【クリスマス企画】美少女は帰りたい


「イルミネーションを見にいきましょう」


 と、食卓を挟んだ向こうで、理華が言った。


 正直、電飾にそこまで興味はない。

 けれど理華に誘われると、行ってみてもいいかな、なんて思ってしまって。


「なら、イブにケーキ受け取るついでに寄るか」


「いいですね。そうしましょう」


 という具合に、あっさりクリスマスイブの予定は決まってしまったのだった。



「手袋いるかな」


「寒いですよ。持っていた方が」


「冬は荷物が増えて嫌だな」


「夏は汗をかいて嫌だ、と言ってましたよね」


「言ってた」


「いつならいいんですか」


「いつも嫌だ」


「やれやれ」


 くだらない話をしながら、理華とふたりでマンションを出る。

 分厚いコートと、ポケットに手袋。

 それでも沁みる寒さも相まってか、身体が重かった。


 隣の理華も完全防備で、首にマフラーまで巻いていた。

 口元が白い布に埋もれて、頬もほんのり赤いせいで、普段より少し幼く見える。

 ……というか、めちゃくちゃ可愛い。

 これは始まったな、クリスマス。


「それにしても、理華ってイルミネーションとか好きなんだな。意外だ」


「いえ、特別好きというわけではないですよ」


「え、そうなのか。なら、どうしてまた」


「……だって」


 理華はそこで一度言葉を切って、ちらりと俺を見上げた。

 少しだけ、つんと口を尖らせているように見える。


「……廉さんと一緒なら、印象も変わるかもしれないじゃないですか」


「……なるほど」


「そういうことです。それに、駅前のイルミネーションは、けっこうすごいらしいです。冴月が言っていました」


「え、じゃああいつらも来てるのか、もしかして」


「いえ、冴月と夏目さんは明日見に行くそうです」


「そうか……セーフだな」


「ちゃんと調査済みです。えへん、です」


 得意げに、そしてわざとらしく胸を張る理華。

 まあ、向こうで出くわすと厄介だからな、いろいろと。



「おぉっ……」


「……たしかに、すごいですね」


 駅前一帯には、想像していた三倍くらいの規模のイルミネーションが広がっていた。

 ビルの屋上から地上にかけて光の壁ができていたり、電飾のトンネルが作られたりしている。

 これ目当てに来ていそうな人も大勢いて、やる方にも見る方にも、本気度が窺える。


 正直、舐めていた。


「向こうにも行ってみましょうっ」


「お、おう」


 にわかにテンションが上がっている様子の理華に手を引かれて、俺たちは駅前を探検した。


 手を繋いで、並んで歩いて、イルミネーションを見る。

 もう、すっかり普通のカップルみたいだな、こりゃ。

 ……いや、普通のカップルか。いつまで経っても、しっくりはこないけれど。


「あ、見てください廉さん」


「……おぉ、ツリーか」


 広場のようなところに出ると、理華が中央を指さした。

 大きな木に電飾がつけられて、円錐型に光っている。

 てっぺんに星型の黄色い飾りがあるのを見るに、おそらくクリスマスツリーがモチーフなのだろう。


 俺と理華は、しばらく立ち止まってその木を見上げていた。


 純粋に、綺麗だな、と思う気持ちのほかに……


「電気代、すごそうだな」


「はい。片付けるのも大変そうです」


 俺と理華は顔を見合わせて、それから同時にクスッと笑った。

 捻くれているわけじゃなく、自然とそんなことを考えてしまうのだ。

 でも、そういうのもイルミネーションの醍醐味なんじゃないだろうかとか、俺は都合よく思っていた。


「……あっ」


「ん?」


 短い声を出して、理華の視線があるところで止まる。

 見ると、そこには俺たちと同じように、ツリーを眺めているカップルがいた。

 服装からはわからないが、たぶん大学生だろう。

 女の方が男の二の腕を抱いて、かなり密着度が高い。


 気づけば、周りにはいつのまにか、同じようなカップルたちで溢れかえっていた。

 これが、クリスマスイブの街か……。


「……」


「……なんだ?」


 理華は控えめに、そして節目がちに俺を見ていた。

 それから、繋いでいた手をふっと解いて、そのまま俺の腕に――


「……これでよし」


 理華は例のカップルと同じように、俺の二の腕を抱きしめていた。

 腕が緩く引っ張られて、柔らかい感触に包まれる。


「……なにが『よし』だ」


 満足げに頷く理華に、思わずツッコんでしまう。


「いいじゃないですか。こうした方が暖かいですよ、ふたりとも」


「いや、べつにいいけどさ……」


 言いながらも、俺は顔がぽっと熱くなるのを感じていた。


 二の腕を抱きしめられたことは、今までにもある。

 でもそれは決まって俺の部屋でのことで、人前でこうされたのは初めてだ。


 もしかすると理華も、周りの浮かれた空気というか、そういうものに影響を受けているのかもしれない。

 ただ本音を言えば、そんな気持ちもちょっと、わからないでもないのだけれど。


「……廉さん?」


「ん」


「なんだか……うちに帰るのがもったいないですね」


「……だな」


 俺たちらしくないそんなセリフも、今日のところは仕方ないような気がする。

 寒さも、色とりどりの光も、聞こえてくるクリスマスソングも。

 それから、理華の身体の優しい熱だって、その全部が不思議な浮遊感を連れてきて、まるで夢を見ているような、心地いい気持ちにさせられる。


 予約しておいたケーキを受け取りに行かないといけないが、まあ、もうしばらくはこのままでも……。


「……ほあっ」


「……どうした?」


 また視線を止めた理華は、今度は口に手を当てて、驚いたように目を見開いていた。

 釣られて、俺もそちらに目をやる。

 すると……


「……」


「……」


 あろうことか、さっきのカップルが人目も憚らず、お互いの口と口をくっつけていた。

 まあつまりそういうことだが……こんなところで、そんな……。

 しかも、何回も……。


 ふと視線を感じて、俺は理華の方を向いた。

 理華は俺の目……ではなく、顔の中の別の部分を、じっと見つめているようだった。

 心なしか、瞳がうるうると揺れている。


 ゆるく開いた理華のくちびるが、柔らかそうにかすかに動く。

 俺の意思には関係なく、視線がそのピンク色に吸い込まれていく。


 ふと、あらぬ衝動が沸き起こった。


 …………。


「……」


「……」


「……や、やっぱり、そろそろ帰りましょうか」


「そ、そうだな……」


「はい。……さすがに、ここではいけませんし……」


「なっ……! なんの話だよ……」


「……いえ、べつに」


 大丈夫か、いろいろと……。


 不安と、照れと、それから期待。

 そんなものを抱えながら、俺は早足で歩く理華に合わせて、いつもより歩幅を大きく取った。


 ……とりあえず、理性がぶっ壊れないようにだけ、気をつけなければ。



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『美少女と距離を置く方法』旧エピソード置き場 丸深まろやか @maromi_maroyaka

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