22話 第一の強敵『クリス』(2)

「……ここは」


 クリスがゆっくりと目を開く。

 そこは何の変哲もない森の中だった。


 先程クリスは自分の家の私有地で、新たなダンジョンへの道を発見した。

 ダンジョンの次の層へと進むためのアイテム――転移玉石を見つけ、それに手を触れたのである。


 クリスの推測では、ここは恐らく誰も知らない未発見のダンジョンのエリア。

 新たな冒険の予感に、クリスはぞくぞくと体を震わせていた。


「えっと……」


 注意深く、じっくりと周囲を観察する。

 そこは先程までと同じように、森の木々で囲まれていた。


 何も変なところは無い普通の森の中のように思える。太陽が高く昇り、周囲の木々がその光を遮って濃い影が出来ている。


 ダンジョンと言えど、その全てが洞窟の中であるわけではない。

 ダンジョンは層ごとに空間が断絶していて、層ごとに空があり、太陽が輝いているところも多く存在している。


「…………」


 クリスが何度も周囲を見渡す。


 この場所は小高い場所にあるのだろう。

 遠くがよく見える見晴らしの良い場所が近くにあった。


「古城……」


 そこから古ぼけた大きな城を見つけることが出来た。

 大きな古城が遠くに見える。


 壁面に蔦が絡み、離れた場所からでも薄汚れているのが分かる。長年人の手の入っていないような、ボロボロのお城であった。


 新たなダンジョンの森の先に、やけに印象的な古城が存在した。


「……行ってみるか」


 クリスは行動を開始する。

 目指すはあの古城だ。


 森の中を進むと、背の高い木々が邪魔して古城が見えなくなってしまう。

 しかし自分の方向感覚を頼りにして、クリスは進む。


 進んでいる途中でモンスターにも出会った。

 しかし、Lv.6前後の弱い敵ばかりだ。Lv.19であるクリスの脅威にはならない。


 服を汚しながらも、クリスは前に進む。

 誰も知らないダンジョンの、謎めいた古城。

 高揚感と緊張、少しの恐れとそれ以上の探求心に胸を躍らせながら、クリスは冒険をしていた。


 そして、あともう少しで古城に到着する。


 ――そんな時に、クリスは出会った。


「む……!?」

「あ?」

「ん?」


 不審な二人組だった。

 誰も発見していないと思われるダンジョンの中で、クリスは妙な二人組に出会った。


 地べたに座って焚火を囲んでいる。

 モンスターの出る場所だというのに、のんきな様子で肉や山菜を焼いているようだった。香ばしい匂いが辺りに充満している。


 男女の二人組であり、男性の方は黒髪でガタイが良かった。

 胡坐をかいて座っているので分かり辛いが、立ったら身長が190cm近くありそうである。


 女性の方はやや小柄で、美しい白髪をセミロングの長さまで伸ばしていた。髪の色と同じ真っ白な白い服を身に纏っていて、とても清らかな印象を受ける。


 クリスはその二人に見覚えが無いが、それは零一郎とフィアであった。


「な、何者だ……!?」

「え? なんだ?」

「人……?」


 クリスの口から驚きの声が漏れると、その二人組もこちらの方に振り向く。

 三人が三人、妙な場所での人との遭遇に驚いていた。


 クリスはとっさに宝剣を身構える。

 すると男性の方も素早く立ち上がり、剣を手に取った。


「あっ! 宝剣!? お前もっ……!?」


 クリスは思わず声を上げる。

 男性が持っている剣にも白く輝く宝石が埋め込まれているのだ。


 どちらも宝剣の勇者同士。

 それを察して、この場の緊張が一気に高まった。


「くっ……!?」


 クリスは困惑するが、それは一瞬だった。


 頭に素早く過ぎったのは、先手必勝。

 相手は未知のダンジョンの中にいた謎の二人組。敵か味方かも分からない。


 話し合いが通じない相手かもしれないし、ぼやぼやしていたら逆にこちらが攻め込まれてしまう。


 そもそも、宝剣の所持者は争い合う運命にあるのだ。

 迷っている暇があったら、先手を仕掛けるのが最善だと思えた。


「覚悟っ……! はあああああぁぁぁぁぁっ!」


 声を上げながら、クリスは敵に向かって前へと走る。

 三人が出会ってからまだ数秒、早くも戦闘が開始された。


「ま、待てっ……!?」


 一方、男性の方はまだ心の準備が出来ていないようだった。

 向かってくるクリスに対し、手のひらを前に出し制止を呼び掛けている。


 明らかに悠長な行動。これはいける、とクリスは確信した。


「宝剣よ、唸れっ! 『ホーリーランス』ッ……!」


 クリスは宝剣の能力を発動させた。

 聖なる力を纏った槍が、クリスの周囲に突如出現する。


 三本の聖なる槍が空中に現れ、クリスの動きに合わせて付いてくる。

 この槍を発射し、高威力の弾丸として相手に飛ばすのがクリスの宝剣の能力であった。


「いくぞっ!」

「くっ……!」


 次の瞬間にも、聖槍が零一郎に向かって飛び出そうとしている。


 クリスは駆ける。

 金色の美しい髪を靡かせ、勇猛に前へと走っていた。


 先手は貰った。

 相手は明らかに出遅れている。

 この勝負、勝てるかもしれない。


 クリスはにやりと微笑んだ。


 ――が、その時だった。


「どぅぇっ……!?」


 突如、クリスの足元が崩れた。

 がくんと視界が傾く。足が滑るような感覚があり、全身が一気に傾いていた。


 突然のことに、クリスの口から変な声が漏れる。

 何が起きているのか理解が追い付かず、クリスは混乱した。


「なっ……!?」


 下を見ると、いきなり足元に大穴が空いていた。

 すり鉢状の穴であり、中心の底に向かって砂がさらさらと滑り落ちていた。


「わ、わあああぁぁぁっ……!?」


 突然のことに対応できず、クリスは激しくすっ転ぶ。

 そのままごろごろと坂道を滑り落ち、クリスの体が穴の中心へと転がっていく。


「あーあ……」


 男女の二人組が駆け寄って来て、穴の外からクリスの惨状を見守る。


 突如発生したこの穴は、零一郎がスキルによって作っておいた《アリジゴク》だった。

 昨日、アリジゴクのモンスターを食べて零一郎は《アリジゴク》のスキルをゲットしていた。


 その《アリジゴク》のトラップを周囲に仕掛けており、やってきたモンスターをその穴に引っ掛け、レベルと食料稼ぎをしていたのであった。


 《アリジゴク》の罠は直前まで隠蔽が可能。

 不運にも、クリスはそのトラップにまんまと引っ掛かってしまったのである。


「がはっ……!? な、なんでこんなところに、大穴が……!?」


 未だクリスは現状がよく分かっていない。

 体勢を崩したまま穴の底にまで到着して、嘆くような声を上げていた。


「あっ……!? し、沈む! 沈むっ!? 待って……!?」


 ただ、クリスの不幸は終わらない。

 穴の底は流砂のようになっており、クリスの体がどんどんと土の中へと沈んでいく。もう体の半分が埋まっており、体勢を崩したままのクリスでは脱出が困難だった。


「待って、待って……!? 出られない!? し、沈む、沈む……!?」

「…………」


 あわあわと混乱しているクリスのことを、零一郎とフィアが穴の外から悲しい瞳で見つめていた。


 先程、零一郎はクリスに対して「待て」と制止を掛けた。

 こうなることは分かっていたからだ。


「…………」


 零一郎がクリスから目を離す。

 穴の外にはクリスの宝剣が落ちていた。

 アリジゴクの罠に引っ掛かって体勢を崩した時、クリスは宝剣を手から離してしまったのである。


「えい」

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!??」


 零一郎が自分の宝剣を振り、無防備なまま転がっている敵の宝剣に攻撃を加える。


 彼の一撃によって、クリスの宝剣の宝石が砕けた。


『宝剣《ホーリーランス》を倒した。

 Crown Point 50 を獲得した。』


『Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動

 Blade Skill《ホーリーランス》を獲得しました』


 勝利を告げるメッセージが零一郎の元に流れる。

 宝剣同士の決着は、相手の宝剣に付いている宝石を破壊すること。


 彼は初めての宝剣の戦いに勝利した。


「君っ!? 君、まさか……!? お前、ぼ、僕の宝剣をっ……!?」

「…………」

「う、嘘だ!? まさか、まさかこんなことっ!? まさかっ……!?」


 穴の底でクリスが喚く。

 目の前で起こったことを信じることが出来ず、目は大きく見開かれていた。


「あーーーーーーーーーーーっ!?」


 頭が真っ白になりながら、クリスは無意味な叫び声を上げた。


 こうしている間にも、体は徐々に穴の底へと沈んでいっている。

 だが、自分の宝剣が破壊されたという現実を直視できないまま、まともな思考ができなくなっていた。


「あ、待って……!? で、出られない!? この穴から出られない……!?」

「…………」

「し、沈む沈むっ!? 待って待って待って……!? やばいやばいやばい!?」


 最早、哀れで見ていられない。

 零一郎とフィアはクリスから目を背けた。


「た、助け……!?」

「…………」

「ぶくぶくぶく……」


 そうして、クリスは沈んだ。

 頭までずっぽり、クリスは土の下へと沈んでしまったのである。


「……険しい戦いだった」


 零一郎がぼつりと呟く。

 目の前から敵がいなくなり、彼の完全勝利が確定した。


「……そうだね」


 フィアが小さな声で返答する。

 その顔は、なんだかとても悲しそうであった。


 こうして、零一郎にとって初めての宝剣同士の戦いが終結した。

 彼は厳しく苦しい戦いを乗り越え、なんとか勝利を掴んだのであった。


「…………」

「…………」


 しかし、彼ら二人の表情は浮かないままである。


 なんとも虚しい勝利なのであった。

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