第14話 ユーエスビーとモラリスティックボーイ

 拳をふるうたびに破片が飛び散る。体は壊れる度に再生を繰り返し、いつしか血も流れなくなった。


 一歩動くごとに足元のプラスチックが音を立てる。目の前を舞う破片は、一体誰のものなんだろう。


 ――どうでもいっか、そんなこと。


「イヤッハァァアア!!」


 力の入らない体に力を込める。怪人化の維持を望めば望むほど、意識は遠のいていった。






**





 再び意識が戻った時、俺は薄暗い階段を降りていた。いや、落ちていた。お陰様で五体満足だが、手足に全く力が入らない。芋虫のように這いずりながら、階段を一段一段落ちていく。踏面ふみづらが無駄に広いせいで、転がり落ちることが出来ない。


 痛みはない。感覚もない。どこにいるかも分からない。俺は何で下に行こうとしているんだ。今更登れと言われても、無茶な話だが。


 落ち方が悪くて、途中で鼻の骨を折った。痛みを感じる間もなく再生した。医者いらずだな。


 途中からは考えるのもだるくなって、ただひたすらに落ち続けた。あまりにも無心だったから、最下層に着いたときはどれだけ這いずっても落ちないことに驚いてしまった。


 ひんやりとした地面。石畳だ。水が滴る音が響く。仰向けになる道中で、部屋の中を確認する。


「……」


 学校の教室くらいの大きさ。床どころか、壁も石でできていた。そしてその壁には、所狭しとカルナがもたれかかっていた。そして、階段から一番遠い壁に薄汚れた少女が居た。無地のワンピースはあちこち破れている。後ろ手に鎖で繋がれていて、身じろぎ1つしやしない。


「…………」


 俺が何でここに来たのかは、無数のカルナの顔を見た瞬間に思い出した。俺はオリジナルのカルナを助けようとしていたんだ。どこにも残っていないと思っていた力を振り絞って、俺は立ち上がった。よろめき、ふらつきながら近づく。あと数歩で、手が触れる距離になる。俺はこの時のために戦ったんだ。


俺は……おれは――。


「いアッ! ヤッ、だぁ! オないで!」


 ジャラジャラと音を立てて鎖が踊る。少女は駄々をこねたように取り乱した。


「……なぁ」

「なあに?」


 俺の口の中から答えが飛び出す。


「……なーちゃんとオリジナルのカルナって、瓜二つのはずだよな」

「それなんだけどね」

「……あァ」

「私の感情と体の構造はこの子由来だけど、環境が違えば変わっちゃうよ。リアルタイムで記憶を同期しているわけでもないし」

「つまりどういうことだ」

「劣悪な環境で生かされたオリジナルは人間不信になっちゃったってこと」

「……んだそりゃ」


 なーちゃんと話している間も、オリジナルは酷く暴れていた。おおよそ人間の言葉ではないような声で叫び、鎖に繋がれた腕を千切れそうなほどに引っ張る。どれほど酷い環境で生きてきたのだろうか。まさか、ずっとここで縛られて生きてきたのだろうか。


 俺は、この少女をカルナと呼ぶことに違和感を覚えた。


「でも、別にしょう君を騙したわけじゃないよ」

「あ?」

「前にも話したけど、私はの記憶を司る部品なんだ。だから、オリジナルと記憶の同期すれば万事解決って話」


 なーちゃんがオリジナルの頭上でホバリング。暴れるオリジナルの頭に小さな手をのせた瞬間、動きがピタリと止んだ。なーちゃんの手からウィップのようなものが出てきて、


「さっきから言ってる、記憶の同期ってなんだ?」

「言葉通りだよ。オリジナルに私の記憶を流し込むことで、しょう君の知ってるカルナが出来上がるってわけ」


 ウィップの数が増えていく。それらはオリジナルの頭に一つ一つ接続されていく。

 

「いや……そりゃ、だめだろ……」

「なんで?」

「だって……それって、オリジナルの記憶が全部上書きされるってことだろ?」

「そうだよ」


 なーちゃんはいつも平然としている。私情を挟むことなく、目的へと一直線に進む道を示してくれる。ここに来るまで何度も助けられた。だけど、今回だけは違う気がした。


「見て分かるでしょ? オリジナルの記憶はどう考えても酷いよ。私としょう君の思い出に書き換えた方が幸せだと思うけどな」

「いや……でも」

「なんで悩むの?」

「だって……記憶を全部上書きするって、人殺しと同じだ」

「殺してないよ。幸せにするんだよ」


 2人の間に沈黙がやってくる。なんて言えばいいんだ。そりゃ俺だって、カルナと話せるのは嬉しいし、オリジナルが悲しんでいるのも見たくない。でも、それでも――記憶の上書きは駄目だ。


「しょう君は、私を生き返らせたくないの……?」


 なーちゃんに、俺が恋したカルナの顔が重なる。


「生き返らせたいに決まってるだろ!」

「じゃあ――」

「……でも、それは人を殺してまで実現したいことじゃない」

「でもそれしか方法がないんだよ!」


 本当にそうか? 俺の夢は、本当にそれしか方法がないのか? 疲れ切った体に、疲れ切った脳みそ。全てを投げ出したい。オリジナルのことなんか考えないで、自分勝手に生きたい。


 でも、だめだ。ここで投げ出したら、俺は人でなくなってしまう気がした。考えて考えて考えて、その度に同じ答えが弾き出されて。


 そしてその果てに、1つの案が残った。答えと呼べるかは分からないが、これが最良の決断だと思えた。


「……方法は、ある」

「現実逃避は良くないよ」

「逃げてないよ。俺は逃げない。本当に方法はあるんだ」


 怪訝な顔をするなーちゃんに、俺はかつてないほど優しい口調で話しかけていた。まるで子供をあやすように、相手の目線に立って話を始める。


「オリジナルは――」

「残念だなぁ……本当に残念だ」


 部屋全体に響く男の声。軌魂の声だ。しかし、辺りを見回しても姿は見えない。


「……は?」

「感情っていうのはね、燃え尽きるものなんだよ。無限に出るわけじゃない。どうにかして君には最強の怪人になってもらいたかった。……だけど、もうタイムアップだ」


 ピシリと音を立てて、壁に亀裂が走る。頭上で光が弾けて、視界が真っ白になった。そのすぐ後に爆音が鳴り響いて、全てが崩れる音がした。地響きで内臓が揺さぶられる。


 唐突のことで、何が何だか分からない。爆発? なんで? 俺はせっかく皆が助かる方法を見つけたのに。


「さようなら、何にもなれなかった物よ。さようなら、愛しの娘よ」


 今は姿の見えない相手を気にかけている場合じゃない。だけど、どうすればいいんだ。俺はもう立ってるだけでも精いっぱいだ。鎖に繋がれた少女どころか、我が身すら守れる自信がない。


 思考がぐるぐると同じ場所を回り続ける。もちろん、正解なんて見つかりやしない。

 

 俺はもう何も考えられなくなって、最終的に自分の体の思うままにさせた。俺の腐った頭じゃ、この状況への答えには辿り着けない。


 目を閉じると、意識はすんなりと消えていく。


 主導者不在の肉体が直立不動。これから先は、俺の知らない物語。

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