53話 バーにて、お姫様と

「ホテルの中探検しようぜ!」


 そんなことを陽翔が言い出したらしい。


 ここは王都の一流ホテルの中。

 俺はそこで異界の勇士の面々にラーメンを作らされたわけだが、このホテルは豪華絢爛、建物も大きく、サービスも多岐に渡る。


 ホテルの中を探索したいという気持ちも分からなくはない。


 陽翔にポヨロさんがノリノリで、エイミーさんが「あたしが見張ってないとダメね!」と言いながら付いて行くらしい。

 フィアも参加するようで、クリスがこの集団の引率役を務めるようだ。彼はこのホテルに何度も泊まったことがあるらしい。


 流石は貴族の坊ちゃんだ。


 もちろん俺も誘われたのだが、


「いや、俺はいいや」

「レイは相変わらずお堅いなぁ」

「なんとなくそうとは思っていたけど、あんたはノリが悪いわね!」

「ん、レーイチローはお堅くてノリが悪い」

「ノリが悪いっ!」

「…………」


 散々な言われようだった。


 陽気な一団が出発して、俺は一人部屋の中でゆっくりと本を読んでいた。

 だけどホテルの案内図をふと見ると、この建物の中にバーがあることに気付く。


 酒か。そういえばこの世界に来てからあまり呑む機会がなかった。

 たまにはありかもしれないな。


 俺はふらりとバーへと足を運んだ。


 雰囲気のあるバーのカウンターに座る。

 照明は抑えられており、ラックに並べられた大量の酒瓶がその淡い光を反射して輝いていた。


 きちんと身なりの整ったバーテンダーに強い酒を注文する。

 喉に辛い熱さが通り過ぎていく。全身に染み渡っていく淡い酔いの感覚を楽しむ。


 そんな風に俺は一人で、無言のままちびちび強めの酒を味わっていた。


「ん?」


 そんな時、頼んでいない酒をバーテンダーが俺の前に置いた。


「あちらのお客様からです」

「は?」


 バーテンダーが左手の方を指し示し、そちらの方を向く。

 そこにいたのは少し意外な人物だった。


 ルルティナ姫様だ。


 俺から少し離れた場所の席に、彼女が一人で座っていた。

 にこやかに微笑みながらこちらに手を振っている。


 俺は今貰った酒を手に持って、ルルティナ様の方へと近寄った。


「……何しているのですか? ルルティナ様?」

「一度やってみたかったのです。あちらのお客様からっていうの」

「……俺も初めてですよ、こういうの」


 意外とお茶目な人だった。


「隣失礼します」

「どうぞどうぞ。では乾杯」

「乾杯」


 ガラスで出来た高級のグラスをぶつけ合い、キンと高い音が鳴る。

 地球では聞き慣れた音だけど、透明のガラスを使えるところはそう多くないのだろうな、この世界では。


「ルルティナ様はホテル探検組の方には加わらなかったのですね」

「あはは、わたくしはもう何度も泊まっておりますので」

「ここに来ているってことは、お酒好きなのですか?」

「特段好きというわけでもないですが、このバーのお酒は美味しいので、また嗜みに来ました」


 確かに美味い。

 安酒しか呑んでこなかった、と思われる俺にとっては上質過ぎる酒だった。


「……でもここで貴方にお会いできたのは嬉しく思います」

「俺に会えて、ですか?」


 彼女が意味深なことを言って、くすりと笑う。

 ちょっとだけ緊張してしまう。


 ルルティナ様はとても魅力的な女性だ。

 整った容姿に、楚々とした佇まい。今はバーの中の暖色の照明が彼女の水色の髪を照らし、幻想的な雰囲気すら醸し出している。


 今はお酒の酔いで頬がほんのりと赤く染まっている。


 彼女はにこっと笑って、口を開いた。


「貴方をもう少し尋問したいと思っていましたから。謎多い貴方を」

「……あぁ」


 会えたのが嬉しいって、そういうことか。

 俺は酒をくいと喉に流し込んだ。


「……さっきも言いましたが、ほとんど黙秘させて貰いますよ」

「スペシャルスキル、本当に持っていないのですか? そのスペシャルスキルのおかげで第20層のボスを倒せたわけではなく?」

「持っていません、そもそも異世界人ではないので」


 スペシャルスキルとは、異界の勇士たちが持っている特別強力なスキルのことらしい。


 ……なんで持ってないんだ、俺。

 彼らの言う『異界の勇士の最後の一人』ではなくても、同じく異世界から来たのだから持っていてもおかしくないだろ。


 それがあれば今の状況もっと楽だったはずなのに。


「『エンジンテンラ』、本当に持ってないのですか?」

「……エンジ……え?」


 その時、ルルティナ様が聞き慣れない言葉を口にする。

 内容からしてスペシャルスキルの一つか?


 思わずきょとんとしてしまう。


「……その様子だと本当に知らないようですね。なんだろう、わたくしの予想が外れているなぁ」

「……異世界人ではないので」


 ルルティナ様は俺の反応を探っていたらしく、彼女の瞳が俺のことを凝視していた。


 危ない危ない、本当に知らなかったから良かったものの、もし知っていたら反応してしまっていたかもしれなかった。


「そういうわけで、俺は異世界人ではありませんし、その他の事情はほとんど喋れません。ご容赦頂けたらありがたいです」

「……それ」

「それ?」

「敬語。なんとかなりませんか?」


 俺の敬語口調をルルティナ様が指摘する。


「素の喋り方はフィア様やハルト様と話している様な感じでしょう? わたくしにもそれでいいですから」

「……俺の敬語、行く先々で評判悪いんですよね」

「あはは、どうしても距離を感じてしまいますから。貴方のお堅い感じと相まってですね」


 彼女がおかしそうにくすくすと笑う。

 俺は酒をくいと喉に流し込んだ。


「ルルティナ様だって敬語ではないですか」

「わたくしは普段から素でこうなのです。でも、レイイチロウ様は違うでしょう? フィア様やクリス様と喋っている時が素という感じがします」

「俺ってそんなに分かり易いですかね……」


 大体、出会ってすぐにこのことを指摘される。

 俺ってば、浅い人間。


「でもルルティナ様にため口はできません。貴女はこの国の王女様なのでしょう? 不敬なことは出来ません」

「えー、ダメですか?」

「ダメです」

「クリス様だって身分高いじゃないですか。それなのに気安い感じじゃないですか」

「……あいつは、なんていうか、別にいいかなって」


 クリスの身分が思っていたより高いことに気付いた時は、もう今のような感じになっていた。

 初日に女装告白されたのが悪いんだな。全てそれが悪い。


「本当に困ったお人です」

「それは俺のセリフですよ」


 ルルティナ様がくすくすと小さく笑う。

 俺達は二人で強いお酒を楽しんだ。


 バーでの会話は続く。

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