55話 異界の勇士披露式典
それは良く晴れた日のことだった。
コロセウムを思わせる円形の会場にたくさんの人が詰めかけている。
中央の広い舞台を取り囲む数多の客席が来賓で埋め尽くされており、ざわざわしながら式典の始まりを待ち侘びている。
俺とフィア、クリスもその場に呼ばれており、この野外会場の座席に腰を掛けていた。
あのラーメン騒動から早一週間。
今日、『異界の勇士の披露式典』が行われようとしていた。
この国ゼルオルス王国が、陽翔たち異界の勇士の存在を多くの人に紹介するための式典である。
諸外国の要人、各界の著名人、及び多方に関わる関係者などが呼ばれ、この会場の客席がいっぱいになっている。
そんな中にぽつんと俺らも混ざっている。
「なぁ、もしかして俺たち場違いか?」
「ん、多分周りは有名人だらけ。知らないけど」
俺は小さく息を呑む。
少し居心地の悪さを感じる。全てはラーメン騒動のせいだ。あれが無ければ俺がこんな場所にお呼ばれする理由も無かったのに。
この円形会場の外にはこの式典の様子を少しでも知りたいと、大勢の人でごった返しているらしい。
会場の高い壁に阻まれ中の様子は伺えないが、中で行われるスピーチの声は拡声魔法というものによって外にまで届くようだ。
「まぁ僕はこういう式典に何度か参加したことあるけどね。一応レイオスフィード家の人間だし」
「女装なのにか?」
「女装関係ないだろっ!」
流石良いとこの嬢ちゃん……もとい坊ちゃん。
周囲にいる来賓の方々はとても身分の高い人たちなのだろうが、クリスの存在は彼らと引けを取らないのかもしれない。
「レイイチロウ様、クリス様、大きな声はお控え下さいますようお願い申し上げます」
「あ、すみません、セドリックさん」
「すみません」
俺達の傍にはセドリックさんという名の王国騎士が付いていた。
彼は俺らの護衛である。この式典に参加するということで、王女であるルルティナ様が王国騎士を紹介してくれたのだ。
この場にいる来賓は皆、身分の高い人たちである。
当然それぞれが用意した護衛が傍に控えており、その護衛の実力とか肩書きだとかが来賓自身の見栄やステータスに繋がるらしい。
だから護衛も連れず式典に参加するのは少々見栄えが悪い、ということでルルティナ様が俺達にセドリックさんを付けてくれたのだ。
「セドリックさんは王国騎士の中でも優秀な若手って聞きました」
「身に余る評価ですが、周囲からそのようなお言葉を頂いております」
赤髪短髪爽やかイケメン。
年は25歳、家柄もしっかりしているらしい。やべぇ、これがエリートか。
「改めて、ルルティナ王女殿下からの紹介により護衛を務めさせて頂きます。今日一日よろしくお願い致します」
「ん、よろしく」
「よろしくお願いします」
「あ、式典始まるみたい」
そんなことを喋っていると、中央の舞台にルルティナ様が姿を現す。
この前酔っぱらっていたルルティナ様である。
式典の始まりだ。
『皆様、本日はご多忙の中お集まり頂き、誠にありがとうございます。開会にあたりまして、ゼルオルス王国第二王女ルルティナ・ヴァルキリス・トゥール・ドゥ・ゼルオルスが挨拶をさせて頂きます』
透き通るような綺麗な声で、彼女が淀みなく祝辞の言葉を述べていく。
彼女の声は魔法によって拡散され、会場中に響き渡る。
やはり一国の王女。佇まいは凛としており、風格を感じさせる。彼女を見ているだけで思わず背筋が伸びてしまう。
これがカリスマ。
あの酔っぱらった日の翌朝、顔を赤くしながら「昨晩は失礼を……」と俺に謝っていた姿が嘘のようだった。
『ではご紹介致します。異界より訪れた我らの希望の光、異界の勇士の方々です』
ルルティナ様の紹介により、陽翔たちが姿を現す。
会場中が歓声と拍手で湧き上がった。
陽翔にエイミーさん、ポヨロさんにココさん。
英雄の卵。将来歴史に名を刻むかもしれない4人の戦士が立ち並ぶ。
闇人に対抗する切り札となることを期待して、会場の皆が熱い眼差しで彼らのことをじっと見ていた。
『ご紹介に預かりました。このチームのリーダー、武者小路陽翔です』
異界の勇士を代表して、陽翔が挨拶をする。
『皆様が自分たちの何に期待をしているのか、それははっきりと分かっています。異世界からやって来た時に手に入れられるスペシャルスキル。強力なそのスキルの力に期待を掛けているのでしょう』
しんとした空気の中、彼が喋り続ける。
『しかし、それを分かっていて尚、俺は宣言したいと思います。自分たち4人の価値はスペシャルスキルだけではないと。スペシャルスキルが付いていれば誰だって良かったなんてことはなく、ここに並んでいる4人の個人としての資質をこの旅で証明してみせたいと思います』
「…………」
陽翔の言葉に、観客たちは少し唖然とする。
厳かな式典の挨拶とは思えないようなやや挑戦的な言葉。ギラギラとした陽翔の瞳に、観客たちは小さく息を呑んだ。
『この戦いが終わった後、人類の希望となる異界の勇士が我々4人で良かったと、皆様に言って貰えるような活躍をして見せたいと思っております』
「…………」
『自分は違う世界の平和な国からやって来ました。この世界も自分の国と同じくらい平和になれるよう、俺は俺の役割を精一杯果たしていこうと決意致します』
彼が挨拶を終える。
一拍遅れて、まばらな拍手が鳴り始める。
強気な挨拶に観客の皆が戸惑いを見せていたが、徐々にその拍手は大きくなり、一つの大きな塊となって会場中に響き渡った。
陽翔の挨拶は成功した。
まだまだひよっ子の彼の挑戦を会場中の皆が受け取った。少し生意気ではあるようだけど、意気地なしのポンコツではない様だと皆が感じ始めている。
陽翔たち4人がどれだけのことをやり遂げられるか。
今後、世界は彼らの動向を注視することだろう。
「ハルト、良かったね。挨拶成功したみたいだ」
「そうだな」
隣のクリスと感想を述べる。
まだ拍手は鳴り続けている。その長さは彼らの期待の量を表しているのだろう。
式典のプログラムはまだたくさん残っている。
まだ他の3人の挨拶も残っているし、様々な催し物も行われるようだ。
しかし、陽翔は最初にガツンとかましてやることに成功した。この流れを維持できるのなら、それだけでこの式典は成功を収めるだろう。
大きく膨らんだこの拍手の音が、それを示していた。
――しかしその時、
『だけど、それは叶わぬ願いだろう……』
「……え?」
周囲に重い声が響き渡る。
陽翔の声でもルルティナ様の声でもない。
会場にいる誰の声でもなく、拡声魔法によって響き渡る音とも毛色が違っていて、どこか薄暗く不気味な雰囲気が伝わってくる。
『お前たちは英雄にはなれない。希望の光に至ることは出来ない……』
「な、なんだ? この声?」
「式典の演出……?」
暗く重い声は響き続ける。
会場はざわついていた。
正体不明の不気味な声。主催者側が用意したサプライズだろうと観客の皆は思うけれど、なにやら様子がおかしい。
会場にいる主催者側の人間も戸惑っているように見える。
なんだ、これは?
何か嫌な予感がする。
中央にいる陽翔たち異界の勇士も動揺している。
ルルティナ様は武器を手に取り、身構えている。
『異界の勇士は戦士の卵のまま、それ以上には育たない。それ以上に育つのをじっと待つほど、我らも愚かではない』
「えっ!? 空が……!?」
隣のクリスが驚きの声を上げた。
いや、会場中の人間からどよめきが発せられた。
日中だというのに、空が黒く染まり始めたのだ。
夜の闇とも違う禍々しい黒色が、ある一点から広がっていく。まるで空に黒いインクを零したかのように、闇が空に溢れ出ていた。
観客たちは悲鳴の声を漏らす。
ただ事ではない。これは式典の演出ではない。それをやっと確信する。
『殺してしまおう。芽を摘もう。卵は卵のまま、割って潰してしまおう』
「あ、あれを見ろっ……!?」
誰かが叫び声を上げる。
空が黒く染まり始めるその中央、そこに邪悪な存在が姿を現す。
真っ黒なドラゴン。
体長30mはあるだろう、巨大な竜が空を飛んでいた。
「ひっ、ひぃっ……!?」
周囲を見渡すと、誰も彼もが顔を青ざめていた。
ガタガタと体を震わし、恐怖を顔に張り付けている。どうやらこの世界の人間でも、あのサイズのドラゴンには普通敵わないものらしい。
空に佇むドラゴンを見て、大勢の人間が自分の死を予感してしまう。
「クリス様! レイイチロウ様! フィア様! 私の後ろにっ……!」
「セドリックさん!」
護衛のセドリックさんもあのドラゴンに強い警戒心を向けている。武器を手に取り、完全に戦闘態勢を整えていた。
しかし、どうやらこの場の主役はあのドラゴンではないようだ。
――ドラゴンの背から、幾人もの人間が姿を現した。
「あっ……!? あれはっ!?」
会場の皆が息を呑む。
今まで聞こえてきた重苦しい不気味な声は、ドラゴンの背に乗る人間のものであった。圧倒的な威圧感と共に、会場の人間を見下ろしている。
……この世界の常識が無い俺でも、さっきからの言葉で奴らが何者なのか察することが出来る。
恐らく、奴らは人類の敵とされる存在。
『異界の勇者たちよ、死を覚悟しろ。冒険が始まる前に命が終わる、その不条理を嘆くとよい』
ドラゴンの上の人間が、より一層底冷えのする声を発した。
『我ら八罪将が全力を以て英雄の卵を踏み潰そう』
異界の勇士の式典に、人類の大敵――闇人が姿を現した。
それはさておき、俺は宝剣少女とおいしいものを食べて強くなる 小東のら @kohigashinora
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