第10話 ノロビルダーとオプティミスティックボーイ

「……誰だ」


 PK2第4工場。石川県白山市の山奥に建てられたその工場は、昼夜問わず強化プラスチックを生産している。


「俺だよオレ」

「許可証は」

「ない」


 工場施設内には様々な建物が並んでいる。原油蒸留工場に、加工工場。環境には負担を強いるが、全ては国民の健康のため。


「許可証がないなら、入れることバァ!」

「許可証がないなら強行突破ァ!」


 道中で見つけたパンフレットの内容を思い返してみたが、やはり怪人化すると脳みそがうまく働かない。覚えることはただ一つ。本部棟に行って、カルナを助けること。それだけだ。


「工場長に会うまでは、怪人化の使い過ぎに注意だよ」


 口の中からなーちゃんが飛び出してくる。警備の人を殴ったことを咎められてしまった。


「そうだな。最小限にする」


パンフレットで見た通り、第4工場は碁盤の目のような作りをしていた。本部棟は入り口から見えるところにあるが、距離はおよそ300メートル。警備の人を殴ったせいで、緊急ランプみたいなのがくるくると回っていた。


 両脇の工場から、ぞろぞろと人間が現れてくる。薄汚れた作業服を着て、その全員が右腕に大きなリングをはめていた。あのリングは、人間の身体能力を飛躍的に向上させる。


「なあ」

「なあに?」

「俺達、怪人扱いされてるぜ」


 人間が怪人と戦うときに使う道具。俺に敵意を持って使われようとしている。少し前の俺だったら悲しんでいたかもしれない。それでも、今は――。


「いいじゃない。楽しそうだよ」

「俺もそう思うぜェ!」


 肉体がプラスチックに置き換わって、爆発的な力が漲る。理性の飛ばし方が段々と染みついてきた。



 足と手の怪人化。それだけのはずなのに、人間としての思考が失われていく。通った道に散らばるのは人間の体。リングによって僅かばかりの力を得た作業員共は、ラグビーのトライを阻止するようにへばりついてきた。だが、おじさんと戦った後では味気ない。少し腕を振りかざすだけで、作業員の手足は氷柱のように折れていった。


 ただ、命だけは取らない。なけなしの人間としての心。手足はこいつらの大好きな再生医療ですぐに直る。


 300メートルを瞬く間に走り抜けて、本部棟の入り口にトライを決め込む。


「イヤッハァァアア!」


 強化プラスチックの扉が弾け飛んで、破片がパラパラと降り注ぐ。本部棟の中は討伐部隊の訓練施設と酷似した造りをしていた。肌色の箱のような作りをしていて、床と壁には小さなマス目模様が敷き詰められている。扉はさっき壊したやつ以外に、正面に1つ。


「なァ」

「なあに?」


 口の中からなーちゃんがひらり。もったいないので、怪人化は解いておこう。


「ここをまっすぐに進んでいけばカルナに会えんのか?」

「会えるよ。でも、今はもう本部棟が戦闘態勢になっちゃった」

「建物が戦闘態勢ってなんだよ」


 壁から砲撃とかされるんだろうか。


「工場は全部強化プラスチックで出来ていて、工場長の裁量で内部構造を何パターンかに変化可能なんだ」

「なんでもありじゃねぇか」

「そうだね。だから、工場長を倒さないと目的地には辿りつけないだろうね」


 話が一区切りついたところで、壊れていない方の扉が開いた。そこから現れたのは、半裸人間。2メートルをゆうに超えるボディビルダーのような肉体は、焦げ茶色にぎらついていた。目は静かに閉じられている。


「お前は何だ……」


 一文字に結ばれていた口がゆるりと開く。


「こっちが聞きたいね。アンタが工場長なのか?」

「そうか……まずは己から名乗れと言うのか」


 ひどくのったりとした口調。先を急ぐ俺の神経を逆なでする。

 

「めんどくせぇよ。さっさと言え」

「私は副工場長。それ以上でもそれ以下でもない」

「じゃあ用はねぇ。どけ」


 足に力を込める。わざわざ戦う必要もないだろう。俺の目的はカルナを助けることだ。それを忘れてはならない。しかし、半裸男は厄介なことを言い始めた。


「この扉を開けられるのは勝者のみ」

「それじゃ、殺してやるぜェ!」


 体全体に力を込める。久しぶりに感じるが、昨日ぶりのフルパワー怪人化。体中にめぐる血が、荒ぶったエネルギーへと変わっていく。さっさとこいつを殺して、工場長を殺してェ。


「化け物が……」


 半裸男の手につけているリングが淡く光る。そして、ファイティングポーズをとった。のろのろとした挙動で、今の俺には誇張なくコマ送りに見える。相手が1歩踏み出した時には、俺は懐に入って拳を振り抜いていた。


 プラスチックになった拳が、鋼の肉体を穿つ。地響きを立てて床が揺れた。


「……?」


 手ごたえは確かにある。手が硬さ負けしたわけでもない。それなのに、謎の違和感に襲われた。言葉に出来ない危機――怪人としての本能が叫んでいた。


「お前の負けだ……」


 その答え合わせは直後に出来た。半裸男の体から、ガスが噴出したのだ。




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