X18 リア充が仮定する


「あら」


「うわ」


 学校にある、パソコン室。

 その一席に座っていた俺は、隣からの短い声に思わず顔をしかめた。


「おはよう、楠葉くすばくん。だけど、うわ、はひどいんじゃない?」


「……」


 理華の友人、須佐美すさみ千歳ちとせはいつもと同じ余裕のこもった声音で、そんなことを言った。

 相変わらずの妙なプレッシャーに怯んでしまうが、なんとなく以前よりは、多少ましになっている気がしないでもない。


 休み中も須佐美には何度か会ったが、こうして二人とも制服で出会すのは初めてだ。


「夏休みに学校にいるなんて、楠葉くんらしくないわね」


「……評論文の課題があるだろ。本読んで書くやつ。それだよ」


 このパソコン室には、全部で二十台ほどのパソコンが設置されている。

 それを生徒なら、夏休み中であっても自由に使用することができるのだ。


 今どきパソコンでしかできないことなんてほとんどないが、評論文はワープロ可。

 どう考えても手書きより楽なので、こうしてせっせと出かけてきたというわけだ。


「ああ。一人暮らしだと、たしかに学校のパソコンは便利ね」


「今日終わらせて、そのまま印刷して帰るつもりだ」


「楠葉くんってものぐさなのに、こういうのはけっこうちゃんとやるわよね」


「どうせやらなきゃならないなら、早めに片付けておいた方がいいからな」


「その通りだけど、それができない子もいるわ」


恭弥きょうやとかな」


冴月さつきとかね」


 そう言って、須佐美は口に手を当ててクスクスと笑った。

 そんな仕草がやたらと大人っぽくて、もっと言うと色っぽくて、なんだか不思議な気分になってしまう。


 いや、もちろん変な意味じゃないぞ。

 断じて違う。


「そっちはどうしたんだ。生徒会の仕事かなにかか」


 俺が尋ねると、須佐美は少し背筋を伸ばして、部屋の中をサッと見回したようだった。

 パソコン室には、俺たち以外に誰もいない。


「そんなところよ。夏休みが終わったら、生徒会も代替わりだから。その準備」


「ああ」


 そういえば部活と同じで、生徒会も三年はもうすぐ引退か。

 まあ、どっちも俺には関係ないんだけれど。


「お前は、たしか書記なんだったか」


「ええ。たぶん次もそのままだから、あまり代わり映えはしないけれどね」


「ふぅん」


「会長と庶務と会計が三年生だから、そこが入れ替わり。一応選挙もあるから、よろしくね」


「なんだよ、よろしくって」


「投票、してね。投票率が低いと、先生側からの印象がよくないの」


「なるほど」


 生徒会というのも、やっぱりそれなりに大変らしい。

 まあこいつがいるんだから、大抵の問題はあっさり解決しそうではあるけれど。


「ところで、お前は会長になったりはしないのか」


「あら、どうして?」


「似合いそうだから」


 生徒会長、なんていう肩書は、須佐美にはぴったりだ。

 まあ、生徒会書記、っていうのでも、充分しっくりくるが。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、似合わないわよ。それに、そういうタイプじゃないわ」


「そうか?」


「そうなの。会長の仕事をこなすことはできると思うけど、私の方にその気がないから。それに、もっと適任な人がいるわ」


「……ふむ」


 適任、ね。

 まあ、部外者の俺が気にすることでもないのだろう。

 なにせ須佐美のことだって、俺はまだ全然知らないのだから。


 それにしても、生徒会か。

 こいつが身を置く団体というのには、ちょっと興味が湧かないでもないな。


「だけど楠葉くん、珍しいわね」


「……なにが?」


「てっきり、私のことなんて興味ないと思ってたのに。個人的なこと、聞いてくれるなんて」


 須佐美のそんな言葉で、俺は自分の顔をがほんのり熱くなるのを感じた。


 わざわざ恥ずかしい言い方をしやがって……。


「……きまぐれで聞いただけだよ」


「あら、それは残念。もう友達にしてくれたのかと思ったわ」


「……なんだそれ」


 須佐美はさっきから、ずっとニコニコしていた。

 愛想が良くて、優しげで、でもそれ以外のいろいろなものが混ざっていそうな、須佐美らしい表情で。


 やっぱり、こいつは苦手だ。

 けれど……。


「……べつに、他人だと思ってるわけじゃないぞ」


「えっ……」


「……友達だと思ってるよ。……けっこう前から、勝手に」


「……ふふ」


 途端、ふわりと溢れるような声で、須佐美は笑った。

 今度はそれまでの笑みとは少し違う、ただの女子高生みたいな笑顔だった。


「楠葉くん、あなた、かわいいわ。理華ほどじゃないけど」


「……うるさいな」


「嬉しいから、理華に報告しなきゃ」


「や、やめろって……。なんか恥ずかしいだろ」


「いいじゃない。楠葉くんが友達と思ってくれてたわよ、って。ふふっ」


「……わかってただろ、俺がそう思ってることくらい」


「あら、そんなことないわよ。理華と友達になるのだって、ずいぶん大変だったみたいだし」


「……多少変わったんだよ、俺も」


 ただ、こうやって暴かれる覚悟は、まだないんだぞ……。


「理華がいなくても、友達になれたかしらね。私たち」


「……さあな。まあでも、あいつが全部のきっかけだからな」


 理華に出会わなければ、須佐美と知り合うことも、俺の生き方が変わることもなかっただろう。

 そういう意味では、やっぱり理華の存在は、俺にとってはどうしようもないくらい、大きかったに違いない。


「私は、なれてたと思うわよ。友達に」


「……そうかい」


「ええ。もしかしたら、恋人になってたかもしれないけど」


「んなっ!?」


 思わずデカい声が出て、俺は慌てて口に手を当てた。


「……変な冗談はやめろ」


「あら、私とじゃ嫌?」


「おい」


「ふふっ、ごめんなさい。この辺にしとくわ。理華に怒られちゃうから」


「……はぁ」


 まったく、心臓に悪いぞ……。


 俺はふるふると頭を振ってから、パソコンの画面に意味のない文字列を打ち込んだ。





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