38話 運命

「う、うわああああぁぁぁぁぁっ……!?」

「……っ!」

「……!?」


 林の中から、小さな男の子の叫び声が聞こえてくる。

 俺とフィア、その場に一緒にいる武者小路さんとブリジッタさんは皆一様に息を呑む。


 その声は、どう考えてもこの場からはぐれた子供の声であった。

 林の中に行ってしまったと思われる少年の叫び声だった。


「くっ……!」


 その瞬間、俺たちは駆け出す。

 確認の言葉なんか要らない。体が自然と動き出し、全力で、林へと向かって走り出した。


 幸い、その場所から林まであまり距離はなかったし、林に入ってすぐの場所にその子供二人はいた。

 子供の叫び声が聞こえてくるくらいだ。そこまで遠い場所とは初めから思っていなかった。


『トライアングルアイズブル Lv.8

 HP 55/60』


 そこには大きな牛のモンスターがいた。

 額に三つ目の瞳がある、異形の牛。体高――牛の体の高さだけで俺たちの身長と同じくらいある。


 三つの目を血走らせ、殺気が溢れ出している。

 今にも人に襲い掛かりそうだ。


「ひ、ひぃぃ……」


 牛の視線の先には転んで倒れてしまっている少年が一人いる。

 恐怖のためか身体をガタガタ震わし、小さな呻き声を漏らしている。


「コルダっ……! ちっ、Lv.8! こんな時にっ!」


 ブリジッタさんが走りながら歯ぎしりする。

 ここ周辺のモンスターの平均レベルは5。明らかに頭一つ抜けている。


「ブモオオオォォォォッ……!」


 牛が雄叫びを上げながら、力強く走り出す。

 標的は倒れ伏せて弱々しい姿を晒している少年だ。あと数秒の内に、少年の小さな体は牛の巨体に踏み潰されてしまうだろう。


 ……だが、間に合った。


「零一郎! 合わせてくれ……!」

「あぁっ!」


 武者小路さんと俺で、牛と少年の間に割って入る。

 走り込む勢いを全く殺さず、そのまま牛の正面に体当たりをした。


 俺は右正面から、武者小路さんは左正面から、二人掛かりで牛の突進を阻む。

 まるで相撲のように真っ向から体当たりをした。


「うごぉっ……!?」

「いだぁっ!」


 凄まじい衝撃が全身を襲う。

 当たり前だ。目の前の牛は俺たちの何倍の体重があるというのか。


 レベルも敵モンスターの方が上。武者小路さんにとっても、それはそうだろう。

 俺たちの足が土を擦り、ずりずりと押し込まれていく。

 はっきり言って力負けしている。


 しかし、確かに牛の勢いは弱まった。


「うおおおぉぉぉっ……! 《聖騎士の威光セイント・オーラ》ぁぁぁっ……!」

「む?」


 その時、武者小路さんがなんだか光り出した。


 体の内側から聖なるっぽい光が溢れ出し、なんだか体が強化されている、っぽい。

 いや、実際なんだかよく分からない。

 なんか隣で勝手に輝きだした。


 もしかしたら、先ほど言っていた異世界人の特別スキル『スペシャルスキル』とかいうやつなのかもしれない。

 多分きっと、すごく強いスキルなのだろう。


 実際、牛の突進が完全に止まった。


「サンキュ、バカ二人」


 そんな時、一つの影が俺たちの上を颯爽と飛び越えていった。

 風のように素早く、


 ブリジッタさんだ。

 目にも止まらぬ速さで俺たちを飛び越え、一回転をしながら剣を振るう。


「ブモ……」


 そしたらなんと、牛の体が真っ二つになった。


 牛の巨体が縦に斬り裂かれる。

 一撃だ。

 ブリジッタさんは一撃で牛を沈めてしまった。


『トライアングルアイズブルを倒した。

 Base Point 5 を獲得した。』


「おぉ……」

「はは、圧倒的だなぁ……」


 俺と武者小路さんはその場で苦笑いをする。

 そうだった。この場で一番レベルが高いのはどう考えても彼女だ。


 具体的なレベルは知らないが、ここら辺に住むどのモンスターよりも彼女の方が強いのだろう。

 武者小路さんはもう光るのを止めていた。


「ほんと助かった。二人とも、サンキューな」

「い、いや……」

「それほどでも……」


 彼女が大型のククリナイフをしまいながら、こちらに振り返る。

 お礼を言われたものの、大型の牛を一刀両断にする芸当を見てしまった後では笑みも引きつる。


 俺ら、必要なかったかもな……。


「ねーちゃーんっ! あり゛がとーーーっ!」

「このバカコルダっ! 姉ちゃんから離れるなって言ったろ!」

「ごめんな゛さいーっ!」


 転んでいた少年が涙を零しながらブリジッタさんに駆け寄るが、彼女はその少年に力強くゲンコツを落としていた。

 いなくなっていたもう一人の少年も彼女に近寄り、平等に頭を叩かれていた。


「…………」

「……ふぅ」

「……とりあえずお疲れ様、零一郎」

「あぁ、お疲れ様、武者小路さん」


 二人で大きく息をつき、苦笑する。

 なんだかどっと疲れてしまった。


「レ、レーイチロー!」

「フィア」


 彼女が俺の傍に寄る。


「だ、大丈夫!? 怪我は無い!?」

「大丈夫だって。あの大蛇の時に比べたら、こんなのなんてことない」

「レーイチローはすぐに無茶をするんだから……!」


 フィアが心配そうに俺の体を眺めていた。


「私も体当たりできたら良かったんだけど……」

「やめとけって。流石に吹っ飛ばされるだろ」


 華奢な彼女ではあの状況で役に立つのは難しそうだった。


「あぁ、それだ」

「ん?」


 そんな風にフィアとスキンシップをとっていると、武者小路さんが何かに気付いたような声を出した。


「俺にも敬語はいいよ、零一郎」

「えっと……?」

「零一郎の敬語はなんだか距離を感じるや。俺に対してもフレンドリーでいいからさ。名前も陽翔って呼んでくれよ」

「は、はぁ……」

「俺たち、一緒に牛退治した仲だろう? 子供を助けるためにさ」


 武者小路さん……陽翔がぐいぐい来る。

 さては彼、俗に言う陽キャと言われる類の人間だな?


「レーイチローはお堅いからねー」

「なー」

「……なんでそこ二人が意気投合しているんだ?」


 俺をだしにしてフィアと武者小路さんの息が合っていた。


「……行く先々で評判悪いな、俺の敬語」

「堅っ苦しいからなぁ」

「もっと肩の力抜けばいいのにね?」

「なー」

「……なんだってんだ、全く」


 一つ、大きなため息を吐く。


 それが俺と異界の勇士とやらの出会いだった。

 なんでか長い付き合いになりそうな男との、出会いの日であった。




 その日の俺のレベル上げはそこで終わった。

 成果としては十分。皆で収穫物を分け合い、解散することとなった。


 そこで俺は少し変わった頼みごとをした。

 ウサギとか牛とかのモンスターの肉を分けて貰えるようお願いをしたのだ。


 魔物の体には瘴気の毒が含まれているため、人が食べることはできない。

 だから、魔物の肉は金にならない。迷宮ギルドで売れるのは牙とか毛皮とか、何かの素材になりそうな部分だ。


 だけど、俺にとって大事なのはむしろ肉の方だ。

 肉を食べれば、俺はそれだけ強くなれる。


 だから、換金できる素材の方は最低限でいいからと言って、皆さんから魔物の肉をたくさん譲って貰った。

 何に使うのだと怪訝な顔をされたが、そこは瘴気の毒の研究をしているとか言って誤魔化しておいた。


 そんな感じで交渉して、俺は大量の魔物の肉を手に入れた。


「でも、どうしようかねぇ、これ……」

「…………」


 だけど、フィアと俺は少し困り果てる。

 目の前には魔物の肉の山が積まれていた。肉を手に入れ過ぎたのだ。

 とても一回で持って帰れるような量じゃない。


「取り敢えず、一回帰ってリアカーでも借りてくるか?」

「うへぇ、めんどい……」

「……まぁ、ちょっと休憩」

「ん、そうしよ」


 俺たちは魔物の肉の傍で座り込んだ。


 ここはダンジョンの5層。

 この層の入口まで戻れば、転移玉石とやらの力によってダンジョンの入口までワープできるらしいが、それでもやっぱり面倒臭いものは面倒臭い。


 この世界に携帯電話があれば、クリスにリヤカー持って来てくれと呼び出すこともできたんだがなぁ……。


「あのぉ……」

「ん?」


 そんなどうでもいいことを考えている時だった。

 誰かに後ろから声を掛けられた。


 俺とフィアは振り返る。


「えっと……ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが……」

「……?」


 そこには一人の少女がいた。

 フード付きのコートを羽織っており、全身がコートの茶色に包まれている。


「なんでしょう?」

「あ、その……えっと……」


 少女はとても美人であった。

 コートのフードで顔が少し見えにくくなっているというのに、それでもとんでもない程の容姿端麗な子だってことが理解できる。


 フードのすき間から、彼女の水色の髪がちらりと見える。

 大きくつぶらな青色の瞳。


 全身をコートの服で包んだ少し野暮ったい格好だというのに、俺もフィアもその少女に目を奪われていた。


「えっと、その……」


 コートの少女が口を開く。


「貴方と同じ黒色の髪の……17歳くらいの男性をここら辺で見掛けませんでしたか……?」


 どうしてだろう。

 なぜか少女の声は少し震えていた。

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