33話 襲来

 色付き眼鏡に、耳にはピアス。

 ジャラジャラとした金色のアクセサリーを身に纏い、軽薄そうな格好をしている男。


 迷宮ギルド内でクリスとノエルさんにちょっかいを掛けていた迷惑な男、バックスが俺達の目の前に現れた。


「おいおいおいッ! 一丁前に宝剣なんか構えて! もしかして俺相手に抵抗できるとでも思ってるのかァ!? Lv.5のゴミ屑野郎がァ!?」

「…………」

「ていうか、その年でまだLv.5なんてちょっと弱過ぎるんじゃねェ? まだ赤ちゃんなのかなァー? バブバブバブー? ギャハハハハッ……!」

「…………」


 耳障りな笑い声が響き渡る。

 街も寝静まる夜深く。


 俺達の家の玄関を派手に破壊して、この男がこの場所に乗り込んできた。


「……深夜の突然の訪問は勘弁願いたい。ご近所にも迷惑だ」

「おいおい、こっちは客人だぜェ? 茶を出すくらいも出来ねェのかァ?」

「招いてなどいない。早々に帰ってくれ」


 バックスの手には宝剣が握られている。

 刃は曲刀。シャムシールと呼ばれる剣であり、剣身が大きく反って曲がっている。


 鍔の部分に赤黒い宝石が埋め込まれている。

 あれが剣の核を為す宝石。間違いなく宝剣であった。


 宝剣を持つ者同士、宝剣の戦いが始まろうとしていた。


「生意気言ってんなァ? 状況分かってんのかァ? ……おい、お前らもさっさと入って来い!」

「はっ……!」

「かしこまりましたっ!」


 バックスが後ろに声を掛けると、破壊された玄関から続々と人が入ってきた。

 鎧を身に纏った男たち。

 貴族の私兵といった出で立ちだ。バックスも貴族だという話だったから、彼の私兵だろう。


 そんな鎧の男たちが総じて7人、家の中へと押しかけてくる。


 ……その中に、リンドと呼ばれた男も混ざっていた。

 確か、迷宮ギルドにいたバックスの召使いのような男だ。

 バックスがギルドを出ようとするとき、「へい、旦那!」と言いながら恭しく彼の後ろを付いて行っていた。


「見りゃ分かると思うがァ、こっちは7人。お前らは2人。どう考えてもお前らに勝ち目はねェ。どうする? 泣いて詫びるかァ?」

「…………」

「俺はなァ! お前のような初心者をいたぶるのが大好きなんだよォ! アハハ! アハハハハハ……!」


 こっちは何も言っていないというのに、勝手に楽しそうに笑っている。

 陽気な男だった。


「レ、レーイチロー……勝てないと思ったら、宝剣渡しちゃっても構わないからね……?」

「…………」

「命の方が大事だから……」


 フィアの心配そうな声が後ろから聞こえてくる。


 そんなことをしてしまっては負けであるが、そう言えば以前フィアは「負けそうになったら、降参して宝剣を手放しちゃえばいい」と言っていた。

 あれは確か、初日の夜のことだ。


 「負けるのは嫌だが、使い手の命には代えられない」みたいなことを言っていた気がする。


「…………」


 気を使ってくれて大変ありがたいが、どうもバックスに降伏の意を示すのは乗り気がしなかった。

 フィアの言葉を聞き、バックスが笑う。


「ハハハハッ! いじらしーねェ! 男を心配する女ってか! 名誉を守るより、命の方が大事ってかァ!?」

「…………」

「女に心配されて、情けねェ野郎だなァッ……!」

「……っ!」


 そう言い終わるか否か、バックスが俺に向かって突っ込んできた。

 戦いの開始だ。


「オラァッ……!」

「ぐっ!?」


 敵の攻撃は何の変哲もない上段攻撃。

 剣を大きく上に振りかぶって、俺に突進をしながら振り降ろしてくる。


 しかし、そんな単純な攻撃も俺は受けきれなかった。

 剣を構えて防御をするが、俺は分かり易く力負けをしてしまった。


 バックスの剣から途方もないほどの力が伝わってくる。

 力関係は一秒も拮抗せず、上からもの凄い力で押し込まれ、俺の体は床に叩きつけられた。


「がはっ……!」

「レーイチローッ!」

「…………」


 全身に鈍い痛みが走る。

 腕力が違いすぎる。鍔迫り合いすら許されない。


 バックスの剣で斬られたわけではないが、とんでもない力を強引にぶち当ててくる。その力に耐え切れず、俺は床に横たわる結果となってしまった。


 確か、彼のレベルは20越え。ノエルさんがそう言っていた。

 対して俺のレベルは5。


 力比べで敵うはずも無かった。


「くっ……!」


 痛みで痺れる体を無理やり動かし、すぐに立ち上がる。

 しかし、その間追撃は来なかった。

 急いで体を起こした俺が見たのは、バックスのニヤニヤとした顔だった。


「不様だねェ。情けないねェ。今の一振りだけで分かっただろォ? お前じゃ死んでも俺には勝てねェ」

「…………」

「折角こんなに大人数連れて来たってのに、何の意味もねェや。俺一人で十分過ぎる」


 後ろにいる彼の私兵たちが笑う。

 彼らにとって俺は戦いの相手ではない。いたぶって楽しむための惨めな生贄だ。


「どうして自分たちが宝剣を持っているのか、バレて驚いているかァ? 頑張って隠してたのに、なんで俺にバレちまったのかって?」

「……?」

「バレなきゃ俺達に襲われる必要も無かったもんなァ? なのにどうして今こんな目に合ってるのか? 可哀そーなお前たちに教えてやんよ」


 バックスがずいと一歩前に出る。


「クリスがなァ、教えてくれたんだよ。迷宮ギルドでお前たちと一緒にいたクリスだよ。あいつがなァ、お前らを売ったんだよォ……!」

「うそっ……!?」

「…………」


 俺の後ろで、フィアの驚く声が聞こえてくる。

 それを聞いて、バックスの口元がより一層愉快そうに歪んだ。


「お前ら、裏切られたんだよォッ……!」

「……っ!」


 彼はそう叫びながら、もう一度俺に突っ込んでくる。


 斜め上方からの袈裟斬りだ。剣で防御するわけにはいかない。さっきの二の舞になってしまう。

 少し身を低くしながら、横に身をかわす。


「オラァッ!」

「……っつ!」


 しかし奴は俺に追い縋り、ローキックを放ってくる。

 躱しきれない。バックスの素早い蹴りは俺の左足を強く叩く。


 ボキっと、鈍い音が鳴った。

 俺の左足の骨が簡単に折れてしまう。


「―――ッ!」


 足に駆け抜ける強烈な痛み。

 熱く焼けるような衝撃が左足に発生し、全身を痺れさせる。泣いて叫んで転がりたい気持ちが溢れてくるが、歯を食いしばってその痛み耐える。


 二度も簡単に倒されるわけにはいかない。右足に力を入れ、そこに体重をかけて辛うじて立った状態を維持する。


「まだまだァ!」

「くっ、そ……!」


 バックスは手を休めない。

 次に襲い来るのは剣の横薙ぎ。

 俺は剣で防御した。ダメだと分かっているのだが、足が動かず回避しきれなかった。


 バックスの攻撃による衝撃が、防御した剣を介して全身に駆け巡る。

 先程と同じように力負けをしてしまう。足の踏ん張りは効かず、俺の体は吹っ飛ばされた。


「ぐわっ……!」


 居間の中央付近で戦っていたのに、壁際まで体がぶっ飛ばされる。

 強く背中を打ち、壁にヒビが入ってしまった。


「レーイチローッ……!」

「来っ、るな……フィア!」

「……っ!」


 フィアがこちらに駆け寄って来そうな雰囲気があったが、何とか声を出してそれを止めた。


「おーおー、痛ましいねェ……話になんねェなァ」

「…………」


 壁にもたれながら尻もちを付く俺を、バックスが見下してくる。


「『宝剣祭』に負けた奴は何もかも失う。地位も、名誉も、誇りも、金も、命も……」

「…………」

「レーイチローって言ったっけ? お前今、最高に不様だぜェ?」

「…………」


 人を煽るような口調でバックスがそう言うと、後ろの外野がゲラゲラと笑う。

 耳障りな声が部屋の中に響く。


「……そこの女は、お前の女かァ?」


 バックスがフィアの方を見る。


「いいねェ、かなり可愛いじゃねーか。人の女を奪う時ってのが、一番興奮するぜ」

「いや、別に俺の女ではないが……」

「壊れるまで遊んでから、奴隷として売り捌いてやるよ。ヘヘヘ、楽しくなってきた。やっぱこういう楽しみがなくちゃな」

「下衆……」


 フィアがバックスに剣を向けながら、吐き捨てるように言う。

 宝剣ではない。街で買ってきた普通の剣だ。


「負けた奴は何をされたって文句言えねェ」


 奴が笑いながら喋る。


「勝った奴は何をしたっていいんだ。殺したって、奪ったって、楽しんだって。負けた奴に何したっていいんだよォッ……!」

「…………」

「勝負っていうのはそういうもんだ! 勝った奴が正義なんだ! 正義なんだから、何したっていいのさァ! 何を踏みにじっても! 誰を傷付けようと! 勝者こそが正義なのだからァ……! ハハハッ! アハハハハッ……!」


 奴は高らかに笑いだした。

 よほど気持ちがいいのか、両手を広げて天井の方を見ながら勝ち誇ったような笑い声を発する。


 奴の声が居間全体に響き渡る。

 部屋の中央、まるで王者のような振る舞いをしながら、奴がただゲラゲラと笑っていた。


「アハハハハッ……! アーッハッハッハ! アーッハッハッハッハッハ……!」


 聞くに堪えない声だった。

 だから、その声を遮るために俺は口を開いた。


「……嘘だな」

「…………」


 バックスの笑い声が止み、こちらを見た。


「……何が、嘘だ?」

「クリスが裏切ったって話」

「…………」


 俺がそう言うと、奴の目が少し見開かれた。

 そこには確かに驚きの感情が含まれていた。


「俺は初めから、とあることを警戒していた」

「……なに?」


 床に尻もちを付いて背を壁に預けたまま、ゆっくりと話し始める。


「俺は俺自身が序盤に弱いことを分かっていた。もし宝剣祭から抜け出せない場合、今のこの弱い俺にとって何が怖いか、何が危ういか、じっと考えていた」

「は……? 何の話だ?」


 バックスの眉に皺が寄る。

 襲い掛かってくる様子はない。奴は俺の話に耳を傾けていた。


「答えはすぐに出た。それは『サーチ』のような能力があった場合、だ。」

「……っ!」


 『サーチ』のような能力。

 例えば、宝剣を探し出す宝剣の能力、とかだ。


 他の宝剣を見つけることに特化した能力があった場合、隠れ潜みたい俺にとっては悪夢のような力であった。


 バックスの表情が歪む。


「いくら隠れても、いくら潜んでも逃れられない。当たり前だ。それが宝剣の能力だからだ」


 そういう能力があるとは思った。無いわけが無いと思った。

 もしそれが知らずの内に俺の前に現れた場合、俺の命は風前の灯火となる。


 序盤を何とかして乗り切りたい俺にとって、最も警戒するべき能力だった。


「そしてその能力はお前が持っていた。バックス。お前はそうやって、初心者ばかりを狩っていた」

「……っつぁ!」


 バックスが驚愕の感情を顔に張り付け、数歩後退った。


「お前と俺が迷宮ギルドで会った時、お前は『サーチ』の力を使って俺が宝剣を所持していることを知った。俺が宝剣を持っていて、クリスは宝剣を持っていない。しかし、お前にとってその状況は不可解なものだった」

「て、てめぇ……」

「何故ならあの日は、クリスが宝剣を受け取っていたはずの日だったからだ」


 恐らくあの日バックスがクリスの目の前に現れたのは、クリスがもう宝剣を手に入れているか確かめるためだったのだろう。

 もし宝剣を保有していたら、クリス相手に初心者狩りを行うつもりだったはずだ。


 しかし、クリスは初日で俺に宝剣を壊されてしまった。

 それは普通ではない事態だった。


 そんな事情を知らないバックスは、目の前の反応に困惑した。


「クリスが宝剣を持ってなくて、顔も知らない俺が持っている。どういうことか分からなくて、お前はカマをかけた」

「くっ……!」

「お前は言った。『荷物持ちでも雇ったのか?』『荷物持ちを雇うにしても、大事なものは自分でちゃんと持ってなきゃいけねェよなァ?』と」

「こ、こいつ……!」


 バックスは推測したのだ。

 俺が宝剣を持っているのは、クリスが自分の宝剣を他人に預けているからじゃないのか、と。

 だから、『荷物持ち』なんて単語が出てきた。


 しかしあの時、俺達はバックスが何を言っているのか分からなかった。

 俺とフィアは荷物持ちでも何でもなかったからだ。


「しかしそれはミスだった。俺はお前の意図を察し、お前が『サーチ』の能力持ちであることに感づいた。お前は自分で自分の手の内を明かす形になった」

「う、うるせェ……!」

「その様子だと、完璧に正解だったみたいだな」


 あの日、ちょくちょくバックスは俺の方に視線を向けていた。

 なにか値踏みをするような視線。俺が宝剣を持っていることを既に知っていたから、あの時まるで会話に参加していなかった俺の方に意識が向いてしまったのだ。


 バックスがバツの悪いこの状況を誤魔化すかのように大声を上げる。


「だ、だったら何だって言うんだ!? それが分かったからって、お前が負ける事には変わりねェんだよ……!」

「アホか、お前」


 俺はを引っ張った。


「分かってたんなら、対策をしてないわけがないだろ」

「……っ!?」


 俺が紐を引っ張ると、中央部分の居間の床が外れた。

 いきなり足元が崩れ、バックスとその後ろの私兵たちが驚愕に顔を歪ませる。


「なっ……!?」

「え……!?」

「こ、これはっ!?」


 唐突に彼らは下へと落ちた。

 自分たちに何が起きているのか分からず、混乱をしながらただ穴へと落ちていく。


 俺とフィアは用意をしていた。

 『サーチ』の能力に目を付けられた以上、彼らが襲い掛かってくるのは時間の問題。


 だから、家を改造して罠を用意しておいた。

 居間の床を大工事して、紐を引っ張ったら床が抜けるようにしておいた。


「なっ……!?」

「なんだ、これはぁ……!?」


 奴らが困惑の声を上げる。


 彼らの落ちていった先。

 そこには、特大の《アリジゴク》の穴を用意しておいた。

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