第6話 シュフオジサンとポエティックボーイ

 何かを焼く音が遠くで聞こえる。パチパチと油が跳ねる音。水を入れたのか、蒸発する大きな音。それはすぐにくぐもった音になった。鼻をくすぐるこの匂いは……。


「……ギョーザ」

「お、起きたか少年。正解は冷凍餃子だけどな」


 目を開けるとキッチンから柳楽なぎら隊長――おじさんの声が聞こえてきた。「キッチンから」と言っても、ワンルームの部屋だから同じ空間なのだけど。


 布団から這い出た俺は、小さな丸テーブルに並べられている料理を見た。


「3日ぶりの朝ご飯は、冷凍餃子とポテチだ」

「栄養バランス死んでませんか」


 メニューもさることながら、猫柄エプロンをつけた35歳男性も中々胃にくるものがある。


「餃子って完全栄養食なんだってよ」

「ポテチ……」

「飯に文句言えるのは作った人だけだぞ」

「なんかすんません」


 エプロンを外したおじさんが向かいに座る。おじさんのいただきますの合図で、とりあえずポテチを口に運んだ。普段食べないうすしお味だ。


「ほんとはな、俺もコンソメパンチとか食べたいんだけど。来週、健康診断だからさ」

「じゃあポテチを食べなきゃいいのに」

「一理ある」

「真理だと思うけどなぁ」


 話しながらも、ポテチをつまむ手は止まることを知らない。合間に餃子を挟みつつ、ものの3分も経たないうちに朝ご飯を食べ終えてしまった。


「ところで」

「おう」

「僕は何でここにいるんすかね?」

「そりゃあ、俺が聞きてぇよ」


 おじさんは黄ばんだコップになみなみ注がれた緑茶を飲み干す。俺の分は注がれていないし、そもそもコップすら出されていない。ポテチに口の水分を持っていかれたままだ。


「ゲートでお前が連れてかれたことを、上のやつらにこっぴどく怒られてなぁ。泣きべそかきながら帰ったら、お前が布団で寝てんだもん。蹴っ飛ばしてやろうかと思ったぜ」

「なんかすんません……で、そん時の俺って腹に穴とか開いてませんでした?」

「いや、知り合いの医療班の奴に診てもらったけど、健康だってよ」

「そんな……」

「なんだ、開いてて欲しかったのか?」

「そういうわけじゃないけどさ」


 今は手足も自由に動くし、軌魂に貫かれた腹にも違和感はない。俺は確かに他の人よりも頑丈だが、それはあくまで怪我をしにくいだけで、自己回復能力が高いわけじゃない。


「聞かせてくれ。何があったんだ」

「俺が聞きたいっすよ」


 と言いつつも、俺はおじさんに事の顛末てんまつをぶちまけた。その代わりに、討伐部隊目線での話も聞いた。


 要約すると、

・おじさんと出会った同日、総合スーパー近辺でアロイクラスの反応が5つも出た

・アロイは街を破壊しながら逃げ回り、(今思えば)時間稼ぎをしていた

・俺がゲートに飛び込むと、アロイはゲートを使って逃げた


 やはり俺を軌魂きだまの下へ連れて行くための騒動だったらしい。そして、一番の目玉は――。


「PK2の武器開発センターが倒壊したってことだな」

「すごいっすね」

「多分、お前がやったんだけどな」

「信じらんないだよなぁ」


 PK2の施設はすべて強化プラスチックでできている。大地震が起きても翌日から稼働できる程、強固な建物だと言われている。


 そして、俺が飛び込んだゲートのデータを調べたところ、武器開発センターが転送可能範囲に丁度収まるらしい。俺が暴れただけで倒壊するのはおかしな話だが、軌魂に会ったことも踏まえると、俺がPK2の施設にいたことはたしかだろう。


「そんで、お前はこれからどうすんだ」

「2度寝しよっかな」

「3日間眠りこくってた奴が何言ってんだか」

「……じゃあ、カルナの墓を作りに行く」

「……」


 カルナは、死んだ。目の前で怪人になって、目の前で首を切り落とされた。生きている希望は微塵も残されていない。ならばせめて墓を――カルナの墓を作って、俺の心に清算をつけたい。


「なぁ」

「……なんすか」

「討伐部隊に入る気はないか」


 おじさんはいつになく真剣な眼差しで、俺を見据える。


「何のために入るんすか」

「お前と同じ思いをする奴を減らすためだ」

「……」

「さっき話で出した知り合いの医療班、そいつがお前を調べたんだ。そしたら、お前のタフさの原因が分かったんだよ」

「……それで?」

「お前の体には、強化プラスチックが散りばめられているらしい。前例がない事態だとさ。それがお前のフィジカルを格段に上げているってわけだ」

「……はあ」


 聞いてみたはいいものの、今さら知ったところでどうしようもないことだった。いくら頑丈でも、カルナを守ることは出来なかった。どうせなら、カルナを守れる力が欲しかった。


「お前の力は強力だ。うちで鍛えれば、怪人討伐がよりスムーズになる。被害も縮小できる」

「……少なくとも、今は無理っすね」


 他人を助けられるほど、今の俺には余裕がない。


「そうか……俺も気が逸りすぎたかもしれん」


 小さく肩を落としたおじさんは、いそいそと準備をして仕事場へと向かった。俺もコップに水道水を注いで飲み干し、カルナの墓作りをするために外へ出る。もらった合鍵で鍵をかけ、玄関ポストにそれを投函とうかんする。


 おじさんが住んでいるのはアパート10階の角部屋だった。閑静な住宅街で、右も左も分からない。まあいいか、特定の場所に行くわけでもない。俺が探すのは土。せっかくなら、カルナが好きだった花が咲いている場所が良い。


 花と土を求めて彷徨っていると、近くで子供の声が聞こえた。それにつられて進んでいくと、公園に辿り着いた。プラスチックで出来たブランコに乗る男女の子供たちに、プラスチックで出来たベンチに座る1人のお年寄り。


 公園なんて、小さい頃に家族3人でキャッチボールをした以来だ。ひと昔前は鉄や木材がが使われていたらしい。お父さんは錆びも腐敗もないことを誇らしい技術のように語っていたが、お母さんはいつ見ても同じ顔を見せる公園は少し寂しいと嘆いていた。


 辺りを見回すと、タンポポが咲いている花壇を見つけた。タンポポの前に、小さな穴を開ける。


「……なんもねぇや」


 カルナの墓なのに、何も入れられるものがない。プレゼント交換もしたことがない。思い出とかいう、今となっては心を蝕むものだけが残っている。


「……」


 どうしようもないので、俺は思い出とケジメをつけるために、自らに制約をかけた。俺はカルナを忘れる。この墓とも呼べない穴に、なけなしの思い出を埋めて。俺とカルナはそれっきりにしよう。


 少しばかり黙祷もくとうをして、穴を埋め始める。





 ――怪人は、いつも空気が読めない。

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