X08 少年はすべらせる


「よーーーし! 今日でめちゃくちゃ進めるぞ!」


「全部終わらせる勢いでいきましょー!」


 個室に入るなり、アホ二人が声高に叫ぶ。

 手で耳を塞ぐ俺と理華に対して、須佐美はいつも通りニコニコしていた。


 夏休みに入って、およそ一週間が経った頃。

 俺たち例の5人で集まり、みんなで課題をやることになった。

 正確にはいつかの勉強会と同じで、恭弥と雛田が俺たちを一方的に巻き込んでこうなったわけだが。


 まあ課題については、こうでもしないと俺もやる気が出ないだろうし、いい機会なのかもしれない。

 後になってしんどくなるよりは、こうして早めにやっておいた方が、精神衛生上よさそうだ。


「飲み物買いに行こうぜー!」


「賛成ー!」


 荷物を置いて、一旦全員で部屋の外へ。

 ホールの中央にあるカウンターでそれぞれ飲み物を注文して、個室に持ち帰った。


「いやぁ、いいなぁここ。集まるのにぴったりじゃん」


「ね! さすが千歳のオススメ!」


「リラックスできるから、よく来るのよ。個室の方が話しやすいでしょ?」


 そんな話をしながら、それぞれ好きな場所に座る。


 須佐美のセレクトだけあって、たしかに居心地は良さそうだ。

 何より、周りの目がないのがいい。

 混んでなければ追い出されたりもしないようなので、たしかに穴場だろう。


「狭くないか?」


「はい、平気です」


 理華と俺が隣になり、同じ列に須佐美、向かいの列に恭弥と雛田だ。

 こっちは3人なので、若干スペースに余裕がない。

 密集するのは好きじゃないが、まあ仕方ないだろう。


「何からやろっかなぁ」


「課題図書の評論文が大物よね……」


「あーーーそれがあったか……」


 騒いでいるバカップルを尻目に、こっちの3人はさっさと問題集を広げていた。

 俺は数学、理華は古文、須佐美は英語だ。

 どうせ全部やらなきゃならないんだから、手近なものから始めてしまえばいいのに。


「本読むのがまずきついんだよなぁ……」


「そうそう。みんなはどれにするの?」


 二人が話しているのは、指定された本を読んで、それについて2000字で評論を書く、という課題だ。

 三種類の中から一冊選び、各自で購入する。

 どれを読むかはまあ、完全に好みだろう。


「私は芥川龍之介にしました。『河童』ですね」


「俺は『変身』だな。読んだことあるし」


 それに、書きやすそうだ。


「マジかっ! ずるいぞ廉!」


「ずるくないだろ、べつに」


 ちゃんと自分で読んだんだから。


「私は『斜陽』にするわ。全部読んだけど、一番好きだったから」


「えっ、千歳、三冊とも読んだの?」


「ええ。せっかくだしね」


 須佐美の言葉に、恭弥と雛田は口をパクパクさせていた。

 二人の気持ちはわかるが、まあ須佐美らしいと言えばそれまでだな。


「ち、ちなみに……須佐美さんのオススメは?」


「『河童』が短いけど、読みやすいのは『変身』かしらね。『斜陽』もおもしろいけど、長いわよ」


「な、なるほど……」


 ふむ、まあ俺も同意見だな。

 『斜陽』を読む恭弥、っていうのも、ちょっと見てみたい気もするが。


「ネットに内容まとまってないかしら……」


「あ、その手があったか! 賢いぞ冴月!」

 

「ダメですよ二人とも。長期休暇なんですから、少しは読書しないと」


「は、はい……」


「はぁい……」


 あっさり理華に釘を刺され、二人はしょんぼりと肩を落とした。

 こういうところは真面目だからな、理華は。


 それからは二人も観念したのか、大人しく問題集に向かっていた。

 須佐美に鍛えられたせいかは不明だが、中学の頃に比べると、恭弥も少しは勉強への集中力が上がったのかもしれない。


 他愛のない雑談を交じえながら、みんなで課題を進める。

 二時間ほど経ったあたりで、休憩を挟むことになった。


「糖分補給したーい!」


「そうね。このお店はデザートもおいしいから」


「よし、じゃあ俺と廉で、5人分頼んでくるよ。なっ、廉?」


「わかったよ……」


 恭弥と二人で席を立ち、女子3人の注文をまとめる。

 こういう時に気が利くのは、さすが恭弥だ。

 自然に俺を巻き込むところも、こいつなりの配慮なのだろう。


「冴月はチーズケーキな。須佐美さんは?」


「それじゃあ、カタラーナをお願い」


「おっけー」


「理華は?」


 テンポよく決まる二人に遅れて、理華もメニューから顔を上げる。


「廉さんはどうするんですか?」


「抹茶プリン」


「だと思いました。私もそれにします」


「はいよ」


 何を隠そう、俺も理華ならそれにすると思っていた。

 食の好みまで似てるというのは、何かと楽でいいな。


「……」


「……」


「……」


 ん?

 なんだ、この沈黙は……。


 いつの間にか、恭弥たち3人が揃って変な顔をして黙っていた。

 俺と理華の注文が揃うなんて、もう珍しくもないだろうに。


「……どうしたんだよ?」


「いや……べつに」


「なんでもないわよ。二人とも注文、よろしくね」


「そうよ。……帰ってきてからにするから」


 ……なんか様子が変だな。


 まあいい。

 早いとこ済ませて、休憩しよう。


 未だに変な、というか、ムカつく顔をした恭弥と一緒に、部屋を出てカウンターへ。

 何を考えてるのかは知らないが、たぶん詮索するだけ無駄だろう。


 5人分の注文を終えて、トレーを持って個室に戻る。

 全員にデザートを行き渡らせて、元の位置に座り……ん?


「どうぞ、楠葉くん」


「……」


 なぜか、須佐美は恭弥たちの列に移動して、俺と理華が二人だけで並ぶ形になった。

 いったい、なんの陣形だ、これは……。


「……あの、どうしたんですか、3人とも」


 怪訝そうな理華の問いかけにも、須佐美たちは不気味な笑顔を崩さなかった。


「あー、ごほん。ときに、君たち」


「な……なんだよ」


 芝居がかった口調で話し出す恭弥。

 本当になんなんだ……。 


「……いつから名前で呼び合ってるんだね?」


「…………あっ」


 全身から、血の気が引くのがわかった。


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