X09 少年は語らない


 完全に、やらかした。


「いやぁ冴月さん、これは見過ごせませんねぇ!」


「そうですねぇ。千歳さんはどう思いますか?」


「ふふっ、かわいいわよ、二人とも」


 俺と理華はニヤついた3人の前に並び、一緒に小さくなっていた。

 見なくても、理華の顔が引きつっているのがわかる。


 夏休みに入って恭弥たちに会わなくなっていたせいで、頭の切り替えがうまくいっていなかった。


 たしかに、いつから恭弥たちの前でも名前呼びをするかというのは、最近の悩みではあった。

 だが、こんな迂闊な展開でバレるなんて……バカ過ぎる……。


「こ、これは違うんだよ……」


「そ、そうです……! 偶然というか、ついうっかりというか……」


「うんうん、うっかりしてたのね」


「こら、理華は黙ってろって……」


 テンパって、余計なこと口走ってるんだよ……。


「ほら、また理華って呼んでるじゃない」


「あっ……」


 俺もテンパってたのか……。


「あんなに慣れてる感じだったんだし、さすがに誤魔化せないと思うわよ?」


「そーそー。なんで隠すのよ」


「そうだぞー。むしろ、名前で呼ぶ方が自然なんだ。俺たちも心配してたんだからな」


 なにやら勝手なことを話すリア充3人。

 俺と理華は、横目で視線だけを合わせて打開策を練った。

 が、当然そんなものはない。

 あったとしても、向こうには恭弥と須佐美がいる。

 悔しいが、簡単に手玉に取られて終わりだろう。


「いつからそうしてたんだよ? その様子だと、つい最近ってことはないだろぉ」


「そうよねー。あの楠葉が自然だったし、生意気にも」


 恭弥と雛田はそんなことを言って、手元のケーキをパクパク食べた。

 一方、俺と理華のプリンは少しも減っていない。

 こんな状況じゃ、食欲なんて湧かないってもんだ。


 チラリと横を見ると、理華が観念したような顔をしていた。

 「もう白状してしまおう」と言っているのがわかる。

 正直、俺も同じ考えだった。

 こうなっては、逃げ切れるわけがない。


 そして、口を割るのは俺の仕事、なんだろうな……。


「……付き合ってから二週間くらい」


「え、めっちゃ早いじゃん!」


「うわー。そんなに前から騙してたんだ」


「意外にやるわね、二人とも」


 ニヤニヤニヤニヤ。

 なにがおかしいのかは知らないが、リア充どもは愉快そうだった。


 不本意だ、本当に……。


「そうかぁ。廉にもそんな甲斐性があったかぁ」


「う、うるさいな……」


「楠葉は呼び捨てなのに、理華は『さん』付けしてるの?」


「あ、そういえばそうだな」


 言って、雛田と恭弥は同時に理華を見た。

 理華は恥ずかしそうに目を泳がせるが、残念ながらどこにも助けは転がっていない。


「なんで橘さんは呼び捨てじゃないんだ?」


「まさか、楠葉が『さん』付けさせてるんじゃないでしょうね?」


「そんなことしないって……」


 むしろ、俺だってあの時は同じ疑問を持ったんだ。

 理華がそうしてる理由は、確か……。


「……だって、私だけの呼び方という感じがするじゃないですか。呼び捨ては、夏目さんがやっていますし」


「おぉー。思ったより乙女チックな理由だ」


「つまり、理華は楠葉くんを独り占めしたいのよね」


「そ、そういうわけじゃありません! ただ……」


「いいじゃないべつに。理華の独占欲が強いのは、もうわかったんだし」


「さ、冴月ぃ……」


 うぅん、理華がイジられている。

 なんとなく俺まで恥ずかしい気もするが、ちょっと貴重な光景だな、これは。


「でもそうなると、いよいよ学校でも隠せないんじゃないか? 夏休み入る前も、わりと噂になってたし」


「そうね。私も、生徒会の子に聞かれたもの。一応、伏せておいたけど」


「バラしちゃえばいいのよ。いっそ交際宣言でもすれば?」


「ヤだよ……」


「べ、べつに私たちだって、隠してるわけじゃありません。しかし、聞かれてもいないことをわざわざ言うなんて、おかしいじゃないですか」


「まあ、それもそうね」


「でもはっきりさせとかないと、この前みたいなこともあるしなぁ」


 この前、というのは、たぶん佐矢野との一件のことだろう。

 たしかに恭弥の言う通りではある。

 理華も言っていたが、ややこしいことになるのは極力避けた方がいい。


「学校でも、一緒にいる時間を増やしてみたら?」


「いいじゃんそれ。毎日二人で昼飯食えば、周りも察するだろうし」


「は、恥ずかしいですね……それは」


 理華が俺の顔色を伺うように、少しだけこちらを見た。

 言うまでもないが、俺だって恥ずかしい。


「もっとメンタルに優しい方法はないのか……」


「まあ、俺たちが周りにホントのこと言っていいなら、そこから噂は広がるだろうけど」


「そうそう。今はわざわざ、知らないって嘘ついてるんだから」


「そ、そうだったのか」


 いつの間にか、こいつらにも負担をかけていたらしい。

 これは、本格的に腹を括るべきだろうか……。


「どっちにしろ、夏休み中は進まないだろうけどなぁ」


「今のうちに覚悟決めときなさいよね」


「お、おう……」


「そうですね……」


 理華は複雑そうな表情をしていた。

 たぶん、俺も同じような顔をしていたと思う。


「ところで、お二人さん」


 途端、恭弥がさっきのような、芝居がかった話し方に戻った。

 なんだか、嫌な予感がするような……。


「結局、どこまで進んでるんだ?」


「……ノーコメント」


「おっと、今日は逃さないぜー!」


「だぁー! もう、早く課題やれ! 休憩終わりだ!」


「いいじゃない楠葉くん」


「理華、私にだけでいいから教えてよ」


「の、ノーコメントです!」


「えぇー」


 もう、こいつらと課題なんてやるもんか。


 帰り道、俺と理華は心に深くそう刻んだのだった。


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