小鳥

 ノクス達は一度、現アピスを見るべくデウス教の神殿に来ていた。派手な装飾品は無く、作りもシンプルな白い石造り。ただ一つ一つが大きく荘厳そうごんな作りだった。その中心部に天井の無いひらけた場所があり、青々とした芝生と、一本の大きなアカシアの木がはえていた。その周りを丸く囲むようにほりがあり、そこから街へ四方に水路が伸びていた。


「綺麗……」


 ミレがアピスを見て呟く。頭部には二本の黒い角があり、真っ直ぐと空を指している。角と角との間には丸い金の円盤がはめられ、そこから太陽の光をその身に吸収しているかのように、身体が金色に淡く発光している。


 ゆっくり歩を進めると蹄が光り、大地に吸収され、水が噴き出る。溢れ出た水は堀へと流れ、水路を通り街へと供給されていた。


「あそこに見えるのが舞神子まいのみこ様です」


 フロースが指差し教えてくれる。そこには五十代に見える女性が、甲斐甲斐しくアピスの世話をしていた。


「何だか凄く……、大変そう?」


 ミレが率直な感想を言う。


「そうね、とても名誉で厳しい役目よ」


 フロースが説明する。儚げな表情で舞神子まいのみこを見つめながら。


「お姉ちゃん!」


 舞神子まいのみこを見ていた瞳を声のする方へ向け、パッと表情が明るくなるフロース。


「アウェス!」


 フロースは少女と抱き合い、フロースと同じ髪色の頭を撫でる。


「もう! お姉ちゃん、子供じゃないんだから頭を撫でないでよ」


 アウェスは頬を膨らまし、フロースに抗議する。姉と同じ整ったキレイな顔立ちだったが、まだ幼さが残る顔。髪も瞳も姉と同じ色だったが、心なしかやつれて見える。あまり外に出ていないのか、血の気が薄く青白い肌をしていた。


「ハハッ良いじゃないの、私から見たらいつまでも子供なんだから。それより体調は良いの?」


 フロースはアウェスに聞かず、後ろにいる男にたずねる。


「はい。今日は朝から体調も良く、食事も全て平らげました」


 フロースの質問に、かしこまって答える。


「何であたしに聞かないで、デーシーに聞くのよ?」


「だってあんたに聞いてもウソつくじゃない」


 笑って答えるフロース。


 フロースは二人にノクス達を紹介し、ノクス達に二人を紹介する。五人は簡単に挨拶を交わした。


「デーシーさんは今、お付き合いしている方はいますか?」


 ノクスがフロースの後ろに控えるデーシーに質問する。ミレ以外がキョトンとしたほうけた表情になる。


「いえ、私はスキーム家の巫女に仕える側仕そばづかいです。そのようなことに、時間をく余裕はありません」


 腰まで真っ直ぐ伸びた黒い髪を揺らし、頭を下げて質問に答えるデーシー。ノクスと変わらない身長と、低く落ち着いた声。涅色くりいろの瞳でノクスを見つめ、返事を返す。


「黙りなさい弟子」


 最近はスクートゥムのお陰で落ち着いていたノクス。見知らぬ人に声を掛けることも減り、油断していたミレ。


「あらあなた、私の誘いに乗らないと思ったらそう言うことなの?」


 フロースが、いぶかしげな表情でノクスの顔を覗き込む。邪魔をしては悪いと思ったのか、アウェスが口を開いた。


「じゃ、あたし行くね。今日は調子が良いから、場所今晩にでも行きしましょう!」


 アウェスはそう言い残し、フロースの返事も聞かずにデーシーと去っていく。


「フロース、場所とは?」


 気まずい表情のフロースに、スクートゥムが聞く。


「……あの場所は、その……あれよ、次代のアピス様が居る場所よ。その場所を見つけたのは、……妹なの」


 視線が泳ぐフロース。


「それではアウェスさんも一緒に行くのですか?」


 どうも様子がおかしいと感じ、ノクスがたずねる。


「いいえ、置いてく。あの子はデーシーと私の三人で行くつもりみたいだけど」


 意を決したのか、顔を上げ語気が強まる。


「さあ時間が無いわ! 舞神子まいのみこになるのは、私よっ!」


 カツカツと足を鳴らし、颯爽さっそうと出口へ向かうフロース。フンッと鼻を鳴らすミレ。

 

 

♦︎♦︎♦︎



 四人は簡単に準備を済ませ、ワスティタースの都から南に二時間の距離にある場所を目指していた。


「そう言えば聞いてなかったけど、貴方達って強いの?」


 ラクダに揺られ、熱い日光に照らされながら、進む四人。


「多分強い方です。それで側仕えとは何をする仕事なのですか?」


 今尚いまなおデーシーのことが気になるノクス。スクートゥムが第一候補だったが、選択肢は多い方が良いと考え、デーシーのことを知りたがる。あの知的で美しい顔は捨て難いと考えていた。


「多分ってなんかハッキリしないわね。側仕えの仕事? 基本的には私達巫女の身の回りの世話や連絡役ね、料理したり巫女としての教義を教えたり。大体の巫女には一家に一人側仕えが与えられるの。うちは私とアウェスの二人巫女がいるから、二人で半分こ。それよりノクスとミレは魔法使いよね? スクートゥムは良いとして、バランス悪いわね」


 フロース自身も魔法を使って戦う。若い魔法使い三人に盾役の戦士が一人。コレから戦う相手には分が悪いように感じる。


「悪くありません。スクートゥムさんが師匠を守る、その間に私が対処します。では、デーシーさんは料理が得意なのですね? 味の方はどうでしたか?」


「あら、熱中症で倒れた割に強気な発言じゃない。デーシーの料理は美味しいわよ、お店で食べるより手が込んでるし、栄養のバランスも考えてあるから健康でキレイになれるの」

 

 フロースは右腕を前に伸ばし、若く張りのある、水々しい肌を、ノクスに見せる。その上をゆっくりと左手の人差し指が這っていく。


「どう、キレイでしょう?」


 挑発するようにノクスを見つめるフロース。


「はい、とても美しい肌です」


 デーシーの料理に美肌効果があることを知り、喜ぶノクス。

 

「弟子の料理だって負けてないんだからっ!」


 何故か袖を捲るミレ、ちょっとだけプニっとした二の腕。すかさずスクートゥムに視線を送るノクス。


「私はミレさんの肌も負けてないと思いますよ!」


 爽やかな笑い声で返すスクートゥム。我にかえり赤くなるミレと、こまめに水分を取るノクス。


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千古の胸懐 〜師匠の恋愛、成就させたい弟子〜 とまと @tomatomone

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