第13話 シンシゲートとヒューマニスティックボーイ

 ドアの先には一本道が続いていた。センス最悪の全方位白壁廊下を歩く。


「なぁ」

「なあに?」

「カルナを助けた後はさ、なーちゃんってどうなんの?」


 ずっと頭の片隅にあった疑問。オリジナルのカルナとなーちゃんが同じ心を持っているならば、2人を引き合わせるのはまずいんじゃないだろうか。「ドッペルゲンガーに会ったら死ぬ」みたいな感じで。


「大丈夫だよ。私は役目を終えたら記憶消すから。ストラップにでも使ってくれたらいいな」

「……そんだけ割り切れるの、すげーな」


 俺が助けたいのはオリジナルのカルナだけど、なーちゃんと過ごした日々も悪くなかった。恋人じゃないけど、友達みたいな。いなくなってしまうのはやはり寂しい。


「まあ、まずは目先の敵を倒すことが優先だね」

「そうだな」


 廊下を抜けると、開けた場所に着いた。そこは半裸男と戦った場所とは正反対の場所だった。壁に沿って様々な資材が無秩序に散らばっていて、薄暗い。いかにも工場と言ったところだ。


 そして、肝心な工場長らしき男はその部屋の中央にいた。ちょうど光が届いていないところで、姿はよく見えない。静かに項垂れていることだけは分かる。


「おい」

「……」

「お前が工場長か」

「……」


 いくら待っても返事はない。半裸男といい、この工場はコミュ障ばっかなんだろうか。一歩前に出ると、工場長らしき人は下を向いたまま、数十センチ宙に浮いた。その体が窓からの日光にさらされる。


「……あ」


 腹を貫く腕。もがく素振りもない太った男を片手で支えているのは、PK2の代表取締役――。


軌魂きだま……」

「私を呼び捨てにするのは、世界で君くらいだろうね」


 腕を引き抜くと、どさりと音を立てて巨体が地面に落ちた。ピクリとも動かない。


「……殺したのか」

「別に彼を殺したわけじゃない。怪人薬を投与しただけだよ。君と同じやつをね」


 砕けた試験管を隅へ放り投げる。


「同じことじゃねぇか!」

「違う。ステップアップを望んだのは彼さ。素質が無かったから死んだだけでね」

「……心は痛まないのか?」


 軌魂は下卑た笑みを浮かべた。心の底から寒気がする。


「痛むさ。最強の怪人が生まれないことにね」

「人間じゃねぇな」

「君に言われたくないね」


 軌魂がその場で手を振り上げる。俺の足元から何かが飛び出して、俺の右側を通過した。


「あァ゛ア゛!?」


 肩から先ががずり落ちる。貴重な血が綺麗な断面図から噴き出した。ぼとりと落ちた腕が赤く染め上げられていく。


 変化が起きたのはそれからだった。血が次第に止まっていき、代わりにウィップのようなものが無数に生えてきた。それらは交じり合って、元の腕の形を成す。痛みが、引いていく。


「君は既に人間ではない。怪人だよ」

「人間だ」

「腕が自動的に再生する奴が何を言っている」

「再生する人間がいたっていいじゃねぇか」

「じゃあ怪人を作る人間がいたっていいだろう」

「良くねぇよ」

「理由は」

「人間の心が無ぇからだ」


 そう、人間を殺す軌魂は人間の心がない。腕が再生する俺は人間の心がある。だから俺は人間で、軌魂は人間じゃない。


「そうか。お前はまだ人間であることに固執しているのか」

「人間なんだから当然だろ」


 小さく笑った軌魂は、足元に横たわる太った男の体を踏みしだいた。氷を張った水溜りと踏んだ時と同じ音が響いた。


「やはり、最強の怪人に感情は要らないな」


 軌魂の声に呼応するかのように、楕円の黒いゲートが四方八方に生まれる。それは、軌魂の背後も例外ではなかった。


「逃げんのかよ!」

「私は加減が苦手だからね。君のことはまだ諦めていないよ」



「足止めっつーか、なんつーか……お前たちも可哀そうだなァ」


 手と足に力を込める。フルパワー出来るほどの力は残ってねぇ。雑魚ぐらいなら何とかなるかな。


「大丈夫?」


 俺の背中に引っ付いていたなーちゃんがポツリ。気合いで乗り切ることを伝えると、アルマクラス相手に無茶なんじゃないと返されてしまった。どうせ全部倒さなきゃならないんだから、やるしかないんだけど。ちょうど再生能力も分かったし大丈夫だろ。


「皆まとめてぶっ壊してやるぜェエエ!」


 血塗られた朝が始まる。

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