様」

「……さようなら」


 探るような目つきで見てくるアシリア先生の視線を背中に感じながら、こちらの様子をうかがっているフィオのところへと行く。


「おかえり。何やら時間がかかっていたみたいだけど、無事に合格したようだね」

「ただいま。ああ、何か試験官の人がやらかしたらしく、昌石が爆発しそうだったとか何とか。まあ、良くわからないけど受かったから良いさ」

「昌石が爆発? ……なるほどね」

「何がなるほどなんだ?」

「いや、なんでもないよ。こっちの話」


 微笑をうかべたフィオの表情からは何を考えているかは読みとれない。


「そっか。なら良いけど。それよりフィオは測定しにいかなくて良いのか?」

「実は知り合いがいてね。その人に測定をしてもらう予定なんだ」

「お? そうなのか。ってことはその人がくるまで待たないといけないわけか」


 というか知り合いにみてもらう必要があるのだろうか。ただの測定なわけだし。


「実は僕の魔力ってちょっと変わっているらしくてね。あまりさらすわけにいかないんだ」


 俺の疑問を察したのか、フィオが小声で説明してくれる。

 なるほど、そういう理由があるのか。


「そりゃ、おいそれと一般生徒に混じって受けるわけにいかないよな」

「うん。最初はユーヤも僕と同じなんじゃないかと思ったんだけど、違ったみたいだね」


 同じってことは魔力が変わっているってことだろうか。


「俺は自他共に認める少し変わった一般人だからな」

「少し変わった一般人って時点で十分変わっているよ」

「ハハハッ、そういう考え方もあるかもな」

「ふふっ、面白いね。ユーヤは」


 常に浮かべている微笑とは違い、本物の笑顔にドキッとする。

 美少年ってのには初めてあったけど、ここまで綺麗に笑えるものなのか。性格も結構気さくだし、こりゃ男女問わず人気がでるだろうな。

 更に特殊な魔力を持っているらしいし、天は二物を与えたわけか。しかも、後天的な要素であろう仕草とか喋り方も品がある。


「ぬははっ、まあ見てて面白いとは良く言われるかな」

「楽しそうだからね。何だか見ててこっちまで元気がでてくるよ。そういう空気を持っているのかな」

「人生楽しくがモットーだかんな!」


 これも幼少期の教育のおかげか、それとも元々俺の持つ性格だったのか、喜怒哀楽はわりと激しいタイプである。あと影響を受けやすいところもある。

 サッカーの漫画見たら次の日には友達を集めてサッカーをしたり、野球のを見たら野球をしたりしていた。

 フィオがすぐに測定を受けるわけではないので一旦外にあるベンチへと移動する。


「良い目標だね」

「まあ、何も考えずに俺らしく生きるってだけなんだけどな」

「……簡単なようで難しいことだね」


 一瞬、フィオの表情に陰りが見えた気がする。何かしら思うことがあるのだろう。


「うーん、難しいかもな。色々と考えられる人は特に」

「考えられる人?」

「ああ、頭が良い人とか他人を想いやれる人って、自分が行動した後の結果を考えちまうだろ? だから、条件反射で動くのが苦手ってイメージ」

「それは、あるかもしれないね」


 中学時代、仲が良かった友人がまさにそのタイプだった。

 本人は否定していたが他人のことを考え過ぎてしまう優しい奴だ。そいつはいつも考え過ぎなぐらい考えて苦労をしていた。

 最初はイライラしたものさ。人のことを優先するせいで自分をないがしろにするところとか見てて腹がたった。理解できる、できないではなくて自分を押し殺して本当に笑顔でいることができるのかよって。


「でも、そんな奴にしかできないことがたくさんあると思うんだ」

「そうかな……」

「例えば友達が何か他の人には言えないことがあるとするじゃん。そういう時、俺みたいなタイプはそれに気づいてあげることができないからさ。でも、フィオなら気づいてやれるんじゃないか?」

「ッ!」


 びくっとフィオの体が震える。その様子に自分のミスに気づく。


「あ、悪い、他の人にばれるとまずいんだよな」

「え? ……あ、魔力のことか」

「魔力のこと以外何があるんだ?」

「そうだね。話を続けてくれ」

「お、おう?」


 フィオの不可思議な反応に疑問を覚えつつ、話をもどす。


「まあ、要するに適材適所、千差万別。俺みたいなやつも、フィオみたいなやつも、どっちも必要なんだよって考えよ」

「……うん、そうだね。その考えはとても君らしいよ」

「へへっ、ぶれないのが俺の長所だぜ。……あれ? でも、考え方も俺の考え方がベースだし、そうなるとそれは俺の考えであって、結局それは、え? ど、どういうことになるんだ? うがー、わけわかんなくなってきた!」

「ふふふっ」


 混乱してわけがわからなくなっている俺を見て、フィオの空気が戻る。

 戻ってくれたのは良いけど、俺は思考の泥沼から抜け出せない。いったい、俺の考え方を脱却するにはどうすれば良いんだー!


「落ちつけ、俺! 下手の考え休むに似たりって言う言葉があるじゃないか。考えこむこと事態が俺を惑わす元凶! 逆転の発想だ。逆転させれば万事解決だ……!」

「いや、逆転させても万事は解決しないと思うよ」

「冷静なツッコミ!」


 いや、もちろんフィオがテンション高めにツッコミをいれてきたら、その事につっこんでしまうけどさ。何となく冷静に返されると恥ずかしいものがある。……おかげでループからは脱出できたけど。


「あー、まあ、良くわからないけど、フィオは良い奴だって話! 何か話がずれている気がするけど、気にしないで行こう!」

「…………プッ……ハハハハッ!」


 うだうだ悩むのを放棄して感情に任せて思った事を言った結果――大爆笑。……はたして俺はどこで間違えたのだろうか。


「い、いや、別に馬鹿にしているわけじゃないよ」

「馬鹿にされているとは思っていないけどさ……」

「むしろ、逆だよ。馬鹿にするどころか尊敬するよ」

「そん、けい? ふっ、まあ、あふれるカリスマ性ってやつかな?」


 自分でも驚くほどの単純ぶりである。でも、嬉しいのだから仕方がない。


「ハハッ、カリスマ性は感じないかな」

「撃沈!?」


 瞬殺され、ガクッと肩を落とす。

 カリスマ性はぜひとも欲しい魅力なのに……。


「それで、何で僕が良い奴だって思ったの?」

「え? まあ、受付のときに教えてくれたから?」

「……それだけで? もしかしたら、わけがあって近づいたかもしれないじゃないか」


 ご希望の解答ではなかったのか、少し声に棘がある。

 うーん、他の理由か。


「ちょっと話かわるんだけど、俺、結構勘とか眼に自信があるんだ」

「……それがどうしたんだい?」

「ほれ、さっき魔力測定並んでる時に俺の故郷の話をしただろ?」

「うん。したね」


 相槌を打ちつつもフィオは何故その話を、と首をかしげている。


「あの時の興奮しているフィオを見ていたら、何となく良い奴だなって思った。だからだ」


 あっけらかんに言う俺にフィオは最初未知の生物でも見るかのような視線を向けてくる。

 あえて付け加えるなら一番素っぽかったからという理由もあるのだが、言う必要がないので言わないでおく。


「ってか別に理由なんて良いじゃん。俺は馬鹿だから何でって聞かれてもほとんどフィーリングだってーの!」


 ベンチに体を預け、投げやりに言葉を放る。


「フィーリング、か」

「フィオにはあまりわからない感覚?」

「……そうだね。昨日まではわからなかったかな」

「昨日?」


 体を起こし、フィオの方を向く。

 こちらを向いていたフィオの顔に先ほどまであった固さはない。


「そうだよ。今日初めてフィーリングが合いそうな人と出会ったからね」

「ほー、そりゃ良かったな! そういう友人は大切だからな」

「はあ」


 ジト目でため息をつくフィオ。その眼は失望したといわんばかりだ。


「やれやれ、雄也には直接的な表現じゃないと伝わらないか」

「おいおい、人を察しが悪い人間みたいに言うなよ。否定はしないけど」

「ふふっ、察しが悪いよ。僕が友人になれると感じたのはユーヤ、君なんだから」

「へっ?」


 予想外の流れに変な声が出た。

 一拍遅れて理解する。


「……おー、まじか! 俺もフィオとなら良い友達になれると思っていたんだよ」

「じゃあ、僕の友人になってくれるかい?」


 そう言いながら手を差し出してくる。


「もちろん!」


 俺は差し出された手をしっかりと握るのだった。

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