赤っ恥

「で、でか……」


 ローランス学園を見ての第一声である。


「学園が街な時点でわかってはいたけど凄いな」


 異世界に召喚されてから既に一日が経過していた。

 今更だが、よく無事に街につけたものだ。

 昨日、日が暮れ始めた頃、何とか森を抜けることができた俺は愛と勇気と勘でローランス学園を見つけ出すことに成功した。あのまま祖父を信じて真っ直ぐ歩き続けていたならば、おそらく迷子になって試合終了だったに違いない。


「これからも自分を信じていこう、うん」


 ただ、流石に異世界で勘頼りは無謀に近いか。うん、考えて行動しよう。

 あっさりと意見を翻し、心に刻みつける。


「さあさあ! よってらっしゃい、みてらっしゃい! ローランス学園うける子なら一個無料だよー!!」

「一つくださーい!」


 無料という言葉に一目散に飛びつく。

 ここローランス学園は城下町ならぬ学園街となっている。

 どうやら学園があることで非常にもうかるからと学園受験者は手厚いサービスをうけることができるらしい。


「あいよ! 一応、昌石を見せてもらって良いかい?」

「はい。これで良いですか?」


 首にかけているネックレスを見せる。先端に魔昌石がついているこれは受験者の証らしい。

 何故そんなことを知っているかと言うと、一文無しだが野宿は嫌だったので皿洗いでも何でもするから泊めてもらおうと宿屋に行き、事情を説明すると女将さんが教えてくれたのだ。

 いやはや、受験するだけでこんな待遇をえられるとか最高だな。


「おう! じゃあ、リンゴ一個無料だ! 試験頑張れよ!」

「ありがとうございます」


 礼を言ってリンゴを受け取る。

 見た目は地球のリンゴと変わらない。赤くて丸い果実。


「味はどうかね?」


 リンゴを一口かじる。おおよそ似ているが、どこか違う気もする程度の差だった。

 良く考えたら食べ物を食べられるかは重要だ。海外の食事でも合う合わないがあるのだから、下手したら全く食べられない可能性すらあった。


「……じいちゃんが来ていたらしいし、そもそも俺こっちの生まれって話だけど」


 そもそも、異世界が存在しているなど欠片も思ってもいなかったのに生まれがこちらときた。

 展開の速さに頭が追い付いていないのか、動揺はそれほどない。


「まあ、深く考えないのが俺の長所だからな」


 良く幼馴染にほめられたものだ。「雄也って人生楽しそうで良いよね」って。

 最初は何か悩みごとでもあるのかと思って心配したのだが、ただ単に素直な感想だったらしい。その後も色々な人に似たようなことを言われたため、きっと俺の長所なのだろうと考えている。


「つーか、試験まだ始まんないのかな?」


 既に門の前で待つこと十分。リンゴを食べている間は時間を有意義に使えたが、もう食べてしまった。

 この十分で学べたことなど、地球のリンゴとは違って芯まで実のように食べられることぐらいだ。


「兄ちゃん?」

「何ですか?」


 ボーっと門を眺めていたらリンゴ売りのオジサンが話しかけてきた。

 もしかして、もう一個リンゴくれるのかな?


「もしかしてここの門があくこと待ってるとか、そんなことないよな?」


 オジサンはおそるおそるといった風に聞いてくる。歯切れも悪い。

 はて、何故に窺うように? ……もしかして、商売なら上手く喋れるが、会話はあまり得意ではないタイプなのだろうか。だから、マニュアルにない二個目無料をすんなりと言いだすことができないと。


「はい、そうです」


 オジサンが喋りやすいよう笑顔で言う。

 巷で「警戒心を抱くのも馬鹿らしくなる」と評判の笑顔だ。これでオジサンもリンゴをあげやすいだろう。


「あ、やっぱり」


 だが、オジサンの反応は俺の想像したものとは違った。

 何だ。この視線知っているぞ。幸せそうだなと言った奴と同じものだ。


「ここな、裏門だぞ」


 オジサンが苦笑いしながら驚きの真実を告げてくる。

 ……裏、門? ここ、正門違う?


「え、でも、昨日、ここで、これ、配っていた」

「あー、夕方に行ったのか。夕方以降はこっちで配っているんだ。邪魔になるからってな」


 ポンッと肩を叩かれた。どんまいと言いたげだ。


「……あ、ありがとう、ございます。じゃ、じゃあ、僕は正門の方に行くでございます」

「お、おう。が、がが頑張れよ」


 あまりの恥ずかしさに挙動不審になっている俺の姿に、オジサンは必死に笑いをこらえようとするが声が笑っていた。

 無心だ。無心になるんだ。何も考えるな。


「ハイ、ガンバリマス」


 まるで鉛でもつけているかというぐらい体が重い。ぎこちない歩き方がロボットみたいだ。

 少し離れてからおそるおそる振り向いてみると、耐える必要がなくなったためかオジサンが腹を抱えて笑っていた。

 俺は顔を真っ赤にして走りだすしかなかった。

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