37話 異界の勇士

「カマキリそっち行ったぞー!」

「ガード! ガード!」

「後ろからアターック……!」


 広い草原の中で、子供たちの元気な声が響き渡る。

 カマキリのモンスターを四人で囲い、集団で攻撃をしていく。


 若々しいレベル上げの光景だ。

 その様子を見守りながら、俺はとある男性と並んで草原の上に座っていた。


「…………」

「…………」


 少し気まずい沈黙が流れている。

 これは、何を話したらいいか分からず迷っている、というような感じだった。


 俺の隣に黒髪爽やか系のイケメンが座っている。

 彼の名前はムシャノコウジ……いや、多分『武者小路』という漢字で合っているだろう。『武者小路陽翔』という名前らしい。


 日本人っぽい顔付きに、明らかに日本人っぽい名前。

 何か奇妙な顔合わせが起こっていた。


「えぇっと……武者小路さんのご出身はどちらで?」


 黙りこくったままでは話が進まないので、こっちから話題を切り出していく。


 いきなり核心を付いてしまう。話題の切り出し方下手くそか、と自分でも思うものの、さりげなく物を尋ねるという話術スキルが俺にはなかった。


「えっと……信じて貰えないかもしれないんだけどさ……」


 武者小路さんが頬をぽりぽりと掻きながら、ゆっくりと口を開く。

 話題を逸らすようなことはしないらしい。どうやら彼にとっても望むところの話題のようだ。


「異界の勇士の召喚……って話題、知ってるかい?」

「異界の勇士? ……フィア、知ってるか?」

「んーん」


 逆隣りに座っているフィアに話題を振ると、彼女は横に首を振った。


 しかし、異界の勇士の召喚……。

 字面からして、なんだか嫌な予感がビンビンとした。


「まぁ、まだ知っているのはごく一部の人だけらしいからね」


 武者小路さんが苦笑する。

 そしてぽつりぽつりと説明が始まった。


「信じられないかもしれないけど、俺はこの世界の人間じゃないんだ。地球って星の、日本っていう国から来たんだ」

「…………」


 やっぱり日本人か! と思ったが、口には出さない。

 状況を見守る。


「とある古代文明の魔女が遺したとされる魔法陣が最近発動したみたいでね、俺ともう三人の異世界人がこの世界に召喚されてしまったんだ。とんでもない話だろ?」

「……とんでもない話ですね」

「それでさ、召喚されて間もなく俺たちはおっかないモンスターに襲われてね、もうダメかって思ったところでこの国の王族の人間に助けて貰ったんだ。それ以来、この国に身を寄せている」

「ふ、ふぅん……異世界人、ねぇ……?」


 フィアの声が震えている。

 なるほど、俺は武者小路さんの顔を見てすぐに事の重大さを感じ取っていたが、フィアに日本人の顔なんて分からない。


 ここでやっと彼女も現状を把握し始めていた。


「異世界から召喚された人間には、特別で強力なスキルが身に付くんだってさ」

「特別なスキル?」

「そう。そのスペシャルスキルを活かして『宝剣祭』を勝ち抜いて欲しいって、この国のお姫様から頼まれちゃってさ。強制じゃないらしいんだけどさ」


 ちょっと待て。

 なんだその特別なスキルって。俺、そんなもの持ってないんだが?


 そこまで説明して、武者小路さんがおもむろに立ち上がった。


「でも、俺はその『宝剣祭』に参加しようと思うんだ」

「…………」

「俺の世界の俺の国はさ、この世界と比べたら平和でのほほんとした場所でさ。平和の味を知っているからなのかな。悪い奴が悪い世界を作ろうとするのが、許せないんだ」


 そう語る彼の瞳は純粋過ぎるほどきらきらと輝いていた。

 幼いほど素直で、若過ぎるほど熱意に溢れている。


 まぁ、悪い奴ではなかった。


「……自分が異世界人なんてそんな大事な話、見ず知らずの俺に話しても良かったのですか?」

「そう。そこなんだよ、問題は……」


 俺は迂闊な話をする彼を少し諫めるようなことを言ったが、それに対して武者小路さんはぐいと俺に顔を近付けて来た。


「その顔、その名前……零一郎も地球の日本人なんじゃないかな……?」

「…………」


 核心の話題になり、俺の額から汗が垂れる。


「古代文明の預言書では、異世界から召喚されるのは五人という話だったみたいだ。だけど、召喚された俺たちは四人だった。もう一人はどうなったのか? ただ単に預言書が間違っていたのか、それとも誤動作で四人しか召喚されなかったのか……」

「…………」

「それとも、一人だけ全く別の場所に飛ばされてしまったのか……」


 なんだその話は?

異世界から召喚されるのは五人で、一人足りていない状況だった?


 横目でちらりとフィアを見る。

 だが、彼女も寝耳に水のようだ。突然の話に目を丸くしている。


「ねぇ……」


 武者小路さんがじっと俺を見る。


「零一郎は、異世界から来た最後の一人かい?」

「…………」


 そこで、俺の頭の中では打算が働いた。


 俺も地球から来た異世界人だ、と答えたらどうなるか。

 当然、じゃあ君も異界の勇士だったのだねとなり、この国のお姫様とやらのもとに連れていかれるだろう。


 そして、あなたも仲間と一緒に『宝剣祭』を戦ってください、となる。

 なるに決まっている。


 違うんだ。

 俺はその『宝剣祭』から逃れたいと思っているのだ。

 今でもフィアの宝剣を誰かに譲ることを諦めていないのだ。


 俺はどこにでもいるような一般人なのだ。

 すぐにでも替えが効くような凡人に、世界の命運なんかを握らせないで欲しい。


 ……異世界人が持っている『スペシャルスキル』っていうのも、俺持っていないし。


「ち、違う……」

「…………」


 だから俺の口からは否定の言葉が飛び出てくる。


「い、異世界とか、全然分からない。全く心当たりがない」

「……本当に?」

「もちろんっ……!」


 上擦った声で、そう返事をする。

 武者小路さんの眉に皺が寄った。


「……日本とか、アメリカとかって国に聞き覚えはある?」

「知らないなー! 全然、全く、これっぽっちも知らないなー……!」

「えーっと?」


 彼が小さく首を傾げる。

 当てが外れた、みたいな顔をしていた。


「えぇっと……零一郎は本当に……」

「なぁ、フィア! 俺たちずーっと一緒に冒険をしてたもんなぁ! 異世界とか、何が何だか分からないよなー!」

「ん、んー……?」

「そうだよなー! フィアー!?」

「ん、うん……」


 フィアを巻き込んでごり押す。

 武者小路さんは半信半疑、といったような顔をしている。


 そこに、俺にとっての救世主が現れた。


「よー、低レベルのお二人さん。なに? 休憩中?」


 現れたのは赤髪ポニーテールの少女。

 子供達から『ブリジッタ』と呼ばれる女性であった。ここに来ている子供たちの監督役なのだと思う。


「え、えぇっと……」

「アンタがレーイチローってやつで、アンタがハルトでいいんだよな? アタシはブリジッタ。そこのクソガキ共の保護者役。ガキ共からアンタの話は聞いてるよ」

「あ、うん。俺の名前は武者小路陽翔。よろしく、ブリジッタ」

「俺は零一郎と申します。どうぞよろしくお願い致します」

「ん、私はフィア。よろしく」

「おーおー、よろしく。ガキどもの相手してくれてありがとな」


 ブリジッタさんがにかっと笑う。


 彼女の登場で話の流れが変わった。

 ありがたい、助かる。


「なに? アンタたち三人知り合いだったの?」

「いや、別に。俺はこの二人とは初対面だけど?」

「その割にゃ、仲良さそうだったけどね?」


 ブリジッタさんの言葉に俺は首をかしげる。

 そう見えていたのだろうか?


「……って、あれ?」


 そこで、ブリジッタさんが何かに気付いたように小さな声を上げた。


 彼女は子供たちの戦っている光景の方に顔を向けている。

 今、子供たちは六人がかりでスライム二体と戦っていた。


「……コルダとバッヂはどこ行った?」

「ん?」


子供の動向を把握しきれていないのか?

 彼女のその言葉に、武者小路さんが小さく手を挙げる。


「あ、さっき、子供たちが数人あっちの林の中に入っていたよ?」

「あっ! あのバカども! 目が届かなくなるから林の中には入るなって言ったのに!?」


 彼女が慌てた声を出す。

 そうか、言われてみれば道理だ。俺も武者小路さんと会った時、林の中で子供を数人見掛けていたから、その時に気付くべきだった。


「教えてくれてサンキュ! アタシ、そっち行ってみるわ!」


 彼女がそう言った――まさにその時だった。


「う、うわああああぁぁぁぁぁっ……!?」

「……っ!」

「……!?」


 林の中から、小さな男の子の叫び声が聞こえてきたのだった。

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