X07 少年は学習する


 本屋に来た。


 理華と付き合い始めてすぐの頃、具体的には……初めてハグをした日。

 理華は、「本屋さんは一人で行きたい」と言っていた。

 その言葉の通り、普段理華は俺には何も言わず、知らないうちに本を買っている。


 もしかすると、何かあいつなりの本へのこだわりがあるのかもしれない。

 そういう気持ちは俺にもわかるので、こっちから干渉しようとは思わないけれど。


 文庫のコーナーの平積みを、なぞるようにしてザッと見る。


 タイトルや表紙のデザインによって、かなり目を引く力に差があるな。

 やっぱり今の時代、内容だけじゃなく、外見でも勝負しないといけないんだろう。

 競争相手が多い分、手に取ってもらえるだけでかなり有利だろうしなぁ。


「おっ」


 ふと、気になる本を見つけた。

 一番上のものを一冊手に取る。

 SFもので、上下巻あるようだ。


 タイトルは『アンドロイド乱舞』。

 なんだか、見るからにヤバそうだ……。

 ただ、どことなく俺が好きな映画『獄中のアンドロイド』と雰囲気が似ている。

 アンドロイド、って言葉に引っ張られてるのかもしれないが、気になるものは仕方ない。


 あらすじを読む限り、ミステリー要素が強そうだ。

 理華も好きそうだし、上巻だけ買ってみてもいいかもしれないな。


「あら、楠葉くんじゃない」


「ん?」


 名前を呼ばれて振り向くと、そこには柔らかい笑顔を浮かべた、須佐美すさみ千歳ちとせが立っていた。

 いつもとは違うフチの丸い眼鏡をかけて、涼しげなシャツとデニムの、ボーイッシュな格好をしている。


 相変わらず、私服だと高校生に見えないな、こいつ。


「こんなところで会うとはな」


「たまたま近くまで来たから。理華とは一緒じゃないの?」


「あいつは、本屋はひとりで行くんだと」


「ああ、なるほどね。あの子らしいわ」


 言いながら、須佐美は自然な動きで俺のすぐ隣に来た。

 なんとなく身構えてしまうあたり、俺はまだ、こいつが少し苦手なんだろう。

 まあ、いろいろあったからな、こいつとは。


「SF好きなの?」


「まあな。普通のミステリーよりは、こういうのの方が」


「へぇ。やっぱり楠葉くんって、理華と好みが似てるわね」


「あいつとは映画の趣味も合うからな」


 好きな映画をお互いに挙げていけば、けっこう被るだろうし。


「それ、買うの?」


 須佐美が俺の手元を覗き込みながら尋ねる。


「ああ、そのつもりだよ」


「私も読んだけど、けっこう良かったわよ。理華に勧めようと思ってたら、まさか楠葉くんが買おうとしてるなんてね」


 からかうようにクスクス笑って、須佐美は言った。

 なんだかこいつに笑われると、必要以上に恥ずかしくなってしまう。


「須佐美って、どんな本読むんだ?」


 話題をそらすために、それから、普通に気になったのもあって、俺はそんなことを訊いてみた。


「いろいろよ。雑食なの。読書量自体は、そこまで多くないけどね」


「そうなのか。勝手に、めちゃくちゃ読んでるもんだと思ってた」


「あら、どうして?」


「いや……なんとなく」


 なんか人生3周くらいしてそうだし、とはさすがに言えない。


「月に20冊くらいかしら」


「いや、多いな」


「そう?」


 須佐美は珍しくポカンとしていた。

 ただ感覚がズレてるだけだったか……。


 まあそれはさておき、どうしたもんかな。


「買わないの?」


「いや、悩んでるんだ」


「私のせいで気が変わった?」


「そういうわけじゃないよ。ただいつものパターンだと、あいつも同じもの買ってるんじゃないかな、とか思って」


 俺が目を引かれて手に取ったことや、須佐美が理華に勧めようとしてたってことからも、そんなことが考えられる……ような気がする。

 もちろんまさかとは思うが、こんな可能性に思い至るあたり、俺もずいぶんと学習してきたのかもしれない。


「そんなことってある?」


「……念には念を、だ」


 俺はスマホを取り出し、理華にメッセージを送った。

 確認するに越したことはない。


『アンドロイド乱舞、っていう本、買おうと思うんだけど』


 ネットで拾った表紙の画像も、合わせて送る。

 しばらくすると既読マークがつき、すぐに返事が来た。


 ……。


「……マジか」


「どうしたの?」


「……さっき上巻を買ったらしい」


「……あなたたちって、カップルっていうより、双子みたいね」


 ある意味セーフで、ある意味アウトだな、こりゃ……。


 ……とりあえず、下巻だけ買って帰ろう。


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