第9話 ファンガールとペシミスティックボーイ

 夜明けに怪人が1人。踏み込む足が地面にめり込み、次の瞬間には屋根の上。そしてまた足元を破壊して目的地へと向かう。


 ものの数十歩で目的地の東京駅に着いた。屋根の上から人気のない場所へと飛び降りる。今度は、地面に近づくにつれて体に肉体が戻っていく。


「結構慣れてきたな」


 疲労が溜まった足を撫でる。怪人化中に自我を保てるようになって身につけたのが、局部怪人化だ。全身を怪人化するよりも長く、そして安定的に体を操れるのが利点。問題点は怪人化していない部分が走行速度に耐えられない。耳たぶとか千切れそうになったよ。


「早く着きすぎたか?」


 口を大きく開けると、中から返答と共に石英のようなものが飛び出してくる。


「そうだね。始発までまだ1時間くらいあるよ」


 カチャカチャと音を立てて人型になったなーちゃんは、朝焼けに目を細める。機械の割に人間くさいな。


「どうすっかねぇ」

「駅弁買おうよ。無人販売店ならやってるはずだよ」

「天才……なーちゃんは俺のポケットの中な」

「うん」


 


 東京駅と石川県を結ぶ北陸新幹線は、去年車体がリニューアルされたばかりだ。車体の8割を強化プラスチックにしたらしく、到着時刻が前のものより30分短くなったらしい。


「なあ」

「なあに?」


 東京発石川行の北陸新幹線車内。始発ということもあって、俺が乗っている2両目の乗客は数人。全員がスーツを着たサラリーマンで、仮眠をとる人や血の気を失った顔でパソコンを打つ人ばかり。


 隣の席に積み重ねた駅弁空箱の奥からなーちゃんがひょっこりと顔を出す。安いからという理由で自由席を取ったが、利用客が少ない時間帯だと広々使えてかなり快適だ。


「オリジナルのカルナってさ、工場で何してんの?」

「私が最後に見た時は、地下に鎖で繋がれてたね」

「……なんで?」

「私みたいな複製体を造るためじゃない?」

「カルナである必要性は? 」

「それは軌魂きだまにしか分からないよ」


 なーちゃんがバランを腰に巻いて、くるくると回る。俺の頭の中もぐるぐると回っていた。


「カルナって、なんなんだ?」

「PK2にとっては重要人物だろうね」

「ほんとはすげぇやばい病気とかで、工場で治してもらってるとかはないのか?」

「それなら病院に行くでしょ」

「いや、でもさ……」


 俺はカルナを助けたい。だけど、カルナが工場に捕まっている理由は? 俺を怪人化させるためだけか? もしそうなら、既に役目を果たしたカルナは――。


「そんなこと考えて、楽しいの?」

「……え?」

「怪人化してるしょう君は楽しそうだよ。お腹の底から叫んで、嬉々とした表情で怪人を壊してる」


 ふわりと宙に浮いたなーちゃんが俺の顔へと近づいてくる。


「俺、そんな……」

「楽しもうよ。しょう君は囚われたお姫様を助ける正義のヒーローだよ」


 突如、新幹線内にかん高い音が響き渡った。急ブレーキ。慣性で体がつんのめる。まだスピードが乗った状態で、車両が浮かび上がった。


 右も左も、上も下も分からない。無重力状態の中で、サラリーマンの悲鳴が飛び交う。俺の周りはまだ手を付けていない弁当が飛び散って、目も当てられない。見たくない。塞ぎ込みたい気持ちの中で、なーちゃんの言葉だけがこだまする。


「そうだな、楽しもう」


 察したなーちゃんが俺の口の中へと戻ってきた。手と足が、プラスチックへと変わっていく。


「ダリャアアアア!」


 近くの窓を叩き壊して、外に飛び出す。白一色の田園風景が目の前に広がっていた。


「今回の叫び声、いつもと違ったね」


 口の中でなーちゃんがぽつり。


「いつも同じだと馬鹿みてーだからなァ。たまには変えてみた」

「でも、正直ダサかったよ」

「イヤッハァアアア!!」

「やっぱこうでなくっちゃ」


 宙を乱舞する新幹線の車体を、怪人化した足で蹴り飛ばす。反動で先頭車両に到達すると、急ブレーキの原因が見えた。


「こりゃひでェ」


 1両目の先端に、モノクラスの怪人によるウィップが絡みついていた。その下には老人――怪人になってしまった老人が、いくつも転がっている。


「モノクラスが集団行動してる。有り得ないね」

「軌魂が俺達の足止めをしたってことかァ?」

「それは自意識過剰ってやつじゃない?」


新幹線が完全に停止する。宙に浮いていた車両は爆音を立てて、AIに管理をされた田園の中に飛び込んでいった。


「じゃあ、これは俺達のせいじゃないな!」

「そうだね。私たちは被害者だよ。せっかく2万円も払ったのにね」


 恐らく、大勢の人が怪我をしただろう。この後、怪人が束になって新幹線を止めたことが報道されるだろう。大事件で、大惨事。でも、俺達には関係ない。だって、被害者なんだから。


「行こう。カルナが待ってるよ」

「イヤッハァァアア!!」


 レールの上を駆ける。両側に広がる白銀の世界が朝日を反射して、星のように輝いていた。

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