舞神子

「……んっ」


 ノクスは小さく声を出し、目を開ける。そこには満天の星空が広がっていた。


「ノクスっ! 目が覚めたのね!」


 ミレが駆け寄りノクスの顔を覗き込む。


「……申し訳ありません、師匠」


 ノクスはミレの表情を見て、心配をかけたことを謝る。


「もう大丈夫ね。あなた砂漠は初めて? あまり水を飲んでいなかったでしょう?」


 見知らぬ女性がノクスに話しかける。ノクスは上体を起こし、声の主を確認する。


 白い布で全身を覆い、黒い布で口元を隠している。僅かに見える顔には砂のように白い前髪があり、日に焼けた茶色い肌と琥珀色の瞳があった。


「ノクスさん、無事で良かった。この方はスキーム・フロースさん。熱中症の処置をして下さいました」


 スクートゥムがノクスへ説明する。


「ありがとうございます、フロースさん。水は飲んでいたのですが、こんな風になるとは思っていなくて……。ご迷惑おかけしました」


 頭を下げ、謝るノクス。


「あらっ? 良い男ね。気にしないで、『与えた恩は恋か金をもたらす』って言うじゃない。貴方なら、どっちでも良いわよ」


 左目を閉じ、ウィンクするフロース。


 ミレが割り込み、袋からバロメッツの瞳を握りしめ、フロースへと差し出す。


「ふっ、フロースさん! コレで足りるかしらっ!」


 差し出された手の平にのるバロメッツの瞳。ネックレスにした片割れだった。


 黄色い宝石とミレの表情に驚くフロース。


「フフッ、冗談よ。綺麗な宝石だけど、処置の対価としては貰いすぎよ。支払いは『恋』の方で充分」


 ノクスの肩に身を寄せるフロース。状況が飲み込めないノクス。


「とりあえず食事にしましょう」


 遊ばれるミレが可哀想になり、空気を変えるように声を掛けるスクートゥム。四人はスクートゥムの作った料理を食べることにする。


「あら美味しい! 恋の支払いはスクートゥムから頂こうかしら」


 クスクスと艶かしく笑うフロース。


「私で良ければ」


 大人の対応で返すスクートゥム。顔を赤らめるお子様のミレ。


「フロースさんは、砂漠で何をしていたのですか?」


 ノクスが質問する。


「そんなに私のことが気になるの? 心配しなくても、私は貴方のモノよ」


 フロースはミレの反応を見て楽しんでいた。


「フロースさんは私のモノではありませんが、女性の一人旅は心配です。危険では無いのですか?」


 揶揄からかわれていることにも気付いていないノクス。純粋な疑問を投げかける。


「心配してくれているのね、ありがとう。そうね旅ってほどではないの、ワスティタースを中心に捜索をしているだけだし、基本私の格好を見て襲って来る人間もいないわ」


 フロースは着ている服をヒラヒラと揺らし見せる。そこには金色の糸で様々な模様の刺繍がほどこされていた。


「貴方達みたいに他所の国の人間なら知らないかもだけど、この格好はデウス教の巫女の証。それに今は転換期の時期なの、巫女はみんな新しい『アピス様』探しに四方へ散っているのよ」


 アピスの言葉に反応する三人。多少意味が分かるスクートゥムが口を開く。


「それでは今のアピスに、寿命が近付いているのですね?」


「そう。もうそんなに時間は残されていないわ」


「この国でアピスは、最も大切に扱われる存在……。そのアピス探しをする巫女を邪魔する人間はいない、そう言うことですね」


 スクートゥムがフロースの言葉の意味をよみ、答えを出す。


「やっぱりスクートゥムも良い男ね。その通りよ」


 フロースはスクートゥムにもウィンクをしている。恋い多き巫女。


 ノクス達の目的である聖なる牡牛アピス、その寿命が近いことを知り、不安な気持ちになるノクス。


「それと二人共、私のことは親しみを込めてフロースと呼んでね」


 言葉で魅了し瞳で惑わせるフロース。ミレはバロメッツの瞳の持つ効果『魅惑』を持ってしても、フロースに遠く及ばない。


♦︎♦︎♦︎



「あのね、何回も言うけど無理よ。この国にとってアピス様は神に等しい存在なの、蹄が欲しいなんて絶対に認められない」


 フロースは何度も聞かれた質問にうんざりして応える。


 ワスティタースの都に無事辿り着き、ノクスはしつこくフロースに頼み込んでいたいた。


「では、新しく見つかるアピスではなく、役目を終えたアピスの蹄はどうでしょうか!?」


 尚も食い下がるノクス。


「はぁ……、あなた顔は良いけど性格は難ありね。私はデウス教の巫女ではあるけれど、その他大勢の巫女の一人よ。私に言われてもそんな権限ないの。それと間違っても奪おう何て考えないで、その時は国中が貴方達の敵になると思いなさい」


 脅すようにノクスの心臓を指差し、強く押すフロース。


「では誰に聞けば良いですか?」


 全く意に介さないノクス。真っ直ぐとフロースを見つめ、折れない意志を伝える。


「フフッ凄い、全く分かって無さそうね。……可能性があるのは舞神子まいのみこ様だけよ。アピス様の為にお使えし、アピス様を癒す為に踊ることを許された人。私達巫女の頂天に立つ存在よ」


 ノクスが居場所を聞こうと口を開く。フロースが右の手のひらを上げ、遮る。


「会えません。ただでさえ忙しいお方なのに、今はアピス様が弱っています。早く新しいアピス様を見つけて、役目から解放してあげないと……」


 そう言って考え込むフロース。


「ノクスさん、勧めたのは私ですが諦めましょう」


 スクートゥムがノクスを説得する。この乾いた土地で、水を生み出すアピスがどれほど貴重で重要か、この都に着いて三人は嫌と言うほど目にし、理解していた。


 そこは砂に囲まれた都ワスティタース。しかし都の中には、蜘蛛の巣を張り巡らせたような水路があり、緑が生い茂り、皆生き生きと生活していた。水路で水浴びをする子供達、せっせと桶で水を運ぶ女性、作物に水を撒く農夫。誰もが日に焼けた顔で、笑顔を浮かべている。


 諦め立ち去ろうとする三人を、フロースが引き留める。


「……待って! 貴方達どうしてもアピス様の蹄が欲しいのね?」


 そうでもないミレとスクートゥム。ノクスだけが身を乗り出して返事をする。


「是が非でも!」


 フロースはノクスの返事を聞き、決意を固める。


「実は私、新しいアピス様がいる場所の目星はついてるの」


「しかし、新しいアピスの蹄を頂くことは難しいでしょう?」


 スクートゥムが話す。


「それは無理、絶対にね。でも舞神子まいのみこ様なら、お役目を終えたアピス様の埋葬をするの。その時なら、蹄を頂くことも可能かもしれない」


「では舞神子まいのみこ様に話を通して下さい。お願いします!」


 ノクスが頭を下げる、いざとなれば杖に大金もあると考えていた。それはノクスが死んだ時にミレに渡そうと考えていた金で、極力使いたくは無いお金だった。


「さっきも言ったけど、舞神子まいのみこ様はお忙しくて、一介の巫女が話し掛けれる相手じゃないの。でも唯一話しかけられる人間がいるわ」


「じゃ、その人を紹介して」


 ミレが勿体ぶるフロースに痺れを切らし話す。


「ううん、今は分からないの。それは次代の舞神子まいのみこ様だから。次のアピス様を連れて来た巫女、その巫女が先代より受け継ぐ地位なのよ」


 ノクスとスクートゥムが同時に理解する。


「それはあなた、フロースですね?」


 スクートゥムが問いかける。笑って頷くフロース。


「ちょっとやる気出てきたわ。私は舞神子まいのみこになり、あなた達は蹄を手に入れる。どう私に協力する?」


 フロースは不敵な笑みを浮かべ、答えの決まった質問をする。


「必ずやアピスを見つけ、舞神子まいのみこにしてみせます、フロースさん!」


 ノクスが胸に手を当て、フロースに誓う。

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