25話 クリスの家族
「た、ただいま~…………」
クリスがおずおずと自分の家の玄関を開ける。
声には覇気が無く、肩を小さく丸めている。自分の家のはずなのに、彼はびくびくと怯えながら家の扉を押し開ける。
ここはクリスの家。
俺とフィアは彼の案内の元、あの遺跡の森から脱出して、大きな街の中にある彼の家へとやってきていた。
「あ、お帰り、クリス。訓練お疲れ様」
「た、ただいま……お父様……」
玄関まで出迎えてきたのは、どうやら彼の父親のようだ。
結構なイケメンだった。
大きな娘……いや、息子を持っていながら若々しさを感じさせる。人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら、息子のクリスを出迎えに来ていた。
しかし、なんだろう。
この人はもの凄い武人である、という直感を覚えた。
「ん? クリス? 後ろの人達は?」
クリスの親父さんが彼の後ろにいる俺達に目をやり、きょとんとする。
「あ、えっと、えっとね……。そこで知り合った人たちでね……ちょっと訳あってお客さんとして連れてきたんだ……」
「零一郎と言います。突然のご訪問、失礼致します」
「私はフィア。よろしく」
お辞儀をして、自己紹介をする。
突然の訪問であったが、クリスの親父さんは落ち着いた様子で俺達に挨拶を返した。
「あぁ、私はこの街の領主、レイオスフィード家のアデルと申します。息子のクリスがお世話になっております」
クリスの親父さん――アデルさんがそう言うと、家の奥からメイドさんがぞろぞろとやって来て、クリスや俺たちの荷物を預かっていった。
家に普通にメイドさんがいる。
大きな家であることから察せられたことだが、やはりクリスの家はかなりの金持ちのようだ。
「とりあえず、客間にお通しします。どうぞ、こちらへ」
「どうも」
アデルさんが俺達を案内し始める。
……と同時に、触れられたくないあの話題を切り出した。
「あ、そうだクリス、宝剣の使い勝手はどうだったかい?」
「―――ッ!!」
クリスの体がびくんと震え、声にならない声を発した。
「……どうしたんだい、クリス?」
「…………」
クリスは全身からだらだらと汗を垂らしながら、がたがたと全身を震わし始めた。
息子の妙な挙動に、アデルさんが振り返って訝し気な顔をする。
「こ……こ……」
「こ?」
彼の唇はぷるぷると震えている。
上手く、言葉を紡げない様子だった。
「こ……こわれた……」
「壊れた?」
アデルさんがきょとんと首を捻る。
クリスは叫んだ。
「壊れたああああああぁぁぁぁっ……! 負けたああああああぁぁぁぁっ……!」
「え……? えっ!?」
「そこのレイイチローに負けたあああああぁぁぁぁっ……!」
クリスが涙目になりながら、一番言いたくなかった事実を告白する。
魂の奥底からの咆哮だった。
「えええええぇぇぇっ……!?」
アデルさんが極限まで目を見開き、驚く。
心底驚きを露わにしている。
周りのメイドさんたちもビックリしている。
やはり、一日目で宝剣が壊されてしまうというのは、あまりに常識外れの出来事らしい。
「ええええええぇぇぇぇっ……!?」
「うわあああああぁぁぁぁぁんっ……!」
アデルさんが口を大きく開き、クリスが泣き叫ぶ。
屋敷の中に親子の叫び声が木霊するのだった。
俺たちは客間に通される。
そこで俺達の出会った経緯、そこでクリスの宝剣を壊した話など、一通りの説明を行った。
「…………」
この家の家長、アデル氏が流石に困惑していた。
口に手を当て、額から汗を垂らしている。頭の中でぐるぐると思考が回っている感じが手に取るように分かった。
「も、申し訳ありません、お父様……初日で敗れるなんて、無様な真似……この上ない恥辱だと理解しております……」
「あ、いや、別にいいんだっ……! い、いや、良くはないんだけどっ……! そ、そうじゃなくてだな!? え、えっと……」
先程から居た堪れない様子を見せているクリスの言葉に、アデルさんが声を裏返しながら反応する。
自分の家だというのにクリスが身を小さくしている。
むしろ、フィアの方が態度が大きい。出されたジュースを遠慮なく堪能している。
「……えぇと、レイイチロウ君と言ったかな?」
「はい」
アデルさんが俺の方に顔を向けた。
「君は、記憶喪失なんだって……?」
「はい、怪しい身元だというのは自分でも理解していますが、クリスさんを狙って攻撃したわけではありません。貴方がたの家族と敵対する意思はありません」
「あ、いや、そこを疑っているわけじゃないんだが……」
「あれ?」
息子のクリスの宝剣を破壊したのが、自称記憶喪失で身元不明の男。
傍から見ても怪し過ぎる存在だ。
最悪、回りくどいやり方で自分の家族を害そうとしているスパイか何かと思われても仕方ない。
だから、俺とフィアがこの家にとってこれ以上害となるかどうか、厳しく警戒されるものだと思っていたが……どうやら少し違うみたいだ。
「……気になるのは、君が目覚めたという遺跡だ」
「あ、そこですか」
「いやもちろん宝剣の戦いの結果にはびっくりしてるけどね……。でも今、それについて議論をしてもなんにもならないから……」
「……も、申し訳ございません」
会話が進む度にクリスの体が委縮していく。
可哀想なやつである。
「この街は『古都都市』と呼ばれていてね。発見された遺跡を基にして作り上げられた街なんだ」
「発見された遺跡?」
「そう。元々あった遺跡の建物を修復したり再利用したりしてね。そうやって一つの街を作り上げたんだ」
古都都市。
昔の遺跡を利用して作られた街。
つまり、俺が目覚めた場所と似たような遺跡がこの場所にもあったということか。
出された飲み物を口にしながら話を聞く。
紅茶のような飲み物だ。とても良い香りが鼻をくすぐる。
「そこで、君達が目覚めたという新しい遺跡だ。多分、未発見のものだろう。結界が張られていたって話だったっけ?」
「多分、そう」
フィアが返事をする。
アデルさんが大きく頷いた。
「おそらくこの『古都都市』と関係のある遺跡だろう。この都市の領主として、新しく発見された遺跡の調査を行っておきたい。その場所に人員を派遣したいんだが、許してくれるかね?」
「…………」
あ、そっか。
第一発見者の俺達に許可を、って話か。
いや別にあの遺跡は俺の物ってわけではないしな。
「構いません。俺の所有物でもありませんし。……フィアは?」
「ん、別にいい。私の物でもない」
フィアも軽く許可を出す。
どちらかというと、あの遺跡の中に封じられていた宝剣の精霊なのだから、あの遺跡はフィアの物であるような気もしたが、彼女が言うには別にそうではないらしい。
じゃああの遺跡は一体何なんだ?
「確かレイイチロウ君たちは生活の支援を求めていたんだっけか? 遺跡調査の協力者になってくれるのなら、私達レイオスフィード家が君たちの衣食住の援助をしよう。それでどうかな?」
アデルさんがそう提案する。
太っ腹だ。
俺たちが家なき子で生活に困っている事情を知っているから、そういう名目をつけてくれたのだろう。
それはとってもありがたいのだが……、
「いいのですか? 俺たちは一応、あなたのご子息の大切な宝剣を破壊してこの家に不利益を与えた側だと思うのですが?」
「ま、まぁ……それについてはまだびっくりしているけど……ねぇ?」
アデルさんが非常に微妙な顔をしながら曖昧な言葉を口にする。
まぁ、言いたいことは分かる。
別に卑怯な手段を使われたわけでもないのなら、この戦いに対して逆恨みをする方が家としての品格を損なってしまうのだろう。
宝剣祭で息子が敗北したことはこの家にとってマイナスだ。
だが、ここで変に難癖をつけたら家全体の度量が問われてしまう。
……大変だな。
「も……申し訳ありませんでした……」
「…………」
クリスが居た堪れなくなって何となく謝る。
こいつは今日、厄日だな。
原因は俺だけどさ。
「ま、まぁ、そういうわけで私たちの援助を受け取ってくれ。今後また話を聞くために呼びつけるかもしれないけど、構わないかな?」
「えぇ、構いません」
「ん、大丈夫」
「じゃあ、君たちの世話役として……クリス、頼めるかな?」
「は、はいっ……! もちろんです!」
急に話題を振られ、クリスがびくっと反応する。
順当な役どころだろう。しばらくは彼のお世話になることにしよう。
「じゃあ、改めて……レイイチロウ君、フィア君」
「え?」
「ん……?」
その時だった。
アデルさんが急に立ち上がり、深々と頭を下げ始めた。
少し面を喰らう。
「クリスの命を奪わないでくれて、本当にありがとう。家族として心から感謝する」
「…………」
「……お父様」
この人は領主だ。その頭は決して軽くはない。
でも、この人は自分の子供ためにその頭を下げた。俺やフィアというどこの馬の骨とも知れない人間にそれをしていたのだ。
……この家の人達に下手な行いはできないな、と思った。
アデルさんが頭を上げる。
「何か頼みごとがあったら遠慮なく言ってくれ。レイオスフィード家として全力で取り組ませて貰うよ」
「あ、じゃあ……」
「ん?」
お言葉に甘えて、早速頼みごとをしてみようと思う。
「ちょっと作って貰いたいものがあるのですが」
「作って貰いたいもの?」
「はい、少し考えていることがあって……」
アデルさんに近づき、とある工作品のイメージを伝えようとする。
――その時だった。
この客間の扉が荒々しくバタンと開けられた。
「クリス! クリスは無事なんですかっ……!?」
「落ち着いて下さいませ、奥様っ……!」
「ん?」
勢い良く一人の女性が飛び込んできて、大きな声を上げ始める。
その女性を落ち着かせようと、数人のメイドが彼女を宥めようとしていた。
「クリスが宝剣の戦いで負けたって聞きました……! クリスは無事なんですか!? クリスは生きているんですか……!?」
「シュシュ様! 一度落ち着いて下さいませ……!」
長い金色の髪のとても綺麗な女性であった。
クリスととても良く似ている。聞こえてきた話から、クリスの母親だと判断が付く。
母親が子供の心配をしてこの部屋に駆け込んできた。
それはいい。それは何もおかしいことではない。
しかし、俺とフィアはごくりと息を呑む。
クリスの母親と思われる女性は、大きな剣を手に構えていたからだ。
「クリスーーー! クリスは無事なんですかーーー!? 私の娘ーーー!!」
「お、落ち着くんだ、シュシュ……!?」
「お母様! 僕は息子です!」
アデルさんとクリスがシュシュさんを宥めにかかる。
なんとも賑やかな家族なのであった。
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