X16 美少女は憤怒する


「サーモンのクリームパスタと、ほうれん草とキノコのバター醤油パスタでございます」


 とある日の、お昼時。


「来たー!」


「ありがとうございます」


「ごゆっくりどうぞ」


 私は友達の冴月さつきとふたりで、おいしいと評判のパスタのお店に来ていました。


 可愛らしい制服を着た店員さんが運んできてくれたお皿を受け取り、それぞれ自分の前に並べます。

 香りはもちろん、盛り付けもとってもおいしそうで、高まっていた食欲がますます刺激されるようでした。


 テーブルには、冴月が取ってきた食べ放題の焼き立てパンも、いくつか置かれていました。

 金額はそれなりにしますが、飲み物も飲み放題なので、妥当な値段だと思います。


「いただきまーす!」


「いただきます」


 ふたりで手を合わせて、フォークでパスタをひと口食べてみます。

 私が醤油パスタ、冴月がクリームパスタです。

 女性をターゲットにしているせいか、しつこさがなく、上品な味がしました。


「おいしーーーい!」


「キノコがたくさんです。これは嬉しいですね」


 普段あまり食べない食材を多めに摂れるのは、かなりありがたいです。

 廉さんではないですが、栄養面のバランスはどうしても偏りがちになりますからね。


「それで、どうなの? 最近」


「どう、というと」


 唐突な冴月の質問に、私はわざと短く返事をしました。

 冴月のことなので、言葉の意味するところは大体察しがつきます。


「楠葉とよ。もう愛想尽きた?」


 いたずらっぽく笑いながら、冴月はそんなことを言います。

 本気で言っていないのは、彼女の口調とそもそもの人柄から、すぐにわかりました。


「尽きていません。それなりに、うまくやっていますよ」


「ふぅん。それなりに、ねぇ」


 まるで意地悪なときの千歳ちとせのように、冴月はニヤリと口元を引っ張り上げました。


「……なんですか」


「べつに~。ただ、てっきりラブラブなのかと思ってたから」


「らっ……ラブラブではありません。普通です」


「どうだか」


 冴月は私の言葉を信じていないようでした。

 綺麗な顔で頬杖をついて、嬉しそうな目でこちらをじっと見つめてきます。


 ラブラブなんてこと、ありません。

 もちろん関係は良好だとは思いますし、廉さんのことは、最近はますます……。


「じゃあ楠葉とのメッセージ見せて」


「なっ! い、嫌です! そんなの!」


「ラブラブだから?」


「違います! メッセージなんて普通、他人には見せないものです! それじゃあ、冴月は夏目さんとのやりとりを見せられるんですか!」


「あれ? そんなこと言っていいの? もし私が見せたら、理華も見せなきゃ不公平になるけど?」


「うっ……」


 私は知らないうちに、自分がとても危ない橋を渡ろうとしていたことに気がつきました。

 千歳ほどではないですが、冴月だって人をからかうのはうまいのです。


 ここは冷静に、落ち着いて対応しなければ……。


「と、とにかく、見せません。この話は終わりです」


「え~。楽しかったのに」


「楽しくありません」


 言ってから、私はパスタをくるくると巻き取って、口に入れました。

 冴月も同じようにして、それから手元のリンゴジュースを飲みます。


「楽しい? 恋人生活は」


「……それなりに」


「そっか。よかった」


 冴月はいつのまにか、妙に穏やかな表情になっていました。

 その変化に、私はなんだか調子が狂わされるような気分になります。


「楠葉がくだらないことしたら、私に言うのよ? 代わりにしばきに行くから」


「だ、ダメですよ、そんなの」


「だって、理華優しいから。溜め込んじゃいそうだし」


 冴月は思いのほか、真剣そうな顔で私を見ました。

 もともと顔の整った彼女がそういう表情をすると、それはもう、本当に綺麗なのでした。


「……ありがとうございます。その時は、すぐに頼ります。でも、乱暴はダメですよ?」


「いいのよ、楠葉だし」


「もうっ……冴月はまたそういうことを」


 相変わらず、廉さんには厳しい冴月でした。

 もちろん、半分は冗談なのでしょうけれど。

 ……半分は。


「ねぇ、理華」


 私がちょうど、パスタの最後のひと口を食べ終えた頃。

 かじったチョコクロワッサンを飲み込んでから、冴月が言いました。


「楠葉のせいじゃなくても、困ったら言ってね。なんでも」


「……え」


「なんたって、恋愛に関しては私の方が先輩だもん。よくあるすれ違いとか? だいたい経験済みだしね。あんたまで、同じような失敗して欲しくないから」


「……冴月」


 冴月は、笑顔でした。

 ですがその表情には、喜びや明るさ以外の、たくさんの気持ちが含まれているような、そんな気がしました。


「難しいもん、恋愛って。楽しいし、幸せだけど、悲しいこともあるし」


「……そうですね」


「でも、できればつらいことなんて、少ない方がいいでしょ? だから、相談して。せっかく私が、先に身をもって体験しといてあげたんだから。ね?」


「……はい。わかりました」


 笑ったままの冴月の顔に向けて、私も笑いました。

 きっとそれが、気遣ってくれる大切な友達への、一番の感謝になると思って。


「まぁでも、自分で体験しといた方がいい失敗もあるけどね~」


「えっ……そ、そうなんですか?」


「うん。怒鳴り合いとか?」


「ど、怒鳴り合い……」


 私と廉さんが……怒鳴り合い。


「……想像できません」


「でも、いつかするわよ、きっと」


「そ……そうなんでしょうか」


 しかし、冴月がそう言うなら、そうなのかもしれません……。


「今から練習しとけば? 怒鳴る練習」


「えぇ……」


「ほら、こらーっ! って言ってみなさい」


「こ……こらー!」


「……」


「……」


「……理華、あんた」


「……な、なんですか」


「……かわいこぶるんじゃないわよ! この! このっ!」


 そんなことを言いながら、冴月は突然私の頬を両手で挟んで、うにうにと動かしました。

 

「や、やめてくらはい! 冴月!」


「ホント、かわいいんだから! もう! かわいいんだから!」


「こ、こらーーーっ!」


 痛いです。勝手です。理不尽です。


 でも、やっぱり私には、怒鳴る才能はないような気がしました。







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