冒険・フィア奪還編

第20話 ちょっとした食い違い


「だから私はこれがいいんですって!」


「いや、でも俺はそれはやめた方がいいと思います!!」


「ディアス様! 頑固は嫌われますよ!」


「シルエこそ! それにこれは頑固じゃなくて、客観的に見た立派な意見を述べてるだけですっ!」


「それは主観が入った客観的な意味ですよ!」


「お、おい。坊っちゃんも姉ちゃんも少し落ち着けって……」


『店主さんは黙っててください!(シルエ)

 店主さんは静かにしててください!(ディアス)』


「は、はい……」


俺とシルエはとある町の店で壮絶な口論を繰り広げていた。

俺とシルエに黙された店の店主は端っこの方でウジウジと丸くなっている。


なぜ俺達がこんな口論をしているのかというと……。

時間は少し前に遡る。


********************

1時間ほど前


俺たちは家を後にし、ムルンの村を歩いていた。


「シルエ。とりあえずどこに向かいましょうか?」


「そうですね。初日から行く当てもなくただひたすら歩いても疲労してしまうので、とりあえず別の町へと向かいましょう」


「町ですか」


「ええ、馬車で1時間程進むと少し栄えている町があるんです。そこに行って、今後の計画を練ったり、必要な物を調達しましょう」


「おーーー。さすがシルエですね。冒険慣れしてる感が凄い出てますね!」


「ふふ」


 俺たちはムルンの村の入り口付近にある商人達や馬が休んでいる馬屋に行くと、近くの町まで乗せていってもらうことになった。

馬車に乗るのは初めてだったので、とてつもなく心が踊った。

荷台に乗せてもらい、ガラガラと馬に引かれながら道を進んで行く。


「馬車に乗るのは初めてでしたよね?」


「ええ! なんかいいですね! 冒険が始まるって感じがして!」


ムルン村を抜けた先には、広大な丘が広がり、色とりどりの花が咲き乱れている。

遠くを見渡せば、険しい山脈が連なっているのが見え、まさに異世界の様な美しさが広がっていた。


確かキリザント山脈とか言ったか?

なんともキリキリしている名前だ。

登りたくはないな。


ムルンの村から出たことがなかった俺は、目に映るもの全てがなんだか懐かしくもあり、そして輝いて見えた。


「ふふ、ディアス様なんだか子供みたいですよ? あ、でも元の年齢はまだ6歳ですもんね」


「別にいいじゃないですかぁー

あ、でも精神的にもやっと追いついたので、普通に16歳ですよ!」


俺は窓から顔を出し、爽やかな風を受けながらシルエに言う。


「精神的にも……?」


シルエは俺の発言に少し首を捻ったが、特に考えることもなく、同じく窓から顔を出した。


「いい風ですねぇ」


「はい!」


外の世界がこんなに美しかったなんで思いもしなかった。生前いた東京なんて自然のしの字もなかった。

都会の雑踏に飲み込まれ、こうやって心から空気を感じることもなかったんだ。

それを思うと、異世界というより俺には天国にも感じられた。

しばらく進み、日が沈み始めた頃シルエが外を見て口を開いた。



「あ、見えましたよ! ディアス様!

あれがウィルの町です」


目線の先には、ムルンよりもひとまわり大きい集落が見えてきた。

もっとも、馬鹿でかい要塞都市みたいなのでは無いがここら辺は田舎だし、ムルンに比べたら立派な町だった。


俺たちは馬車を降り、早速町の中へと入る。


「うわぉ!」


大通りに入ると、食材や医薬品、武器まで置いてある店が多数ズラリと並んでおりとても賑やかだった。


「ここら辺では1番大きな町なんです。」


「へぇそうなんですか! 魔導書でしか見たことなかった魔法具とかも売ってるんですね! 」


「はい。なのでここはよく冒険者の方も訪れるらしいです」


こんな人や物で溢れている場所に来るのは、実に6年ぶりだ。その懐かしさからか、こうやって人混みの中に紛れるのも悪くないと思った。

すると、シルエがチョンチョンと俺の肩を叩いた。


「どうしました? シルエ」


「ちょっと寄りたいところがあって。

付き合ってもらっても良いですか?」


「ええ、良いですよ」


シルエが目指した先の建物の看板には、この世界の文字で「服屋」と書かれてあった。

木製で建てられた建物で、年季がはいってそうだ。


「へへっ、さすがにこれ1着だと何かと不便ですし。ディアス様もワンセットくらい揃えた方がいいですよ」


なるほど。俺は特に気にはしないが、シルエだって年頃の女の子だ。

そりゃあオシャレだってしたいのだろう。

俺は大いに納得して、シルエと共に店の中へと入った。

ここから、白熱の戦いの始まりが幕を開けようとしていることも知らずに……。


店に入ると「いらっしゃい!」と店主が声を上げて迎えてくれた。

中にはこれまた沢山の服がある。


シルエは気に入った服を何着か持って試着室で着替えている。服を選んでいるときのシルエはもう普通に年頃の女の子だった。

俺は店の店主に

「冒険者用の衣装ってありますか?」

と聞いた。


「あぁ、それなら良いのがあるぞ!」


強面の無精髭を生やし、偉く筋骨隆々でガタイの良いおっさん店主が俺をそのコーナーへと案内してくれる。

うーん。普通に働く場所間違えてね?

そう突っ込みたくなったがここは我慢だ。


「兄ちゃん、これなんかどうだい?

世界にまだ一着しかない代物だぜ!」


「ぉ、ぉぉおおおお!」


その服は一言でいうならイカしていた。

いいねぇー、ザ・冒険者って感じだ。

といっても何も伝わらないので一応説明しよう。


膝下ほどまでのロングスタイルのコートで、襟元や首周りはダークネイビー。そしてそこから下はネイビーと少し明るい青でデザインされた、とてもスタイリッシュな服だった。

首元にはスカーフみたいなものが巻いてある。


「これぁ、俺の最高傑作よ!」


「えっ! おっさ……じゃなくて、店主さんが作ってるんですか?」


「あたぼうよ! こう見えても俺は上級職種ライセンスを持ってるからなぁ!

なんせ龍族っつー種族が使っている龍の羽衣と同じ生地を使ってんだぜ? 超貴重かつ、超高級品だ!」


おっと? 随分と聞き覚えのあるワードが店主から出てきた。俺が羽織っているマントもその「竜の羽衣」だ。

そうか、これってそんな貴重なものだったのか。

ん? でも龍族専用のものじゃなかったのか?


「店主さん。でもそれって確か龍族しか使ってはいけないっていう規則があるんじゃ……」


「ん? あぁ! そのことか!

それなら心配いらねえ。なんせ龍の羽衣は俺が生産してるんだからなぁ」


「え! じゃあ、サロスと……あっ!」


いけねえ。つい口に出しちまった。

まぁ別に龍族って言ってもいいんだろうが、なにせ異端者と呼ばれている存在だ。

あまり口にするなとサロスに釘を刺されていたんだった。


「なんだお前? サロスと知り合いなのか?

ん? よく見りゃお前それ、サロスにあげた羽衣じゃねえか!

お前ひょっとしてサロスの息子か!?」


「あっ……えーっとまぁ」


「はぁぁ! こりゃあたまげた! サロスとは昔からの仲でよぉ! まぁ悪友みたいなもんだがな。ん?でも確か5.6年前に息子が産まれたって聞いたな……ぁあ?」


ギクっ!

店主はジロジロと俺を見る。


「まぁ、んなことはどうでもいい!

サロスの子ってのは、おめえの髪色とオーラを見れば分かるこった!」


「分かるんですか?」


「まぁなんとなくだけどな。どことなく雰囲気も似てるじゃねえかよ」


ホッ。どうやら悪いことにはならなさそうだ。むしろプラスに働いたかもしれない。


「ところでよぉ。

なんでサロスの倅がこんなところまで来てんだよ?サロスの奴ぁどうした?」


「まぁいろいろとありまして……。

世の中の知見を広げるために旅に出ようかと……」


俺は少し苦笑しながらも言葉を返す。


「はーーん。それと、坊っちゃんと一緒にいたあの可愛い嬢ちゃんは誰だい?

いつもサロスやヘラと来ている嬢ちゃんとは違うようだけどよ。

もしかして坊ちゃんの彼女かあ?」


いつもきている、というのはおそらくフィアのことを言っているのだろう。

あと、何故坊ちゃん呼びになったんだろうか。


店主はニヤニヤと笑みを浮かべ俺を突いてくる。


「違いますよっ! 彼女はっ……」


「ディアス様! どうでしょうか!」


俺の言葉を遮ってシルエが試着室のカーテンを開けて出てきた。


「あ、シルエ。どんな感じで……っ!?」


俺はシルエの服装を見た途端、勢いよく吹き出しそうになり、そして顔が火照っていくのを感じる。それは俺にとって余りにも刺激が強すぎるものだった。


 シルエは、肩を全開で出し胸元は大きく開かれていかにも胸を強調するかの様な、とてつもなく迫った服装をしていた。

下の服も、太もものギリギリのところまであるだけで、そこから靴下までは肌が露出している。

更に、なぜか分からないが腰のくびれの部分も肌色が見えており、服というより、もはやなんかのプレイかよと思わせるくらいのギリギリを攻めいる格好だ。


「シ、シ、シシシシシルエッ!

そんな、だめですよ!あからさまに胸を見せて……あっ、違う、肩を見せたものなんて!さ、寒そうじゃないですかっ!」


俺は今までにない程テンパりながらも、シルエから顔を思わず背けて言う。


「いいなぁー。色っぺぇぇぇえ」


店主は顔をデレデレとさせながら、シルエを見ている。

このエロジジイが。


「え、ダメですか? そんなにおかしいでしょうか? 別に寒くもないですし、上からマントでも羽織れば別に……」



「いやっ、だめでしょ! 普通に!」



シルエはポカンとしている。

そこに店主もすかさず口を挟む。


「なんだよ坊っちゃん。気に入らねえのかい? それともあそこまで彼女に攻められると、終始ヒートアップしちゃうかい?」


「だから、彼女じゃ……。てゆうか、逆にあれいいんですかっ!」


「ん? あぁ、別に普通だろーよ。

姉ちゃんは獣人だろ?エルフとかはもっと凄いぜ? それに露出だなんだってやたら騒ぐのは人族だけなんだよ」


なるほど。だから、店主もシルエも何一つ違和感なく受け入れているのか。

どうやら、俺の感性とこの世界の感性とでは少し違いがあるらしい。

いや、正確には人族と他の種族との違いか。

まぁ、世間的に問題ないならいいかとも思うが、とはいえあれで側を彷徨かれると俺が持たない。なんなら心臓麻痺で倒れるかもしれん。

そう、一応童貞なのだよ俺は!


一通り頭を巡らした後、一瞬受容しようになったが、やはりダメだと考え直す。

そう、これは俺のためなのだ!

とはいっても、そんなことを面とシルエに言えるはずもない。この店主がいる前では尚更だ。俺は言葉を選びながらシルエに言う。


「あの、シルエ。とても良いとは思うんですけど、ちょっと派手すぎでは?

あ、まぁ別にシルエがいいならあれなんですけど、でも周りの目がほらやっぱり気になるというかなんというか」


「坊っちゃんはっきり言えよ」


ボソッと店主が俺に耳打ちする。

うっ!

たしかに、支離滅裂で終始グダグダである。

シルエはポカンと聞いていたが、やがてニコッと笑って答えた。


「大丈夫です! 私はこれが良いんで!

 それにディアス様に迷惑かける様なことはしないんで心配しないでください!」


「いや、もうその服を着ているのが迷惑というか……あっ」


しまった! ついぼそっと口から滑り落ちてしまった!

それを聞いた途端、シルエの表情がきっと釣り上がる。


「迷惑ってどうゆう意味ですか! ディアス様!」


「あ、ごめん、そうゆう意味じゃ」


「じゃあ、どんな意味があるんですか!」


「えっと、それはその、あの」


「はっきりしてください!」


「あっ……」


あかん。言葉が出てこない。

これはシルエを怒らせてしまった。

後ろでは店主がまたニヤニヤとこちらを見ている。


「もういいです! 別にディアス様が迷惑って言うなら、ディアス様と一緒にいない時に着ます!店主さんこれください」


「おう! まいどありー♪」


「だから、ダメですって!」


次の瞬間、おれは少し力を入れて声を上げていた。そう、俺がいるからとかいないからとかそうゆう問題でもなかった。

シルエがそんな格好をしているのが受け入れられなかったのかもしれない。

自分の意見をシルエに押し付けていると自覚はしていたが、俺は何故か引く気になれなかった。


「なっ、そんなはっきり言わなくたって!」


シルエも俺がここまで否定するとは思ってもいなかったらしく、ますます声に熱がこもる。

そして、ゴォン! と試合のコングが鳴った。

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