36話 零一郎、子供にイジメられる

 広い空。

 穏やかな草原。


 ぽかぽかとした陽気が体を包み込む。

 気分はまるでピクニック。心地よい風を浴びながら、草原の緑が微かに揺れる音を感じ取る。


 そんな中で俺は……、


「ねーねー、兄ちゃん、なんでこんな低いレベルのモンスターが出る場所にいるの?」

「そんなにでっけーのにまだレベル低いの!? ダッセー!」

「…………」


 俺はクソガキ共に囲まれていた。


 ここはダンジョンの5層。その草原地帯。

 俺はレベル上げのため、この場所に来ていた。


 どうやらこの場所は低レベルの冒険者にとって、良い狩場となっているらしい。

 クリスや迷宮ギルドから情報を仕入れ、ダンジョンをサクサクと進み、この草原地帯へとやってくる。


 だがそこに待っていたのはクソガキ共であった。


「兄ちゃんっていくつだぁ?」

「……記憶はないが、多分20歳くらいだろう」

「その年でまだこんな低い階をウロウロしてんの!? ヨエー! ダッセー!」

「…………」


 10歳くらいの子供に寄ってたかられ、服を引っ張られたりする。


 そうである。

 ここはダンジョンの5層。一般的に低層と呼ばれる場所だ。


 そこでレベル上げをするのはまだ年端もいかない子供。それがこの世界の常識のようだった。


 俺の今のレベルは5。

 少なくとも、俺のような年の人間はもっと高いレベルになっているのが一般的のようである。


「ん、事情が事情なだけに仕方ないよ、レーイチロー。元気出して」

「……ありがとう。だけど頭を撫でて子ども扱いするのはやめてくれ、フィア」


 隣にいるフィアに慰められる。


「ギャハハ! 兄ちゃん、女の子にいい子いい子されてんの! ダッセー! ダッセー!」

「キャハハハハ……!」


 元気でやかましい少年少女に精一杯馬鹿にされた。


 空には燦燦と太陽が輝いている。

 面白いことに、この世界でのダンジョンというのは一層毎に空間が断絶しているらしい。


 一層分のゴール毎に『転移宝玉』というものが存在しているらしく、それを利用してダンジョンの次の層へと転移する。


 だから、ダンジョンの一層一層毎に空があるし太陽が輝く。

 場合によっては広大な海が存在することもあるし、どこまでも続く砂漠が広がっていることもあるらしい。


 狭くて暗い洞窟の中を下へ下へと潜っていく、というような地球でイメージしていたようなダンジョンとは少し違うらしい。


 ここは草原のダンジョン。

 古都都市の中から直接転移できるダンジョンであり、都市の人間にとって人気のダンジョンらしい。

 ……人気のダンジョン、って言い方がもう既に俺からすると違和感を覚えるが。


 ちなみにバックスに叩き折られた足の骨は二日で治った。

 治癒魔法を使って全治まで五日掛かると聞いていたが、二日で治り、クリスとフィアに驚かれた。


 やはり俺の体は人よりも頑丈らしい。


「兄ちゃん、そっち! そっち、カマキリ行った!」

「分かっている……よっと」


 子供たちと仲良くモンスターを狩る。

 一メートルほどある大きなカマキリの魔物を軽くやっつけていく。


 うーむ、楽。

 適当に剣を振っているだけで簡単に魔物を倒すことが出来る。


 やはり自分のレベルに合った敵と戦うっていうのはとても大事だな。

 今まで俺はLv.1の状態でLv.8の大きなヘビと戦ったり、Lv.5でLv.23のバックスと戦ったりと、なんでか格上ばかりと戦っている。


 別に好き好んで苦労がしたいわけではないのである。

 一回一回戦うごとに命の危険を感じる日々の生活は御免である。


『ブレイドカマキリを倒した。

 Base Point 3 を獲得した。』


 しかし楽に倒せる分、得られる経験値が低かった。

 やはり、ある程度の苦労や経験を積まないとベースポイントは多くならないもののようだ。


「貰えるベースポイントが低いな」

「んん、いや、普通こんなものだから。格上狩りばかりしていた今までがおかしかったんだから」


 フィアがぶんぶんと手を振る。

 彼女やクリスが言うには、レベルを一つ上げるのに普通は数か月ほどかかるものらしい。もっとレベルが上の人達は、それこそ一年以上掛かったりもするらしい。


 低レベルの時はレベル上げに必要なベースポイントが低いとは言うが、それでもこの前のように、二日でLv.1からLv.5にするのはおかしなことのようだ。


 そういうわけで、子供に囲まれながらコツコツとモンスターを狩っていく。

 カマキリにウサギ、スライムなどを倒していく。


 そうしていると、一人の女性の声が響いてきた。


「おーい! お前らー! そろそろ休憩にするぞー! 昼飯だー!」

「あ、姉ちゃん!」

「ブリジッタ姉ちゃん!」


 周りにいた子供たちがその女性のもとへと駆け寄っていく。

 ブリジッタと呼ばれたその女性は、子供たちの引率役のようだった。


「ねーちゃん! ねーちゃん! 昼飯なにっ!?」

「ブリジッタお姉ちゃん! 私もう三体もモンスターをやっつけたよ!」

「うるせー! そこに座れーっ!」


 その女性は赤い髪をポニーテールにしていた。

 凛とした目をしていて、活発そうな印象を受ける。


 年は18ほど。

子供たちの母親役をするには、流石にまだ早過ぎる感じだ。


「ねーねー、ブリジッタ姉ちゃん。見てよあっち。あの兄ちゃん、あんなにでっけーのに、まだこんな場所でレベル上げしてるんだぜ?」

「知ってる。ずっと見てたよ」


 早速ガキ共が俺の陰口を叩く。いや、聞こえてるから陰口でもなんでもないが。


「ダセーよなぁ! あんな年上でまだ低レベルなんて! オレ絶対あんな風にはならねぇ!」

「こら、レベル差別やめんか、馬鹿。そういうの良くないからな」

「あでっ!?」


 ブリジッタさんが子供に軽く拳骨を落とす。

 中々しっかりとした女性のようだ。


 ……と、思っていたのだが、


「……でも確かにちょいダセーわな」

「だろぉ!?」

「…………」


 彼女が俺の方を見て、小さくプッと笑う。

 やはりバカにされていた。


「そこのお前ぇっ!」

「な、なんでしょう!?」


 ブリジッタさんが少し遠い場所から大きな声で呼びかけてくる。

 俺も少し声を張り上げて返事をする。


「ガキどもが世話になったぁ!」

「……別に大したことやってませんよ!」

「よかったら、午後も相手してやってくれぇ! 頼むぅ!」

「…………」


 そう言って、彼女たちは飯を食いにこの場を離れた。


 ……あれ?

 午後も俺、ガキどもの面倒を見なきゃいけないの?




 俺たちも昼飯を済まし、レベル上げを再開する。


「ふんっ」

「やぁっ……!」

「キイイィィィッ!」


 カマキリの断末魔が響き渡り、俺たちは順調に狩りを続けていく。


 フィアも剣を振るっている。

 別に戦闘に参加しなくていいとは言っているのだが、一人見ているだけってのは嫌ということで、彼女も戦闘に加わっていた。


 ちなみに宝剣は使用していない。普通の剣を使っている。

 周囲に宝剣の存在を喧伝する必要なんかない。あの剣を使うのは特別な時だけである。


「ここ、たくさんモンスター出るね。迷宮ギルドおすすめの狩り場っていうのも納得できる」

「確かに。遺跡の森よりも魔物と遭遇しやすいな」


 フィアが汗を拭いながらそう言う。

 もう既に七体ほどの魔物を狩った。遺跡の森の一日以上の成果だ。


 この草原はカマキリのモンスターが多いようで、半分近くの成果がこいつだった。


「……レーイチロー? 帰ったら、このカマキリ食べるの?」

「やめてくれ……、折角考えないようにしていたんだ」

「ごめん」


 家に帰った後、俺は大変な目に合うことが確定している。

 これらのカマキリを食べなければいけないのだ。なんなら今日の戦闘よりもずっと気合いの要ることだろう。


 ……とりあえず、クリスの奴を呼んで道連れにしてやろう。

 そうしよう。


「だっせー! 兄ちゃん、だっせー!」

「その年でまだこんな低レベルのモンスター狩ってるんだー!」

「ん……?」


 少し遠くから、またクソガキ共の大きな声が聞こえてくる。

 また俺へのイジメかな、と思ったけど、どうやら違う。俺の近くに子供たちはいない。


子供たちは別の人をからかっているようだ。


「なんだなんだ?」


 俺以外に、俺と同じようなからかわれ方をする人間がいる?

 なんとなく興味が出たので、そっちの方に近寄ってみる。


 草原地帯の一部にある、林になっている場所の中へと少し入ったところ。


 そこに、その男はいた。


「にーちゃん、にーちゃん! そんな年上なのに低レベルで恥ずかしくねーの!?」

「痛い痛い、引っ張らないでくれよ」


 その男性は子供たちに腕や服を引っ張られ、揉みくちゃにされていた。


 黒髪短髪の爽やかなイケメン。

 すらっとした細身で、容姿はとても整っている。年は17頃だろうか。


 俺は少しの驚きを覚える。

 彼がとんでもない美青年であったことに、ではない。


 男性のその顔は、まるで地球の日本人かのようだったからだ。


「あれ?」

「ん?」


 男性が俺の存在に気付き、こちらに顔を向ける。

 彼と俺の目が合った。


「あっ! 低レベルにーちゃん一号だ!」

「見て見て! 兄ちゃん一号! 低レベル兄ちゃん二号見つけたぁ……!」


 子供たちが無邪気な毒をまき散らしながら、その男性の手を引いて俺の方へと近づいてくる。


「ははは、えっと……」

「その……」


 爽やかイケメンの男性は少し困っている。

 もしかしたら俺と同じことを考えているのかもしれない。


 彼はなんだか日本人とよく似ている。


「えぇと……とりあえず自己紹介を……」


 小さな咳払いを一つして、男性が口を開く。


「俺の名前は武者小路むしゃのこうじ陽翔はるとっていうんだ。よろしくな」

「……零一郎と申します。どうぞよろしくお願い致します」


 ……明らかに日本人っぽい名前に、日本人っぽい顔。


 俺たちは緊張をはらんだまま、握手を交わすのだった。

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