第7話 レプリガールとファナティックボーイ

 怪人は、いつも空気が読めない。


 キイィン


 閑静な住宅街に響く、少年少女のかん高い叫び声。そんな中、俺は穴を埋め続けた。


 討伐部隊が到着するのは平均して5分。しかし、大抵のモノクラスの怪人は移動速度がゾンビ程度だ。さらに、巡回警備員のおかげもあって、一般人への被害は最小限に抑えられるだろう。俺がでしゃばる必要はない。


加奈かな!」

「あえっ……あっ、だっ、だすけてぇえ!!」

「イィイィイィン」


 小さい穴だったので、すぐに埋め終えてしまった。ゆっくりと振り返ると、ベンチに座ったままの老人の口から、ウィップが束になって出ているのが見えた。その先には、腰を抜かした少女が捉えられていた。


「あっあ……うわあぁあああ!!」


 少女がゆっくりと持ち上げられると、怖くなったのか、少年は大声をあげて逃げ出した。その途中で躓いて、膝を擦りむいて、泣きながらも逃げていく。


「……死ねよ」


 少女は締め付けられて、声にならない叫び声をあげている。


 俺は走って、怪人と化した老人の顔を思いっきり殴った。しかし、怪人はものともしない。肩から新たに出したウィップで、腹を殴り返されてしまう。


「がッ、あァ……」


 胃の中で冷凍餃子とポテチが跳ね回る。しかし、口から零れ落ちたのはそれらとは別のものだった。


「……?」


 手のひらサイズの石英のようなもの。食べた覚えどころか、見た覚えもない。だが、思案に耽っている余裕はない。


「イダッ……いぃ」


 少し高い所から聞こえてくる悲痛な声。息も絶え絶えで、いつ気絶してもおかしくない。


「……ずるくねぇか」


 ゆっくりと立ち上がる。その音に反応した怪人は、肩のウィップをこちらに伸ばし始めた。


「ずるくねぇか!?」


 俺は走った。ウィップが脇をすり抜ける。いくつかは当たった気がするが、あまり気にならなかった。


「なんで! 逃げたアイツが救われるかもしれねぇんだよ! なんで、立ち向かった俺が! カルナを失わなくちゃならねぇんだよ!!」


 体の中でまた何かが暴れまわる。軌魂きだまの時と同じだ。だけど、今回は冷静な自分は現れない。その代わりに、いつもの自分が壊れてくのを感じた。




「なぁ」

「なあに?」

「俺だけが辛い思いするって、不公平だよな」

「そうかな?」

「討伐部隊に入って、人を助けたって、カルナは帰ってこないんだぜ」

「そうだね」

「人を助けても、俺は素直に喜べねぇよ」

「じゃあ、何で今は戦っているの?」

「……俺のためだ」

「女の子の為じゃなくて?」

「……そうだ。腹が立って、それを鎮めるために戦ってる」

「しょう君は、それで幸せなの?」

「……幸せなわけないだろ!」


 返事はしばらくの沈黙の後に。


「私がいないと、幸せになれないの?」

「……え?」

「私を助けたいなら、私に聞いて? しょう君、大好きだよ」



 視界が晴れる。辺り一面には千切れたウィップが敷かれていて、少し離れたところには、気絶した少女が横たわっていた。ベンチは跡形もなく砕け散っていて、怪人が居た場所には大量のプラスチック片が散らばっている。


 そして、目の前に浮かぶのは小さな物体。それは人型をしていた。


「おはよう」


 間違えようもない、カルナの声だ。目の前の妖精みたいなやつから、カルナの声が聞こえてくる。


「びっくりした?」

「……どういうことだ?」

「首を切られた後、記憶を司る部分だけを切り取って小型化したんだ。君の中で安静にさせてもらってたの」

「いや……ちょっと待て」

「なあに?」

「何でそんな怪人として順応してんの?」


 言いたいことは無限に出てきたが、一番気になるのはそれだ。


 そもそも、カルナは突如としてモノクラスの怪人になってしまったはず。それなのに何故そんな芸達者なことが出来るんだ?


「しょう君には、話さないといけないことがあるんだ」

「……聞くよ」

「私――しょう君と出会った私は、カルナっていう女の人の複製体なんだ。ちょっと違うけど、アンドロイドみたいなものだと思って欲しい」

「……信じらんねぇよ」


 デートの時に繋いだカルナの手は温かかった。


「アロイクラスの複製体、しょう君も見たでしょ。それぞれが役割を持って生み出されるんだ」

「じゃあ、カルナ……俺の彼女の役割は?」

班目翔大まだらめしょうだいに接近して、カルナという女性に好意を持たせること。それは、軌魂きだまの野望を叶えるため」

「……嘘、だったのか」


 笑顔も、励ましも、好きだと言ってくれたことも。全部自分の役割を果たすためにやっていたということなのか。


「違うよ」

「……」

「私は唯一オリジナルと同じ感情を持つことを許された存在。他の複製体と違って、私とオリジナルは内面も瓜二つなんだ」

「……」

「しょう君のことを好きだと言ったのは本心だよ」


 実感が湧かない。カルナはオリジナルであるカルナの複製体で、だけどオリジナルと同じ心を持っている。どうすればいい。喜べばいいのか? 悲しめばいいのか? 


 頭の中がぐちゃぐちゃになって、体の中で何かが暴れる感覚が戻ってくる。壊れかけた自分に、さらなる亀裂が走る。


「なぁ」

「なあに?」

「俺は、何をすればいいんだ?」

「出来ることなら、オリジナルの私を助けて欲しい」

「……瓜二つなのか?」

「瓜二つだよ」

「見た目も?」

「見た目も、感情も」

「カルナが……生きてるってことか?」

「生きてるってことだよ」

「……いいな、それ」


 無数の亀裂が手を取り合う。軽い破砕音が聞こえて、それは自重で崩れ落ちた。


「イヤッハァアアア!!」


 俺は空を飛んでいた。飛行しているわけではない。足を軽く踏み込んだだけで、凄まじい勢いで宙へと浮かんだ。


 手ごろな電柱へ着地すると、カルナの記憶を持つ奴が追いかけてきた。


「なァ」

「なあに?」

「お前の名前、どうする? オリジナルのカルナが生きているんだったら、お前のことをカルナと呼ぶのはおかしいだろ」

「そうだね。……私は7番目に作られたから、『なーちゃん』とかどう?」

「悪くねぇなァ」


 首をぐるっと一回し。住宅街の先に、緑のない山々が並ぶ。


「オリジナルってのはどこにあるんだ?」

「PK2第4工場だよ」

「どこにあんだ?」

「石川県だね」

「今なら徒歩でも10分で着くだろなァ」


 足に力を込める。電柱がミシミシと鈍い音を立てた。体中に力が漲って、内側から弾けそうな気分だ。バネのように体を縮こめて、勢いよく空へと飛び出す。


 ――なーちゃんが話しかけてきたのは、その時だった。


「それは無理だよ。だって、もうすぐ怪人化が切れちゃうんだもん」

「……へァ?」


 口から間抜けな声が漏れる。直後、体から力が急速に抜けていく。勢いをつけ損なった俺は、地面への自由落下を開始した。

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