第12話 ビンタガールとファティグボーイ

 戦いが終わっても部屋にガスが充満していたので、俺達は一旦外に避難していた。


 俺が華々しい勝利を収めてから3分後。本部棟に戻ると、横たわっていた半裸男の体がピクリと動いた。


「……」

「お、起きたか」


 静かに目を開けて、すぐそばに座った俺達を見据える。焦げ茶の体は血に濡れていた。


「お前も効くのかよ、その毒」

「リングが無ければ私もただの人間だからな。5分も経てば収まる」

「ゆったりした話し方はどうした」

「キャラ付けだ」

「じゃあ最後まで頑張れや」


 半裸男が小さく笑う。既にリング機能は切れていて、俺も怪人化を解いていた。疲れてフルパワー怪人化をする力は残っていない。元々、副工場長相手にこれほどてこずる予定ではなかったのだ。血も大分流れてしまったので、この部屋でも少し休んでいくことにした。というか、なーちゃんがそれを薦めた。


「お前は、なぜ工場を壊す」

「ん?」


 横たわったまま半裸男が話し出す。


「私たちは国民の健康のために全力を尽くしている。その工場を壊すというのは、国民を危機に晒すということだ」

「俺は別にこの工場を壊しにきたわけじゃねぇ」

「どういうことだ」

「この工場の地下に、俺の彼女が捕まってんだ」

「そんな馬鹿な話があるか!」


 声を荒げると同時に、半裸男が強くむせる。口の端からは血が細く流れている。呼吸によって毒が肺にまで回っているんだろう。


「そんな馬鹿な話があるから、こうやって命かけて戦ってんの」


 そう、馬鹿な話。馬鹿な話なんだけど、大切な話。


 しばらくの沈黙の後、何者かにちょんちょんと肩を突かれる。振り返ると、思いっきりビンタを喰らった。急に進行方向が逆向きになって首がミシミシと音を立てる。


「そろそろ行かないとダメなんじゃない?」

「ビンタされた意味は……?」

「朝っぱらから出張させられた腹いせ」


 不機嫌顔の麻里さんが鼻を鳴らす。俺の頬を振り抜いた手を白衣で入念に拭っている。なんか汚れ物扱いをされてるみたいでヤだな。


 ただ、もうそろそろ行かないといけないのは正論なので、膝に手を当てて立ち上がった。


「おじさんも来てるんすか?」

「いや、あの人は仕事があるから。私は午後からなのよ」

「なるほどね」

「私はもう帰るわよ」

「なんでだよ」

「立場上ここに長居するのはまずいから」

「それはたしかに」


 討伐部隊の武器は、PK2から支給されている。スポンサー企業が襲撃に遭っている現場にいるのはたしかにまずい。


「本当は止めにきたつもりだったけど、戦ってるあんた見たら無理だって思った。あたしじゃ止めらんないわ」

「そりゃどーも」

「死なないでね」

「心配してくれるんすか」

「当然よ。替えの効かない被検体なんだもの」


 最後の一言さえなければ完璧な別れ際の言葉を残して、麻里さんは帰っていった。


 依然横たわったままの半裸男がポツリと呟いた。


「おい」

「なんだよ」

「……本当に、地下にお前の彼女が囚われているのか?」

「うん、本当だよ」


 なーちゃんが代わりに答えてくれる。


「……そうか」

「どうした、テロリストの言葉を信じるのかよ」

「いや、私だってPK2が全て正しいとは思っていない。妄信は話し合いを妨げるからな」

「いいこと言うねぇ」


 俺となーちゃんは半裸男に別れを告げ、次の部屋へと向かった。

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