35話 ささやかな祝勝会

「それじゃ! かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「……乾杯」


 ワインの入ったグラスを軽くぶつけ合い、キンという甲高い音を鳴らす。

 テーブルには様々な料理が並べられている。肉料理、魚料理、サラダ……幅広い様々なメニューが取り放題となっていた。


「んまいんまい!」

「フィアは相変わらず旨そうに食べるな」


 バックスを倒してから、次の日。

 俺達は少ない人数でささやかな祝勝会を上げていた。


「いやー! 大金星! Lv.5がLv.20越えを完膚なきまでに叩きのめすなんて! ここまでの下克上は中々聞いた事が無いよっ……!」


 プハーっとワインを呷り、気分良さげに声を出すクリス。

 フィアももしゃもしゃと魚料理を頬張っている。


「しかも相手はあのいけ好かないバックス先輩! いやー、勝った時は最高に気持ち良かったね! 僕はほとんど何もやってないけど!」

「ん、分かる。スカッとした」

「あ、フィア、その鳥料理取ってくれ」

「ん」


 今、俺は足の骨が折れている状態だ。バックスのローキックによって折られていた。


 地球だったら全治一ヶ月以上かかるだろうが、この世界ではそうではないらしい。

 治癒魔法があるのだ。

 骨折治癒の魔法をちゃんとかけ続ければ、五日ほどで完治するらしい。


 魔法、凄い。


「でもほんと、ありがとねー、レーイチロー君。バックス君は実力あるけど素行悪かったから、迷宮ギルドとしても扱いに困ってたのー。宝剣祭で敗北したのだから、もう大きい顔できないわー」

「ノエルさん……」


 クリスの姉で、迷宮ギルドの受付であるノエルさんもこの祝勝会に参加していた。


 ノエルさんはバックスに付き纏われていたから、奴が失脚するのは個人的にもありがたいだろう。


「いや、本当にありがとう、レイイチロウ君! あの男はノエルを狙っていたからな。いつか自分が決着を付けなければならないと思っていたが……いやほんと、ありがとう!」

「クラウディオさん。いえ、別に……」


 とある一人の男性が俺の手を熱く握る。


 この人はクラウディオさんという。

 前にちょっと話にあった、ノエルさんの婚約者らしい。今日初めて会った人だが、この祝勝会に参加していた。


 というのも、テーブルの上に並んでいる高級な料理やワインはこの人のポケットマネーから出ているのだ。

 俺達にお礼がしたかったらしいのだが……。


「全く! 普通、婚約者がいるノエルにアプローチをかける奴がいるだろうか!? しかも奴は略奪愛とかなんとか叫んでいたらしいじゃないか! ずっと俺がケジメをつけなければいけないと思っていた……!」

「ダメよー、クラウディオ君ー。あなた宝剣を持っていないし、普通にあいつには勝てないってー」

「ぐはーっ……!」


 婚約者のノエルさんから勝てない指摘をされて、クラウディオさんが呻き声を上げながら机に突っ伏す。

 そりゃ、男としてのプライドに深い傷を負うだろう。


「そ、そういうわけで……バックスを倒した君には多大な恩があるのだ。何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。ロイドノスティン家が全力で力になろう……」

「はぁ……」


 彼がテーブルから顔を上げながら、俺にそう言う。

 新しい後ろ盾が貰えるのは、純粋にありがたい。


「困ってることなら、今まさにあるでしょ?」

「フィア?」

「家。あの家」

「あー……」


 実は今、この祝勝会が行われている場所は、俺が最初に目を覚ました遺跡の中なのである。

 遺跡調査の先遣隊が拠点として整えた場所を利用して、祝勝会のパーティーを行っている。


 というのも、俺達のあの一軒家は今派手にぶっ壊れている。


 一階にはアリジゴクの大穴が空き、その上の二階の床にも大穴だ。

俺が背をぶつけてひび割れた壁もあるし、罠として放ったボーガンの中には明後日の方向に飛んで行ったのもあって、壁に矢が刺さっている。


 落ち着いて暮らせる環境にない。

 だから今俺達はこの遺跡へと出戻りしていた。


「バックスのせいであの家壊れた……」

「いや、壊れるよう仕掛けたのは俺達だぞ? フィア?」


 そんなことまでバックスに責任を負わせたら可哀想である。


「修理すればいいじゃん?」

「修理する金が無いんだよ……」

「あー……」


 運良くアデルさんから家は借りれたが、それを修理する金が無い。あの破損を直すのは結構な金額が掛かる。

 バックスとの戦いに勝ったが、得たものは敵の宝剣の能力とクラウンポイントだけであった。


 金はびた一文も入って来ていない。


「宝剣同士の戦いって、儲からないな……」

「賠償金が欲しかった……」

「き、君達ねぇ……」


 なんとも世知辛い世の中だった。


「そ、それなら、その家の修理代は俺が出そう。そのくらいお安い御用だ!」

「クラウディオさんっ……!」


 クラウディオさんが自分の胸をドンと叩きながら、お金を出してくれると言う。

 彼が天使に見えた。


「でも今日明日直るってわけではないからな?」

「それはそうですよね……」


 またしばらく遺跡暮らしとなりそうだった。

 あの街で宿を取ってもいいが、また誰かに奇襲されたらたまらない。今俺は足が折れているのだ。


 それならごく少数の人しか知らないこの遺跡の中で暮らす方が安全かもしれなかった。


「先遣隊の人達が持って来た備品とかは好きに使っていいって、カロリーナお母様から聞いてるからー。ベッドとか好きに使ってー?」

「お気遣い痛み入ります、ノエルさん」

「いやいやー。元々君達が第一発見者だしねー」


 遺跡の調査はまだ本格化していないらしい。

 まだこの遺跡にたくさん人が入ってくるのは先のことのようだ。


「しかしLv.5の君がLv.20越えのバックスを倒せたなんて、本当に驚きだ。もしかして、君の持っている宝剣はとんでもなく強力な能力なんじゃないか?」

「…………」


 クラウディオさんからの質問に、俺は口を噤んだ。

 あまり多くは話せない。


「違うよー! クラウディオ義兄様! レイイチローは宝剣の能力をほとんど使わないで、罠と戦略で奴を仕留めたんだから!」

「ほんとか、クリス君!? それは信じられないほど凄いな……!」


 確かに、《ホワイト・コネクト》の能力はまだ戦闘であまり役に立たない。

 その能力を使って得た《アリジゴク》ぐらいだろうか。戦闘中に使ったのは。


 しかし、《ホワイト・コネクト》の能力は他人にバレるわけにはいかない。

 下手に情報を晒す必要も無いだろう。


「クリス」

「わっ、ごめんごめんって! 黙りまーす!」


 お喋りなクリスの口を封じる。


「クラウディオ君もダメよー? レーイチロー君から宝剣のことは聞かないって約束してるんでしょー? 探るようなこと聞いちゃダメー」

「そ、そうだったな! すまない、レイイチロウ君。もう聞かないさ」


 《ホワイト・コネクト》の能力を知っているのは、未だ俺とフィアとクリスの三人だけだった。


「……そうだ。バックスってあの後どうなったのですか?」

「えーっと、まだ衛兵のご厄介になってるんじゃないかしらー?」


 昨日の夜、気絶したバックスは衛兵たちに引き渡した。

 アリジゴクの穴の中に埋めていた彼の私兵たちも縛り上げ、一緒に突き出している。


 このまま捕まっていてくれれば御の字なんだが。


「でもねー……」

「ノエルさん?」

「宝剣同士の決闘って、色々な罪が特別扱いされちゃうものなのー。今回のあいつの犯罪って、住居侵入に器物破損、殺人未遂でしょ? それくらいならすぐに釈放されちゃうかなーって……」

「なるほど、そうかもしれませんね」


 考えてみれば、ノエルさんの言うことも尤もだ。

 宝剣同士の戦いはこの世界全体の大切な儀式らしい。世界の大半がこの戦いの存在を認めているのだ。

 厳しい戦いなのだから、当然人死も出てくる。


 誇り高き決闘に勝った男が、殺人罪で捕まったらなんとも笑えない。


「……でも、それだと治安が悪くなりそうですけどね。普通の殺人なのに、被疑者が宝剣の決闘だったって嘘をつくとか」

「そういう問題は確かにあるわー。だから衛兵さんたちもお父様も大変なのー。今回のバックスの件で、レーイチロー君にも事情聴取が来ると思うから、そのつもりでねー」

「うわ、めんどくさい……」

「こっちがテキトー言ったらあいつ塀の中じゃない? あれは宝剣の決闘でも何でもなくて、ただのあいつの凶行ですって」

「フィアちゃーん? さすがに嘘はダメよー?」


 フィアが中々腹黒な案を出す。

 まぁ、嘘はすぐバレると思うけどな。


 ちなみにバックスのもう一本の宝剣、探知の能力を持った《宝剣探偵ジュエルエッジ・ディテクティブ》はもう既に壊して吸収している。

 やはり、バックスの私兵のリンドと呼ばれていた男が持っていた。


 これで俺は宝剣に対する探知の能力を手に入れた。

 逃げ回りたい、隠れ潜みたいと考えた時に、敵の宝剣がどこにあるかが分かる能力は強く活きてくる。

 ほんと、ありがたい。


「ま! なんにしてもレイイチローは堂々としていればいいんだよ! レイイチローに非は全く無いんだし!」

「そうねー、バックスも宝剣祭に敗退したから、今後大きな影響力は無くなるしねー」

「そういうものですか」

「そういうもん! それじゃ、改めてかんぱーい!」

「かんぱーい!」


 もう結構酔い始めているクリスがまた音頭を取る。

 俺達はまたグラスをキンとぶつけ合うのだった。




 祝勝会が終わり、夜が更ける。

 酔っぱらってソファに転がるクリスに毛布を掛け、俺は夜風を浴びるためにバルコニーへと足を向ける。


 松葉杖をつきながら、外に出るための扉を開けた。


「お?」

「ん? レーイチロー?」


 そこには先客がいた。

 フィアであった。


「隣、失礼」

「ん」


 短い言葉を交わしてバルコニーの手すりに肘をつく。

 空にはきらきらと星が輝いていた。


「レーイチロー」

「なんだ?」

「昨日はほんとお疲れ様。……ありがとね、勝ってくれて」


 彼女の真っ白な髪が夜風に揺られ、ふわりと靡く。

 暗い夜の中に、輝くかのような彼女の白色が混じっている。


「別にフィアのために戦ったわけではないが」

「ふふ……それはそう。それはそう、なんだけどね……」


 彼女が苦笑する。


 ……苦笑?

 なんだかそこに、少し違和感を覚えた。


「でも、ごめんね……?」

「……?」

「やっぱり私、君を巻き込んじゃったかな? 君を危険な目に合わせちゃったかな……?」

「どうした、フィア。今日はやけにしおらしいじゃないか」

「君の足が大怪我しているからね。私も思うところがあるわけなの」


 フィアが俺の足に目をやる。

 彼女が少し、申し訳なさそうに目を伏せた。


「宝剣祭が始まってから、もうかなりの年月が経っていた。私はずっと一人で遺跡の中で眠っていて、それがよく分かってなかった」

「まぁ、確かに不利ってレベルじゃないわな」


 宝剣祭が本格的に始まって、もう十年近くが経とうとしているらしい。クリス達からそう聞いた。


 俺は以前、この戦いの序盤を乗り切れないと言ったことがある。

 でも実際はもっと厳しかった。もう中盤戦から後半戦へと移りつつあるところらしい。


 序盤を凌ぎ切るどころではない。ましてや俺はLv.5。

 お祭りにはとんでもないほどに乗り遅れ、俺達は想像よりもずっと不利な立場にいた。


「だからさ、私は思ったんだよ」

「……フィア?」

「君を宝剣祭へと誘った私は、とんでもない悪人なんじゃないかって」

「…………」


 彼女がじっと俺を見つめる。


 瞳が不安の色で揺れている。しかし、俺から視線を逸らそうとしない。

 唇はぎゅっと固く閉じられている。


『こうするしかなかった。』


 こうするしかなかったから、俺を宝剣祭に巻き込んだ。

 不安と、何か少しの悲壮感が混じる彼女の瞳がそう語っている様な気がした。


 分からない。

 彼女がどんな事情を抱えているのか、俺には分からない。


 こんな時気の利いたことを言えるような頭は持っていないため、俺はいい加減なことを言うしかなかった。


「気にするな」

「……レーイチロー」

「あの程度の戦い、大したものじゃない」


 俺は彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫で、髪型を乱した。

 かっこいい男性がやるように、上手く撫でることはできない。


「俺は俺が生き残るために戦っている。誰のためでもない。だから、気負う必要はない」

「…………」

「フィアの《ホワイト・コネクト》はとても利用できる能力だ。俺はそれを存分に活用するつもりだ。それが生き残るために最善の行動だと思うからだ」

「……利用?」

「あぁ、利用だ」


 もちろん、今も宝剣祭から抜けられるのなら抜けるつもりだ。

 だけどこの宝剣を手放す機会が見つからない内は、《ホワイト・コネクト》の能力を十分に活用していくのが最も合理的な行動だと考えている。


 ホワイト・コネクトの能力は強力で、俺はその内容を知ってしまっている。

 もう単純に、誰でもいいから手渡せばいいなんて段階ではない。誰かに譲渡した途端、下手すれば口封じで殺されてしまうなんてこともあり得る。


「フィアも自分のために頑張ればいい。俺は生き残るためにフィアを利用している。フィアも俺を利用したいのなら、好きにするといい。俺は別に構わない」

「…………」


 そう言うと、フィアが小さく微笑んだ。


「ほんと、君らしい」

「……手放せるチャンスがあったら、容赦なく宝剣を手放そうとは思っているけどな」

「あはは」


 彼女が笑う。

 その笑顔を見て、俺も少し嬉しくなった。


「……俺はこの異世界で生き残り続ける。俺にあるのは、それだけだ」

「ん、君は最初からそうだった」


 この世界で生き続ける。

 理想も夢も志も無い目標を掲げ、俺はただ上を見上げる。


「とりあえず、まだしばらくはよろしくね?」

「あぁ、よろしく」


 ここは人気ひとけのない古びた遺跡の中。

 しんと静まり返った夜の中で、俺たち二人は満天の星空を見上げる。


 隣には白い少女。

 建物の中から漏れる光が彼女の髪を照らし、その白色が夜の闇の中で際立ち輝いていく。


 星空を見上げていなかったら、彼女に見惚れていたかもしれなかった。


 二人、ぼんやりと夜風を浴びる。

 俺と彼女の相棒関係は、まだもう少し続きそうだった。





『名前;零一郎 種族;人間

 Lv.5 HP 17/51 MP 18/18

 攻撃力15 防御力12 魔法攻撃力3 魔法防御力5 速度12

 クラス;《剣士》Lv.1

 スキル;《ホーリーランス》Lv.2

     《不可視の壁インビジブル・ウォール》Lv.1

     《宝剣探偵ジュエルエッジ・ディテクティブ》Lv.1

     《ストロングスラッシュ》Lv.2

     《深呼吸》Lv.1

     《興奮》Lv.1

     《アリジゴク》Lv.3

     《ウサギ飛び》Lv.2

     《ロケットパンチ》Lv.1

 アビリティ;《ホワイト・コネクト》Lv.3

       《能力上昇・剣》Lv.3

       《能力上昇(小)・攻撃力》Lv.2

       《軟体》Lv.1

 Crown Point;347

 Base Point;32』

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