24話 《女装の呪い》

「……僕は『男』だあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 クリスからの衝撃の告白により、俺とフィアはびしりと固まっていた。


 男……?

 クリスが?


 俺とフィアは完全に混乱していた。


「え、え……? 男? クリス、君が……?」

「んん? んんん……? ウソでしょ? なにかの間違いとかじゃなくて……?」

「男です! 僕は正真正銘歴とした男だよっ!」

「んんんーーー???」


 理解できない。


 目の前にいるのは、紛うことなき美少女である。

 整った目鼻立ち、体の線の細さ。どれをとっても女性にしか見えない。


 今は泥に塗れて汚れているが、服装も女性用のものである。動きやすい軽装ではあるものの、所々レースが縫われており、どう考えても男性用の服装ではない。


 それにスカート。

 スカートを履いているのである。

 いや、男性がスカートを履く文化もあるだろうが、今はそういう話でもないだろう。


 金色の髪は腰のあたりまで伸びており、長い。

 それはやはり女性特有のものであり、男性でそこまでの長さの人はあまり見かけない。


「…………」

「…………」


 ありとあらゆる要素が、目の前の人間を女性であると主張している。

 なのに、本人は自分を男性だと言い張っている。


 俺とフィアは訳の分からないものを見る目で、クリスのことを見ていた。


「待って! 説明させてくれっ! 分かる! レイイチローとフィアの疑問もよく分かるんだけど、僕のこの格好には理由があるんだ!」

「理由……?」


 クリスが必死に叫ぶ。


「僕は《女装の呪い》というものに掛かっているんだぁぁぁっ……!」

「……は?」


 《女装の呪い》……?

 なんだそれは?


 わけが分からん。


「……何をバカなことを、と思うかもしれないけど、聞いてくれ」

「お、おう……」

「ん、うん……」

「僕にとってはこの説明、毎度のことなんだよ……」


 彼女……いや、彼は項垂れて、大きなため息を吐く。

 その姿からは哀愁が漂っていた。


 俺達は困惑している。話を聞かざるを得ない。


「僕は生まれつき、アビリティ欄に《女装の呪い》というものが掛かっていて、産まれてからずっと女性用の物しか身に纏えないんだ……」

「なんだそりゃ」

「バカらしいとは思うけど、ほんとなんだ! 本当のことなんだっ……!」


 クリスは必死だった。

 冗談のような話だが、冗談を言ってるようには思えない。


「僕だって嫌さっ! 男に生まれたんだから、男らしい格好をしたいさっ! でも、この呪いのせいで、男物の服を着るとめっちゃ体調が悪くなるんだよっ!」

「…………」

「本当なんだってば……!」


 彼女……いや、彼の説明を聞いて俺達は絶句していた。

 クリスは本当のことだと念押ししてくるけれど、別に信じていないわけではない。


 ただ、絶句しているだけだ。


「髪だってね! ある程度長くないと体調悪くなるんだ! どうしようもないんだっ!」

「じょ、女性だって、ベリーショートの人とかいるでしょ……?」

「僕もそう思ったさ! でも、短くしたら体調が悪くなったんだ! ウィッグを付けないと日常生活もままならないほどになったんだっ……!」


 クリスは魂の奥底から、声を上げていた。


「分かるかっ……!? 付けたくもないウィッグを付けて生活する気持ちが、君達に分かるか……!? 男らしく生活したいのに、それが許されない僕の惨めさが、君達に分かるか……!?」

「分からんて」


 可哀想だとは思う。

 しかし、クリスの心情は絶対に共感できない。


 あまりに特殊な例過ぎて、彼女の……彼の苦しみは絶対に分かち合えないものだった。


「くそーーー! くそーーーっ! 生まれてからずっとのことだけど、くそーーーっ!」

「んー、哀れだねぇ」


 フィアがぼそりと言葉を呟く。

 俺も彼女と同じような気持ちだ。


 哀れだとは思う。だけど、どこまでも他人事だった。


「この宝剣祭の戦いを勝ち進んで、劇的な強さを手に入れれば、この呪いを解く方法も見つかるんじゃないかって期待してたのに……でも、さっき……」

「俺がお前の宝剣壊しちまったからなぁ」

「くそーーーーーーっ……!」


 また叫ぶ。

 クリスは情緒不安定になっていた。


 汚い叫び声を上げているが、彼は声まで女性らしい綺麗な高音であり、野暮な感じがまるでなかった。


「クリス、お前さっき俺に対して、この戦いは『誇り高い偉大な戦い』とか『勝利して世界に貢献する』とか言ってなかったか?」

「私欲、丸出しだよね?」

「そ、そそ、それはそれ……これはこれ、ということで……」


 クリスは顔を赤くしながら、目を泳がせた。

 かわいい。

 こんな些細な挙動まで、可愛いと感じてしまう。


 男なのに……。


「べ、別に嘘じゃないよっ!? 正しい者が世界の王にならないと、この世界は滅茶苦茶になってしまうし、だからこそ正義のために戦わないといけないと思っている……!」

「うんうん」

「でも、ちょっとぐらい、私欲が混ざっても、いいんじゃないかなぁーって……」


 クリスがまた目を逸らして、恥ずかしそうにする。

 なんだ、こいつ、あざとい。

 頬が桜色に染まる様子が、とてもあざとかった。


「あー、うん……」


 クリスの事情は分かった。

 彼は《女装の呪い》というアビリティのせいで、常日頃から女装をしなければいけなくなっている。


「……身体的には男性だけど、性格とか気持ち的には女性だったり?」

「体も心も男だいっ……! ただ、女装を強いられているだけだいっ!」

「あー、うん、そう……」


 元の世界のトランスジェンダー問題ともまた違うようだ。


 そうなってくると……。

 うーん……。


「……こちらとしては何も出来ることはありませんので、その問題はクリスが一人で頑張って下さい、と言う他ないな」

「くそおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ……! 分かってることだし、いつも通りだけど、くそおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ……!」


 クリスが床の上をのたうち回りながら叫び声を上げていた。


「おもしれーやつ」

「フィア、それは中々残酷なコメントだと思うぞ?」


 フィアがけらけらと笑う。

 彼女の中で、クリスはおもちゃのような存在に成り果てるのだった。


「一つ質問いいか? ちょっと話は変わるんだが……」

「うん?」


 これ以上この話は進展しないと思ったので、俺はさっきから気になっていたことを質問する。


「クリスの持っていた宝剣には、お付きの精霊がいないのか?」

「精霊……?」


 俺の質問に対し、クリスが目をぱちくりさせていた。


 いるのならいる。いないのならいない。

 そう返答が返って来るべきだが、彼の反応はそのどちらでもなかった。


 困惑。彼は俺の質問の意味すら理解していなかった。


「…………」


 クリスの宝剣には、フィアのようなお付きの精霊が存在しない。

 それどころか、宝剣の精霊の存在は常識ではない。

 彼の反応からそのことが分かった。


 俺は宝剣一本一本にフィアのような精霊が付いているものだと考えていたが、それは完全に違うらしい。


 そもそも、フィアはさっき自分のことを記憶喪失だと言った。

 もし宝剣の精霊が常識的な存在なら、記憶喪失なんて嘘は付かず素直に精霊だと自己紹介していたはずだ。


「…………」


 フィアの横顔に目を向ける。

 彼女は凛と顔を澄まし、そこから彼女の感情は読み取れない。


 彼女は何か俺に説明していない事情がある?


「えぇっと……? なんだい、その、お付きの精霊っていうのは?」

「……いや、なんでもない。ほら、さっさと水場に行って泥落としに行くぞ。街に行くのなら、早く準備をしないとな」

「え? あぁ、うん……」


 話をはぐらかして、次の行動を急かす。

 今はこの話をこれ以上しない方がいいだろう。


 フィアが何を隠しているのか分からない。


「じゃあフィア、クリスを水場に……って違うんだ。男同士だから、俺が連れて行けばいいのか」

「そうして」


 男であると散々聞いているのに、つい間違えそうになる。

 だって、こいつは本当に見た目だけは美少女なのだ。


「じゃあ、行ってくる」

「わわっ!?」

「行ってらっしゃーい」


 縛られたままのクリスを脇に抱えて、俺は水場へと移動する。


 これが終われば、いよいよ人の住む街にいける。

 俺達のサバイバル生活は一旦終わりを迎え、ちゃんと文化的な生活が送れるようになるだろう。


 今日は衝撃的な出会いがあった。

 ただ、クリスがもたらしてくれた情報は、俺達を大きく前進させる大切な情報なのであった。


 ……ちなみに、池での水洗いの時に確認したが、クリスはちゃんと付いていた。


 何がとは言わないが、立派なものが付いているのだった。

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