【ハロウィン企画】美少女のいたずら……?

ハロウィン企画のSSです。

本編での時系列は無視してお楽しみくだされば幸いです。


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 とある日の夜。


「おお、これは……」


 夕飯の支度をしていた理華りかに呼ばれてキッチンへ行くと、そこには普段とは一風違った料理の皿が並んでいた。


「カボチャサラダとカボチャのポタージュです。自信作です」


 エプロン姿の理華は、腰に両手を当ててそう言った。

 ふんす、と得意げに胸を張っている。

 たしかに、見た目も匂いも抜群にうまそうだ。


 理華がエプロンを片付けている間に、俺は皿と箸をテーブルに運ぶ。

 少し遅れて、理華が飲み物を持ってきてくれた。


 配膳くらいは全部俺がやろうと思っていたので、少し申し訳ない気持ちになる。

 が、理華は一切気にしていないさそうな様子で、クッションの上にちょこんと腰を下ろした。


「ありがとな、いつも」


「棒のアイス一本で手を打ちます。それから、ハグも」


「お、おう……了解」


 俺が答えると、理華は照れたように頬を赤らめて、少しだけ口をすぼめた。


 なんなんだ、この可愛すぎる生き物は。

 ……なんなんだ!!


 いかんいかん、心を乱すな、俺。


「だけど、なんでカボチャなんだ?」


「ん」


 理華は短い声を出して、なんとなくつけていたテレビの画面を指さした。

 ニュースを読み上げているアナウンサーの横に、やたらと騒がしそうな夜の街の映像が流れている。

 表示された『仮装する若者たち』というテロップで、初めてピンときた。


「ああ、ハロウィン」


「そう、ハロウィンですよ」


 なるほど、それでカボチャか。


「相変わらずしっかりしてるというか、マメだな」


れんさんは相変わらず、こういうことに疎いですね」


「いや、まあそれは否定しないけど……でもハロウィンって、イベントとしては影薄い方だろ」


「最近はそうでもないですよ。こうして、仮装して大勢が集まる催し物もあるみたいですし」


「うーん、ついていけない世界だ」


 言ってから、呆れた様子で手を合わせた理華について、ふたりで『いただきます』をした。


 きゅうりやベーコンが混ざったカボチャサラダは、絶妙な甘みがあって絶品だった。

 カボチャポタージュも同じく甘いが、深いコクのせいか妙に高級感がある。


「いや、うまいな。天才か」


「ふふっ。褒めてもお菓子はあげませんよ」


「なんだ、そうなのか」


「あ、今の返答で、明日のメニューがひとつ減りました」


「冗談です。いや、ほんと。素直にめちゃくちゃおいしいです。理華様」


 俺が頭を下げながらそう言うと、クスクスと笑う理華の声がした。

 こんなくだらなくも幸せなやりとりと、理華の料理があるなら、俺のハロウィンは充分に贅沢なイベントだ。


「そういえば冴月さつきが、部活のみんなで仮装パーティをする、と言っていました」


「ふぅん。リア充はなんでも精力的だな」


「はい。さっき、仮装した写真も送られてきましたし」


「そうか」


 仮装パーティ、ね。

 いったいなにが目的の集いなのかはわからないが、まあ当人たちの好きにすればいいだろう。

 たしか自由権の中にも、『集会の自由』ってのがあったしな。

 いや、それとはちょっと違うか。


「冴月はこういう格好もよく似合いますね。さすがです」


 理華は感心したようにスマホ画面を見ていた。

 理華が食事中にスマホを触るのは珍しいので、案外テンションが上がっているのかもしれない。


 しかし、『こういう格好』と言われても、写真を見せられたわけでもないので、どんな格好なのかは不明だ。

 まあ理華の言う通り、雛田ひなたなら大抵の衣装は着こなしてしまいそうだけれど。

 スタイルも顔もいいからな、もともと。


「廉さんにも見せていいか聞いたのですが、冴月が『絶対嫌』だと」


「……わざわざ教えるなよ」


 そんなことだろうと思ったわ。


 しかし、仮装か……。


 その時、テレビから甲高い声が上がった。

 見ると、さっきの映像は仮装した若者への街頭インタビューに移行していた。

 アニメキャラか何かの際どい格好をした女子大生風のグループが、やたらと高いテンションで記者の質問に答えている。


 連中は胸元をがっつり開けて、脚もかなり露出が激しかった。

 若干目のやり場に困るが、必要以上に意識しても変なので、あくまで平静を装っておく。


 だが、どうしても考えずにはいられないことが、俺にはひとつだけあった。


「……廉さん?」


「えっ? あ、いや、なにもないぞ、べつに」


「……まだなにも言っていませんよ」


 理華はそう言いながら、訝しげな表情で首を傾げた。

 その動きに合わせて、艶のあるボブカットがふわりと揺れる。

 普段は鋭い目が、パチクリと瞬く。

 綺麗な薄桃色の唇が、ぴくりとかすかに動いた。


 ……やっぱり、どう考えても可愛すぎる。


 そしてそれゆえに、俺は当然の好奇心というか、興味というか、つまりはそういう、下心とは一切無縁な理由によって、こんなことを考えてしまっていた。


「……?」


 理華が仮装をすると、どうなるんだろうか……。


「……」


 俺の脳裏に、いろいろな衣装を着た理華の姿が、次々に浮かんできた。

 しかも大変まずいことに、その多くが今テレビで見たような、少なからず際どい、肌が多く見えるような格好で……。


「……どうしたんですか、変な顔をして」


「い、いえ! なんでもありません! ホントに!」


 壊れた機械のようにカタカタと首を振って、なんとか無理やり誤魔化す。


 落ち着け、俺よ。いくら相手が彼女だとはいえ、そういうのはよくない。

 いや、むしろ彼女だからこそ、より罪悪感というか、居心地の悪さがある……。

 妄想の中でそんな風に着替えさせられるなんて、どう考えても理華にとっては不愉快だろうに……。


 俺は心の中で、浅ましい自分の頬をバチンと叩いた。

 下心とは無縁なんて、聞いて呆れるってもんだ。


 煩悩退散。

 よこしまな気持ちは、うまい料理を食べてさっさと消してしまおう。


「せっかくですし、ちょっといいお菓子も買えばよかったですね」


「あ、ああ、そうだな。ハロウィンといえばこれ、みたいなのは、パッと思いつかないけど」


「トリックオアトリート、と言っても、バレンタインのチョコレートのように、特定のお菓子が決まっているわけではありませんしね」


「それこそ、イメージあるのはカボチャくらいか」


 言って、俺はポタージュの最後のひと口を流し込む。

 とにかくうまかった。

 バカみたいな感想だが、店で出せるだろ、これ。


「まあ、俺はハロウィンでもクリスマスでも正月でも、この手のイベントは家でうまいものが食えればそれでいいよ」


「やれやれ、と言いたいところですが、わりと同意見です」


「だろ。特に正月なんて、食って寝てれば、それで大満足だ」


「三大欲求に忠実ですね、廉さんは」


「そりゃあ、人間だからな」


 そう、三大欲求。

 人間が逃れられない、最も大きな三つの欲求だ。

 それに従うのが、偽りない人間の姿というもの。

 食欲、睡眠欲、それからあとは……せい……。


 ……。


「……」


「……」


 気がつけば、理華が口を「え」の形にして、顔を真っ赤に染めて固まっていた。

 対して、俺は自分がどんな顔をしているのか、まるでわからなかった。


「……」


「……」


「……ま、まあ、その話は置いといて……」


「……やっぱり、忠実なんですか……?」


「おい!」


 置いとかないのかよ!


「……」


「……ノーコメント」


「……でも、さっき」


「だぁー! やめろやめろ!」


 伏し目がちにこっちを見るな!


「ほら! もう食器片付けるぞ! 俺は皿洗うから!」


 言いながら、俺は逃げるようにしてキッチンへ。

 袖をまくって、水を出して、ただ黙々と手を動かした。


「……廉さん」


「……なんだよ。いいんだぞ、理華は休んでて」


「……私だって、人間ですよ」


「……えっ」


 バタン、という音を立てて、理華がリビングに消える。


 手元に集中していたせいで、それから、恥ずかしさのせいで。

 俺は理華がどんな顔でそれを言ったのか、見ることができていなかった。


「……煩悩退散だぞ、俺」


 だが、もはやなにが煩悩で、なにがそうじゃないのか。

 もはやそんなことすら、俺にはわからなくなっている気がした。


 頼むから今日のところは、ハロウィンのいたずらであってくれ。


 ……とりあえず、アイスを持って行ってやるか。


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