34話 罠

 紐を引っ張ると床が外れる。

 その下にはすり鉢状の大穴がぱっくり口を開けている。


 俺達の家にずかずかと押しかけてきた無骨者どもが、揃って《アリジゴク》の穴へと落下していった。


「な、なんだこれはぁっ……!?」

「い、一体何がぁっ……!?」


 バックスと彼の私兵たちが困惑の声を上げながら、《アリジゴク》の穴に嵌まっていく。


 俺が前もって仕掛けておいた罠が盛大に発動した。


 俺とフィア、クリスは前もって準備をしていた。

 バックスが『サーチ』のような能力を持っているかもしれないこと、いずれ俺相手に初心者狩りを行うかもしれないこと。


 そこまで推測が出来たのなら、後はやることは決まっている。

 罠の準備だった。


 家の一階部分を改造する。

 床を切り取り、その下に特大のアリジゴクを設置する。一階居間の大部分が埋まるような大きなアリジゴクだ。逃れるためには壁際に身を置くしかない。


 そして、仕掛けが組まれた床を穴の上に被せる。

 床に接続された紐を引っ張ると、バラバラになって崩れてしまうような床だ。


 敵がこの家にやって来た場合、その紐を引っ張って床を崩し、その下にあるアリジゴクへと嵌めるための罠だった。

 今まさに発動している防御策だった。


 罠を起動させるための紐は家の中に数か所設置しておいた。どの紐を引っ張っても効果は同じ。どの紐からでも床を崩せるようにしておいた。

 戦闘中、どこにいても自然に罠を作動できるようにするためだ。


 この罠を仕掛けるのに苦労した。

 一軒家を大きく改造するような仕事だ。数日間、家の中にこもってただ黙々と作業をしていた。


 《ホワイト・コネクト》の能力を誰かにバレたくなかったからあまり外に出なかったという意味合いもあったが、この仕事のおかげでほぼ必然的に俺達はずっと家の中でひっそり暮らす羽目になった。


 あまり外に出なかったのは、家の中でバックスを迎え撃ちたいという考えもあったからだ。

 外出中の街中で初心者狩りをされたら、家の中の罠は何の意味も無くなる。

 そういった意味でも、俺達はここ数日ずっと家の中にいた。


 まぁ、襲われるなら深夜の寝静まった頃だとは思っていたけれど。

 だから俺達は夜遅くまで夜更かしをしていた。


 この状況になっているのはどれも偶然なんかではない。

 全て、予測通りだった。


「く、くそっ……!? なんだ、この穴!?」

「な、何とか脱出しろーっ!」


 穴の中から罵声が聞こえてくる。

 ただでさえ私兵たちは重い鎧を身に纏っているのだ。このアリジゴクの罠を抜け出すのはそう簡単なことじゃない。


 だけど油断はしない。

 もう一手、俺達は仕掛けを発動した。


「フィア!」

「んっ……!」


 彼女に呼びかけると、フィアが近くにあった紐を引っ張る。

 すると二階部分の床が抜け、たくさんの重しが上から降り注いできた。


「なぁっ……!?」

「今度は何だぁっ……!?」


 穴の中の男たちは驚愕に目を丸くした。


 二つ目の罠。

 それは二階に仕掛けておいた重量のある重しだ。


 アリジゴクの仕掛けが仕組まれた床と同様、紐を引っ張れば崩れ落ちる床を二階に設置しておき、そのうえに金属の塊をたくさん置いておく。

 先程の罠と同じく、紐を引っ張れば仕掛けが発動し、たくさんの重しがアリジゴクの穴の中に降り注ぐ。


 その仕掛けの紐はフィアの傍にあった。

 いや、バックスたちがこの家にやって来た時から、フィアはずっとその場にいた。この仕掛けを発動させるため、最初からフィアにはその場で待機しておいて貰ったのだ。


 一度、俺がバックスの攻撃を受けて吹っ飛ばされた時、彼女が思わずこちらに寄って来ようとしたが、それは俺が止めた。

 きっと回復魔法でも掛けようとしてくれたのだろう。でもそれではこの二つ目の仕掛けを発動できなくなる。


 まぁ、心配してくれるのは嬉しくなくもない。


「ギャアアアアァァァァッ……!?」


 穴の中から大きな悲鳴が聞こえてくる。

 ガラガラガッシャンとけたたましい音を鳴らしながら、たくさんの金属の塊が二階から降り注ぐ。


 落下する重しがぶつかれば、それはかなりの大ダメージとなるはずだ。

 レベル差なんて関係ない。

 俺がLv.5だろうとなんだろうと、質量による暴力は何者にも平等だった。


 土埃が大きく舞う。

 金属がぶつかり合う甲高い音が響きながら、アリジゴクの穴がたくさんの重しで埋まる結果となった。


 二つの罠が完璧に発動した。


「や、やったぁ……! う、上手くいったよ、レーイチロー!」

「待て! フィアっ! 油断するなっ……!」


 喜びを露わにするフィアであったが、それを諫める。


 俺は見てしまった。

 たくさんの重しが降り注ぐ瞬間、アリジゴクの穴から何かが飛び出す素早い影を。


「はっ、はァっ……! く、くそっ……危なかった……」

「……!」


 居間の中に舞う土埃が晴れ、その中から一人の男が姿を現す。


 バックスだ。

 どうやったかは知らないが、彼一人だけがアリジゴクの罠から抜け出していた。


「バックス……!」

「き、肝が冷えたぜ……て、てめぇらは俺を怒らせた……」


 彼は肩で息をしていて額からダラダラと汗を垂らしていたが、それでも五体満足でその場にいた。


 バックスは今、奇妙な状況にいた。

 なんと、宙に浮かんでいるのだ。


 ……いや、何か少し違う。

 浮かんでいるというより、何か見えない足場のようなものがそこにあり、バックスがその場で片膝を付いている、というような表現が正しいような気がした。


「あなたっ、どうやってアリジゴクの罠を……!?」

「アリジゴク……? くそっ、あの穴が何なのかは知らねえが、俺の宝剣の能力《不可視の壁インビジブル・ウォール》が無ければやばかった……」


 剣の能力《不可視の壁》。

 名前だけで分かった。相手の能力は見えない壁を作り出す能力だ。


 彼が今、宙に浮かんでいるのはその《不可視の壁》を足場にして立っているからだ。

アリジゴクの罠を出る時も、その《不可視の壁》を利用して、空中をジャンプしてきたのだろう。


 俺は折れていない右足だけで立ち上がる。


「ふ、《不可視の壁》!? あいつの剣は『サーチ』のような能力じゃなかったの……!?」


 フィアが困惑した声を出す。

 確かに彼女の言う通り。俺達は奴の剣を『サーチ』関連の能力だと推測していた。


 だが……、


「……宝剣は二本あったんだろう。『サーチ』の能力の剣と、《不可視の壁》の能力の剣。今あいつが持っているのは後者の方だ」

「そんな……」


 補助用の能力の宝剣と、戦闘用の能力の宝剣。

 バックスはこの二本を持っていた。


 もしかしたら、使用していない方の剣は自分の私兵に預けていたという可能性も考えられる。

 あの日の迷宮ギルドと今日、どちらにも姿を現している彼の従者、リンドと呼ばれていた男が怪しい。


「くそったれ……こんな雑魚共相手に冷や汗を掻かされちまった……。だが……」

「…………」

「てめェらの策は破った。てめェら、もう楽には死なさねェぞ?」


 バックスが殺気走った目をこちらに向けてくる。

 フィアが小さく息を呑む気配が伝わってきた。


「レ、レーイチロー……! 他に罠は無いのっ!?」

「無いっ! 知ってるだろ!?」


 俺達のやり取りを聞き、バックスが小さく笑う。


「だったら、後は死ぬだけだなァッ……!」

「くっ……!」


 そしてその殺気を震わし、バックスが俺に向かって突っ込んできた。

 不可視の壁を蹴り、俺との距離を詰めてくる。


「ホ、《ホーリーランス》……!」


『【零一郎】 Skill《ホーリーランス》発動』


 クリスとの戦いの時に獲得したスキル《ホーリーランス》を放つ。

 聖なる槍が三本空中に出現し、それをバックスに向けて射出する。


 元々、宝剣の能力だ。強力なスキルなのだろう。

 聖なる力を輝かせながら、風を裂くかのような勢いで光り輝く魔法の槍が飛んでいく。


「ギャハハ! 無駄無駄ァッ……!」

「くっそ……!」


 しかし、奴はそれを難なく躱す。

 不可視の壁を出現させ、それを足場にしているのだろう。空中で方向転換をしながら、ホーリーランスを上手く回避している。


 奴の動きを止められない。


「お前、もう終わりだぜェ……!」

「くそぉっ……!」


 くそぉっ、と叫ぶ。

しかし、それは本心ではなかった。


 もっと近づいて来い、もっと近づいて来いと思いながら、それを悟られないようにぐっと歯を噛み締める。

 俺は自分の体を壁にして、自分の右手がバックスから見えないよう隠す。


 そして、その右手にを握っていた。


「何もかも無駄だったな! お前の罠も努力もよォ……!」

「…………」

「グッバイ、クソ野郎ォ!」


 俺とバックスの距離が完全に詰まる。

 彼は俺を剣の間合いに捉えた。


「ここだっ!」


 だが、その時を待っていたのは俺も同じだ。

 俺は右手の紐をぐっと引っ張る。


 俺のすぐ傍にあるタンス。そこに隠しておいたクロスボウの矢が一斉に射出された。


「……っ!?」

「…………」


 三つ目の罠。

 それはタンスの中に仕込んでおいた隠しクロスボウだった。


 もしアリジゴクの罠がなんかしらの要因で抜けられてしまった時のために、この罠を用意しておいた。

 起動用の紐を引っ張れば、クロスボウの矢が数十本同時に発射されるのだ。


 フィアはさっき「他に罠は無いの?」と俺に聞いた。

 しかし、それは予め打ち合わせしていた通りのセリフだった。


 アリジゴクが抜けられた時、フィアはそのセリフを俺に言う。

 そして俺は「罠はもう無い」と言う。


 念のために用意しておいた保険の罠だった。


 弦の跳ねる音が幾重にも重なり、軽快ながらも猛烈な矢の発射を告げる。

 至近距離から数十本の矢が同時にバックスへと襲い掛かる。


 回避不可能な距離感。

 バックスは完全に俺の罠に嵌まった。


 ……かのように見えた。


「ハ……ハハハ……」

「くそっ!」


 クロスボウの矢はバックスの直前で止まっていた。


 《不可視の壁》。

 クロスボウの矢が空中で静止しており、それはとても奇妙な光景のように見えた。


 まるで見えない壁がバックスの前にあり、クロスボウの矢がその壁に突き刺さって止まっているかのよう……とも言えるが、まさにその通りなのだろう。


 バックスは《不可視の壁》を出現させ、俺の罠を防ぎ切った。


「ハハ、ハ……まさかとは思ったが……あ、危ねェ危ねェ」

「くそっ……!」


 ここは最早剣の間合いの中。

 俺とバックスはお互いすぐ目の前にいる。


 それなのに、奴は攻撃ではなく防御を選んだ。

 突撃の勢いのまま剣を振ることだって出来たはずなのに、それをしなかった。


 それは何故か。

 俺のこの罠を看過したからだ。


 奴は俺に読み勝った。


 不可視の壁が消えたのだろうか、空中で止まっていた矢がぼとぼとと下に落ちていく。


「……これで罠はお終いかァ? なら、もうお前は終わりだなァ」

「くそおおおぉぉぉっ……!」


『【零一郎】 Skill《ストロングスラッシュ》発動』


 俺は叫びながら、左手に持った剣をバックス目掛けて振るう。

 剣のスキル《ストロングスラッシュ》を放つ。俺が《剣士》のクラスを手に入れた時に習得したスキルだ。


 シンプルな上段からの振り下ろしの一撃。

 やはりスキルは強力なものなのか、左手一本でも普通に剣を振り下ろすより力強く、そして素早く剣を振ることが出来た。


「ハハッ! 悪あがきだなァ!」

「……っ!」


 だが、その一撃はバックスに難なく躱される。


「これで終わりィ……!」


 その時、確かにバックスは笑みを浮かべた。

 勝利を確信した笑みだった。


 彼が剣を振るう。

 狙いは俺の宝剣だった。


 振り下ろされたばかりで無防備になっている俺の剣に目掛けて、バックスが勢いよく剣を薙ぐ。

 力も速さも、奴の方が数段上。

 俺に抵抗できる力なんてなかった。


 俺の宝剣が叩き折られる。

 宝剣の核となる宝石の部分に、ピンポイントで剣を当てられる。


 剣と宝石が壊される音が響いた。


「…………」


 宝剣の宝石が粉々に砕ける。

 白い宝石がバラバラになり、小さな欠片へと変わり果てる。剣も折られ、その破片が宙を舞う。


 宝剣同士の戦いは、核となる宝石を破壊することで決着が付く。

 だから、この一撃で勝負は決まった。


 俺の宝剣は砕かれ、俺は宝剣祭に敗北した。

 勝者はバックス。

 この戦いの最終的な勝者は、バックスとなってしまった。


 ――そう、彼が考えていることが手に取るように分かった。


 分かり易く口元がニヤけている。

 明らかに体が弛緩している。


 自分が勝者だと信じ切り、緊張は緩み、油断が滲み、自身の勝利を信じて疑わない。

 気が抜ける様子がはっきりと伝わり、分かり易い隙が生じている。


 彼が剣を振り切った直後から、そのような体たらくを見せていた。


 まだ俺の剣が破壊されてから一秒も経っていない。剣の破片は宙を舞い、金属の折られる音が鳴り響いている内である。


 狙うべきはこの一瞬。

 俺は行動を開始した。


 何も持っていない右手を振り上げ、振り下ろす。

 まるで剣を持っているかのように。手の形は剣を握っているかのように。


 その手に剣があるかのように、俺は空っぽの手を振り下ろす。

 そうしながら、口を開いた。


「全部予定通りだ、フィア」

「んっ……!」


 フィアの力いっぱい意気込んだ短い返事を聞く。


 彼女が右手を前に突き出す。すると、俺の右手に白色の光が集まり出す。

 やがて、その光は一本の剣の形になった。


 《ホワイト・コネクト》。

 フィアの宝剣だ。


 彼女が剣を具現化させ、それが俺の右手に握られた。


「……は?」


 バックスがぽかんとした表情を見せる。

 まさに今叩き折ったはずの宝剣が突然俺の右手に出現し、茫然とした様子を見せる。


 先程とはまた違った隙が生まれていた。


 仕掛けは単純。

 たった今バックスが壊した俺の宝剣はダミーだった。


 ただの普通の剣に、普通の白い宝石を付けただけ。宝剣に見せかけた、真っ赤な偽物だ。


 俺がこの戦いでずっと握っていたのは、最初から偽物だった。

 ただ、それだけだった。


 この剣を用意してくれたのはアデルさん。

 彼と最初に会った時に彼に頼みごとをしたのだ。この宝剣によく似たダミーを作ってくれないか、と。

 何か頼みごとがったら遠慮なく言ってくれと言われたものだから、ちょっと思いついたことを遠慮なく頼んでしまった。


 フィアは宝剣の精霊だ。

 宝剣を出したり隠したりできる。


 今の今まで、本物の宝剣は彼女が潜在化させていた。

 それを今、やっと顕在させたのだ。


 俺の右腕はもう既に振り下ろされている。

 バックスの動きは完全に止まっている。俺のダミーを壊した横薙ぎを振り切り、その姿のまま硬直している。


 勝利からの油断。

 驚きによる困惑。


 全てがない交ぜになり、攻撃直後の隙がありありと現れてしまっている。


 敵を罠に嵌めたければ、適度な達成感を与える事だ。

 今回、バックスは俺のボーガンの罠を突破し、そこで満足をしてしまった。自分は敵の策を上回ったのだと、そこで明らかな緩みを見せ始めた。


 罠を突破したという事実が、次の罠を気付かせにくくする。


 これが俺の四つ目の罠だった。


「うらああああぁぁぁぁぁっ……!」

「……っ!?」


 叫び声を上げ、俺は剣を振り下ろす。

 狙うは一点。


 相手の宝剣の核――宝石部分だ。


 思う。

 この剣を振り下ろし、目の前の敵に勝利したら……。


 俺はこの世界でも生きていけるような気がする。

 サバイバルのようないつ死ぬか分からない不安定な生き方から、一歩先に進めるような気がした。


 俺は俺のために、俺がこの世界で生きていくために。


 ――剣を振り下ろし、敵の宝石を打ち砕いた。

 パキンと、敵の宝石が壊れる音が響いた。


『宝剣《不可視の壁》を倒した。

 Crown Point 210 を獲得した。』


『Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 Blade Skill《不可視の壁》を獲得しました。』


 勝利を告げるシェアリーの窓がはっきりと現れる。

 奴はこれを確認するまで気を抜くべきではなかった。今言っても詮無きことではあるが。


 俺もまだ油断してはいけない。彼の二の舞となるだろう。

 意識をしっかりバックスへ残す。


「な……?」


 バックスが震えながら自分の首を動かし、自分の握る剣に目を向ける。

 そこには宝石の壊された……もう宝剣と呼べない剣が残されていた。


「な、な……」

「…………」


 彼の目は極限まで見開かれている。

 信じられない、理解できないものを見ているかのようだった。


「なああああああああああァァァァァァァァッ……!?」

「クリス! 後は頼む……!」

「うんっ!」


 バックスが堰を切ったように叫び出したタイミングで、俺はとある指示を出す。

 その瞬間、二階に開かれた大きな穴から一人の女性……女性にしか見えない男性が飛び出してきた。


「やぁっ……!」

「ガアッ……!?」


 その男性が背後からバックスに襲い掛かり、その体を拘束する。

 バックスを床に押し倒し、関節技をかけ、首筋にナイフを押し当てる。


 クリスである。

 クリスがバックスの動きを完全に封じた。


「指示が遅いよっ! レイイチロー……! もう何度冷や冷やさせられたことか!?」

「何を不安がっているんだ。全部予定通りだったじゃないか」

「そうだけど! 確かに作戦通りだったけど……! でも死ぬほどドキドキしたんだって……!」


 クリスが喚いている。


 俺は彼に頼み込んで、予め二階に待機しておいて貰っていた。


 単純な伏兵である。五つ目の罠となり得るかもしれないと思ったから今の今まで手の内を隠していたけど、ここでカードを切った。


 俺は左足が折れているのだ。

 バックスは宝剣を壊された衝撃で錯乱して隙だらけだったが、それでも俺ではこんなに手際良く彼を拘束できたとは思えない。


 クリスはバックスを無力化することに成功した。


「レーイチロー、大丈夫……?」

「おう、フィア。なんとかな」


 フィアが俺に近づき、折れた左足の代わりに体を支えてくれる。


「クリス、ありがと」

「こんなの何だって無いよ、フィア。もうあの時点で勝負付いてたしね。……つーか、こいつ! 僕が裏切って情報流していたって嘘八百並べやがって! ムカついてあの時飛び出そうかと思ったよ! ほんと!」

「……!? っ!? ……!?」


 状況に追いつけていないのか、拘束されたままバックスはただ驚愕の表情を浮かべている。


 バックスは俺を煽るために、クリスが裏切って俺達の情報を流したと嘘を付いていた。

 正直滑稽だった。あの時、既にクリスは二階で待機していたのである。


 笑いを堪えるのにちょっと必死になったくらいだ。


「フィア、あの時『うそっ!?』って驚いてなかったか?」

「いや、つい咄嗟に。反射みたいな感じで」

「おいおい」

「う……」

「ん?」


 そんな風に三人で一息ついていた時だった。

 バックスが震えながら口を開いた。


「嘘だ嘘だ嘘だウソだウソだウソだああああああああああああァァァァァァァッ……!」

「…………」

「こんなのウソだああああああァァァァァッ! なんかの間違いだあああああああァァァァァァァッ……!」


 現実を受け入れられていない。

 喉を震わせ、絶叫し始めた。


「あり得ねえェェェェェェッ……! 俺がこんな雑魚にッ! Lv.5の雑魚にッ……!? Lv.23の俺がLv.5の雑魚なんかに負けるわけがねえェェェんだああああああァァァァァァァァッ……!」

「…………」

「嘘だ嘘だ嘘だ間違い間違い間違いなんかの間違いだ、俺は何かズルをされたんだああああああああああああァァァァァァァァッ……!」

「うっさい」

「あがっ!? あがっ……!?」


 クリスがバックスの後頭部を何回も殴る。

 やがて、彼は気絶をして口を閉じた。


「そうだなぁ……」


 俺は苦笑する。


「夜も遅い。ご近所迷惑だから、静かにして欲しいもんだ」

「ん、そだね」

「そう、その通り。夜は静かにするものさ」


 俺はカーテンを開く。

 静謐な夜の空に、眩いばかりの星が浮かんでいる。


 折角星の美しい夜だ。

 無粋な真似はやめて欲しいものだった。

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