54話 自由
ルルティナ様とのバーでの会話は続いていた。
「そういえば、陽翔達『異界の勇士』って実際の所どれほど強いのですか? 彼らがいれば闇人との戦いも割とあっさり勝てたり?」
「あはは、そんな簡単な話じゃないですよ」
陽翔たち、異界の勇士について質問をしてみる。
実際、異界の勇士ってどれほど期待されているんだ?
「確かに異界の勇士の方々はとんでもないポテンシャルを持っております。ステータスの伸びも良いし、才能も素晴らしい。何よりスペシャルスキルが圧倒的です」
「そんなに異世界人のスキルって凄いのですか?」
異界の勇士がとんでもないスキルを持っているというのは知っているが、具体的なことが分からないのでいまいちピンと来ていなかった。
「凄いです。宝剣の持つブレイドスキル……それ以上のスキルと言えるかもしれません。そんなものが4つ。末恐ろしいです」
「そんなにですか」
「こう考えてみて下さい。宝剣同士の戦いが始まったと思ったら、敵は宝剣1本と宝剣と同等のスキルを4つ保有している。つまり、宝剣5本に囲まれて戦いが起こるようなものなのです」
「うわ……」
確かに、そう考えてみると酷い話だ。
全く勝てる気がしない。
「しかし、それでも人類側は劣勢です。……世の中が考えているよりも、ずっと」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
しかし、ルルティナ様の予想は険しいものだった。
「……人類側の最強6人が『六王剣』。そして闇人側の最強の8人が『八罪将』。この14人が戦争の大局を決めると言っても過言ではないでしょう」
「単純に、人類側が2人少ないですよね」
「それも大きな問題点です。数の問題は軽視できません。しかし、それ以上に……」
彼女が俺の目を見て、口を開いた。
「『闇王』の存在が厄介です。人類側に『闇王』に対応する立場の者がいない」
「闇王……?」
聞いたことのない単語が出てきた。
つい首を傾げてしまう。
「あはは、レイイチロウ様は本当に異世界人なんじゃないのですか?」
「……常識が無いことは自覚していますよ」
ルルティナ様に笑われる。
どうやら『闇王』という存在は広く知られている存在のようだった。
「『闇王』はその名の通り、闇人の王です。『八罪将』とか『暗軍』を率いる最高責任者ですね」
「そんな存在がいるのですね」
「世間はこの存在をどこか楽観視しています。六王剣が八罪将を全て倒し、残った戦力を集結させて『闇王』を倒せばそれで人類の勝ちだ、と。でもそんな上手く行くわけないでしょう」
「…………」
劣勢側が自分たちの戦力を楽観視する。
あぁ、それはあらゆる戦争に言えることだなぁ。
「わたくしと同じ考えを持っている人も多くいます。なので、異界の勇士の方々を導くわたくしに課せられた使命は一つです」
「使命?」
「異界の勇士の方々を『闇王』に対抗できる戦力に育て上げる。最低でも『六王剣』の強さまで引き上げる。例え、この命に代えてでも」
「…………」
この命に代えてでも。
その言葉を、彼女はどこか悲しい笑みを浮かべながら語っていた。
「……そういう自己犠牲はつまらないものだと思いますが」
「つまらなくても何でもやるのです。この身は捨て石。異界の勇士の方々の礎という役を、誰かがやらなければ」
「でも貴女は王女様で、『十二烈士』の一人でしょう? 簡単に使い捨てできる存在じゃないはず」
「……わたくしなんて、大した人間ではありませんから」
ガラスの中の酒をじっと見つめながら、ルルティナ様が静かに語った。
「別に、わたくしにそれほどの価値なんてありません。中途半端な人間です。何かを成し遂げられるほどの強さとか、卓越した何かが何もないのです」
「ルルティナ様?」
「そういうものがわたくしにもあれば……わたくしにも何かあれば、なぁ……」
「…………」
彼女の周りには重苦しい空気が漂っていた。
まるで独り言のように、小さなグラスに入った酒だけに視線を向けて言葉を吐き出している。
謙遜とか、そういう雰囲気ではない。
何か、彼女の心の奥底が見えてしまった気がした。
「わたくしはダメなやつですから……」
「…………」
「わたくしがすごい人間であれば良かったのに……なぁ……」
そういえばココさんが言っていた。
ルルティナ様はすぐに自分を貶める。自己評価の低い人間だって。
冗談めいている感じは無く、本気で心の底から自分に対して失望しているかのような様子だった。
何があったのだろうか。
それは彼女の口からは語られない。
「…………」
正直、困る。
俺は口が達者ではないのだ。こういう時、どうやって励ましたらいいのか分からない。
上手に女性を慰められるスキルなど何も持っていないのだ。
もしステータス上に表示されるスキルでそういうものがあったのだとしたら、是非とも取っておきたいスキルではある。
そういうスキル、なんかのモンスターが持ってないかな。
……ないか。
「え、えっと……もしもですよ?」
「……はい?」
何を言ったらいいのか分からなかったので、俺は話を少しずらす。
「もし俺が、実は本当に異世界から召喚されたもう一人のメンバーだとして、嘘を付いてその責務から逃げまくっているのだとしたら、ルルティナ様は激怒なさいますか?」
「…………」
「…………」
いや、その話題はどうなのか、俺。
取り敢えず何か言ってみたが、やはり自分の口下手さが恨めしい。
彼女だって、どう反応したらいいか分からないだろう。
「……ふふっ」
しかしその予想に反して、彼女は小さく笑った。
「なんですか、その仮定? レイイチロウ様は異世界人ではないのでしょう?」
「も、もちろん違いますが……」
「レイイチロウ様は自由でいいのですよ」
大人びた余裕のある態度で、ルルティナ様は語る。
「貴方が例え異世界人で、嘘を付いて逃げているのだとしても、貴方には何の責任もありませんよ。もちろん、ハルト様達にだって責任はありません」
「そう、ですか?」
「貴方たちは自由でいいのです。自由で……ただ人生を楽しんで、笑って、幸せになって……それでいいのです」
「…………」
「それでいいのですよ」
彼女が酒をくいと呷る。
「戦いになんか参加しなくていいじゃないですか。ただ自由で、幸せであれば……」
「…………」
ルルティナ様に倣って、俺も酒をぐっと呑み込む。
彼女の言葉を聞いて、俺も言いたいことが出来た。
「じゃあ、貴女も自由でいいじゃないですか」
「……え?」
喉を通った強い酒が、少しだけ俺を熱くさせる。
「捨て石になんてなる必要ないでしょう。俺達が自由であるように、貴女だって自由のはずだ」
「わたくしが……自由……?」
「別に闇人に負けて人類が滅んだところで、貴女にだって何の責任もない。それは人類の全ての人間が負うべき責だ」
「…………」
「だから貴女だって自由で幸せになっていいのでしょう」
責任の無い立場から好き勝手を言う。
彼女の抱えているものが何なのかよく分かってない。王女の地位がどれほど重いのか全く分からない。
少し酔っぱらったバカのまま、ただ言葉をペラペラと並べていた。
「だから捨て石とか礎とか、そんなダサいことは言わないで、もっと楽に……、……っ!?」
そこまで言って、ぎょっとした。
「…………」
「ル、ルルティナ様……?」
――彼女は泣いていた。
瞳を大きく見開いて、驚きの感情を露わにしながら、大粒の涙がぽろりぽろりと零れ落ちていた。
「わたくしが……わたくしが、自由……?」
「え、えっと……」
「自由……? 自由? わたくしが……?」
表情は呆けている。
何か、自分にとって予想外のことを言われたかのようにきょとんとしながら、ただ大粒の涙だけがとめどなく溢れ出ていた。
「うっ……うぅ……」
「げっ」
やがて、彼女の顔がくしゃりと歪み始める。
口が震えながらぎゅっと閉じられ、涙を零しながら瞳が細められていく。
な、なんだ?
別に俺は大したことは言っていない。ごくありふれた普通のことを言っただけなのに……?
なんでここまでの反応をされるんだ?
「バ、バーテンダーさん……ハ、ハンカチかなにかを彼女に……」
「……レイイチロウ様」
「……っ!?」
その時だった。
彼女が俺にもたれ掛かってきた。
涙を流すその顔を隠すかのように、彼女の頭が俺の胸に埋まる。小さな手できゅっと俺の服を掴み、彼女は俺の体へとしな垂れ掛かる。
「……あ、貴方は悪い人です」
「ル、ルルティナ様?」
「貴方はそうやって……ダメなわたくしを甘やかす……」
な、なんなんだ?
どうしてこうなっている……?
彼女の事情なんて何も知らない俺がただ無責任に適当言っていただけなのに、なんでこんなことになっているんだ?
なにが彼女の琴線に触れたんだ?
「……酔っぱらってしまったんです」
「え……?」
「これはただ、酔っぱらってしまっただけなんです」
彼女は俺の胸で顔を隠しながら、言い訳染みたことを口にする。
「貴方が悪いのです……貴方が強いお酒ばかり飲むから……その付き合いで……」
「…………」
「わたくしは……酔っぱらってしまったんです……」
俺は何も言えなかった。
そうして彼女は俺にもたれ掛かったまま、声も上げず静かに涙を零していた。
暫くの間そうしていた。
バーのどこかでからんと氷の鳴る音を聞きながら、静かにただそうしていた。
そして、夜更け。
「うぇへへ~、うへぇ~~~」
「くっ、この酔っ払いめ……」
あれからルルティナ様は本格的に酔っぱらってしまった。
俺の背中にぎゅっとしがみ付きながら、半ば意識が飛んでしまっている。
俺は彼女を背負い、ホテルの部屋へと運んでいた。
「すみません、酔っ払いをお届けに参りました」
「おや、レイイチロウ君。それにルルティナ様?」
女子の部屋をノックすると、出てきたのはココさんであった。
そういえば彼女も陽翔たちのホテル探索チームには加わっていなかったな。
「どうしたんだ、ルルティナ様は? レイイチロウ君と一緒にいたのか?」
「バーで呑んでいたら、こんな風に」
「それはご苦労様だな」
部屋の中に入り、ルルティナ様をベッドの上に横たわらせようとする。
が、彼女がしがみ付いて俺から離れようとしない。
なんだこの酔っ払い。
「ルルティナ様、ルルティナ様。離れて下さい」
「やぁ~~~」
目はとろんと蕩けていて、表情のどこにも力が入っていないというのに、俺にしがみ付く力がとんでもないほどに強い。
俺の全力でも引っ張り剥がせない。
何だこの馬鹿力。
くっ……これが十二烈士の実力か……。
「少し見ない内に随分懐かれたものだな、レイイチロウ君は」
「俺にも何が何だか……」
「こんな酔っぱらったルルティナ様の姿、私は見たことないぞ?」
ココさんが苦笑する。
何だっていうんだ、ほんと。
「ルルティナ様、ベッドです。大人しく寝て下さい」
「ベッド……ぽっ……」
彼女は頬を赤らめ、両手で自分の頬を包み込む。
何言ってんだ、こいつ。
「ふんっ」
「ぐぇっ!?」
両手が離れた機会を活かし、俺は彼女の腕を掴んで、一本背負いの要領でベッドの上に放り投げる。
ルルティナ様の口からカエルが潰れた時のような声が漏れた。
『【零一郎】
Skill《一本背負い》を習得しました』
『【零一郎】 Skill《一本背負い》発動』
メッセージウインドウがうるさかった。
「じゃあ、俺はこの辺で」
「お疲れ様、レイイチロウ君」
「今後、彼女の酒には注意しておいてください」
「あぁ、教訓にするとしよう」
「うぅ~~~」
ココさんに見送られながら、俺はそそくさと部屋を後にする。
なんかよく分からない一日だった。
真面目だと思っていたルルティナ姫でさえ、ちょっと変な人だった。
これだと『異界の勇士』チーム、ココさん以外全員変な人ということになってしまう。
「……わけがわからん」
夜の空気の冷たさを感じながら、俺はホテルの自分の部屋へと戻るのであった。
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