105 リア充に囲まれる


「理華、千歳ちとせー。恭弥の教室行きましょー」


 昼休みになってすぐ、お弁当を持った冴月さつきが私と千歳に声をかけてきました。

 あらかじめそういう予定になっていたので、私たちも昼食を持って冴月に続きます。


 今日はみんなで、夏休みの予定を立てることになっていました。

 廉さんと夏目さんを合わせて、五人で話し合います。

 まあ今朝急遽きゅうきょ決まったので、廉さんにはまだ伝えてはいないのですが。


「楠葉なら大丈夫でしょ。どうせ暇だし」


「そうね」


「そうです」


 全会一致でした。


「でも一番厄介なのはやっぱり、楠葉ね。あいつが参加する気になるかどうかが問題」


「あの人は出不精でぶしょうですからね。興味がないことにはとことん無関心です」


「そこは、ねぇ? 理華が可愛くお願いすれば、来る気になるわよ。楠葉くん、理華には甘いから」


「あー、そうね。理華、任せたわよ」


「え、えぇ……。可愛くお願い……ですか」


 うぅん……理屈はわかるのですが、どう考えても苦手分野です。

 というかもしかして、からかわれているのでしょうか。


 そうこうしている間に、廉さんたちのクラスに到着しました。

 私たちが一緒にいるとどうしても目立つらしく、少しだけ居心地が悪いです。

 まあ、今さら気にすることではありませんが。


「恭弥ー、来たわよ」


「おー冴月。須佐美すさみさんと橘さんも、わざわざありがとね」


 夏目さんは今日も爽やかに私たちを迎えてくれます。


 改めて感じますが、彼は本当に凄い人です。

 普通の男の子のようにはしゃいでいることもあれば、廉さんと一緒にのんびりしていることもあります。

 けれどたまにすごく大人っぽくも見えて、しっかりとした自分を持っている。

 冴月が好きになるのも納得できる人だと思えます。


 何より、趣味が全然違うのにあの廉さんと仲良しなのは凄すぎます。

 今後のためにも、私も彼から学ばなければいけません。


「ところで、楠葉は?」


 冴月が尋ねます。

 そう言えば、廉さんは一緒ではないようです。

 珍し……くもないですね、べつに。


「ああ、あそこ」


 夏目さんが示した先には、窓際の席で見たことのない女の子と机を挟んで向かい合う、廉さんの姿がありました。

 相手の女の子はノートに何かを書きながら明るく笑っています。

 廉さんはいつも通り、気怠そうに頬杖を突いていました。


佐矢野さやのさんって子に勉強教えてる、らしい」


 その言葉で、私の中にまた、覚えのある悪いものが生まれるのがわかりました。

 いや、これはきっと、しばらく封じ込めていたものが、また顔を出した、ということなのでしょう。


「なに、楠葉のやつ。私たち以外の女の子と一緒なんて、珍しいわね。何かの前兆かしら」


「だよなー。俺も知らないうちに、仲良くなってた」


「あらら、理華にライバル出現?」


「……違います」


「イケてそうな子だし、楠葉はないでしょ。そんな物好きは理華だけで充分よ」


「あら、でも楠葉くん、いつの時期からかちょっと雰囲気変わったでしょう? 今なら惹かれる子がいても、別におかしくないと思うわよ」


 千歳が言っているのは、おそらく水族館での一件があった後のことだと思いました。

 あの時から廉さんは少し、というか随分、吹っ切れていたように見えましたから。


「うーん、親友としては複雑な気分だ」


「彼女としてはどうなの?」


「……べつに」


 言ってから、しまった、と思いました。

 こんな反応では、まるで私が気にしているかのようです。


 でもこんなことを言うと、まるで私が気にしていないかのようになってしまいます。


 ……ああ、ダメです。

 頭がうまく働いていません。


「どうするの? 楠葉」


「勉強の邪魔するのは、少し申し訳ないわね」


「まあ廉を連れ出すなら、かえってあいつは話し合いにいない方がいいかもな」


 夏目さんが笑いながら言いました。

 彼の意見には他の二人もおおむね賛成のようで、私も頷いてしまいました。


「それじゃあ、とりあえず四人で話しましょうか。楠葉くんが嫌がりそうなところは、理華と夏目くんがわかるでしょうし」


「わかるわかる。な、橘さん」


「……え、あ、はい。そうですね……」


 つい廉さんの方を見てしまっていたせいで、不自然な返答になってしまいました。

 そこから何かを感じ取られたのか、三人が変な顔をして私を見ています。


「な、なんですか……」


「いえ、別に」


「うんうん、何もないぞ」


「さっ、早く始めましょー」


 なんだか意地悪な三人です。

 冴月と夏目さんにも、千歳の意地悪がうつってしまったのでは。


 みんなで丸くなって座り、昼食を広げます。


「海は? いや、絶対嫌がるなぁ、廉のやつ」


「えー、いいじゃない海」


「私も嫌です」


「私は構わないけれど、理華と楠葉くんがダメならダメね」


「じゃあ花火大会は? どっかの有名なやつ!」


「俺はいいけど、あいつたぶん、人混みを嫌がるんだよなぁ」


「私も嫌です」


「理華、あなたそればっかりね」


「でも橘さんが嫌ってことは、ほぼ確実に廉も嫌がるよな」


 どういう意味でしょうか、それは。

 とは言え、妙に納得してしまった私がいました。


「じゃあ遊園地! 絶叫系あるやつ!」


「お、いいじゃん! さすが冴月」


「でしょー!」


「理華はどうなの?」


「絶叫マシン、ですか……」


 私はどちらかと言えば好きな方ですが、廉さんはわかりません。

 こればっかりは趣味とか価値観の問題ではない気もします。


 ただ、日を選べばそこまで人混みに捕まることはなさそうです。

 案としてはなかなか優秀かもしれません。


「じゃあ、第一候補ね!」


「おっけー」


「三つくらい候補が欲しいわね。それなら楠葉くんも、どれか選ばざるを得ないでしょう」


 千歳の提案で、みんなで次なる候補を探すことになりました。


 思ったよりもスムーズに決まるのでは。

 そう思い始めた時。


「できた! え、すごい! 楠葉くん、教えるの上手い!」


 窓際の席。

 廉さんがいるはずのところから聞こえてきたその嬉しそうな声。


 その声で、私の意識と耳はまるで吸いつけられたかのように、そちらに釘付けになってしまったのでした。

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