14話 異世界のお姫様
それは零一郎がフィアと出会った時と、ほぼ同時刻。
まだ日の沈んでいない時間帯。
とある洞窟の中でのことだった。
「う……あぁ……」
「っ、くっ……こ、ここは……?」
四人の男女の小さな呻き声が響く。
ここは異質な場所であった。
ごつごつとした岩肌に薄暗い空間。不思議な鉱石が淡い光を放っており、人工的な灯りが無いもののその洞窟の中は真っ暗ではなかった。
床には大きな紋様が描かれている。
それは円を基調とした紋様であり、俗に言う魔法陣と呼ばれるような紋様であった。
なにやら怪しげなモニュメントなどが部屋の至る所に飾られている。様々な動物の頭蓋骨、金で出来た天秤、毒々しい色の植物で作られた人形。
まるで魔女の実験場のよう。
ごてごてとしたオカルトチックなその空間は異様な空気感を発していた。
「うぅ……い、一体なにが……?」
「ここは……どこだ?」
その場にいた四人の男女の意識がはっきりとしてくる。
彼らは魔法陣の上に横たわっていた。
ゆっくりと体を起こす。
そして、四人はお互いの顔を見た。
「…………」
「……え、えぇっと?」
お互いがお互いの顔に見覚えが無い。
あなた達は誰? という感情が全員の顔にしっかりと現れていた。
「誰か……この場所がどこだか知っているか? 私が先程までいた場所とは違う場所なのだが?」
「えぇっと……?」
「いや……」
背の高い一人の女性が質問をするが、その返答は返って来ない。
皆この場所に見覚えが無い。彼らがそれぞれさっきまで居た場所とこの場所は異なっている。
まるでワープをしてこの場所に連れて来られたかのような奇妙な現象を味わっていた。
「おかしいな。僕はさっき、トラックに轢かれそうになったはずなのに……」
「とらっく?」
黒髪の少年がそう言うと、その場にいた緑色の髪の女性と青髪の男性がきょとんとした顔をした。
「とらっく、とは聞き覚えのない単語だが……それは何だ?」
「この奇妙な場所と何か関係があるんかねぇ?」
「え……?」
『トラック』という言葉に聞き覚えが無い。
そう言った緑髪の女性と青髪の男性に対し、黒髪の男性と金髪の女性が目を丸くした。
「それは一体どういう……?」
「……っ! 待て! 何かが来るぞっ!?」
その時、その場の空気が変わった。
緑色の髪をした女性が険しい声を発する。
この魔法陣のある広い空間の向こう側、通路のようになって洞窟の奥から何かの足音が響いてきた。
ずん、ずん、と音の間隔は広いが、重量を感じさせる足音だった。
そして、その音の主が真っ暗な通路の向こう側から姿を現す。
「なっ……!? バケモノ!?」
「オークかっ!」
それは緑色の肌をした大きなモンスターだった。
地球で言うところの空想の怪物、オークと似ている化け物であり、緑色の髪の女性もその名を叫ぶ。
「オオオオオォォォォッ……!」
「ひぃっ!?」
オークが叫び声を上げる。
三メートルはある巨体から発せられる重低音の大声。それだけで金色の髪の少女は恐怖に囚われ、動けなくなってしまった。
「な、なんで……こんなバケモノが……」
「ファイヤーボール!」
緑色の髪の女性が魔法を放つ。
炎の弾丸がオークに向かって飛んで行った。
「グアアアァァッ!」
炎の魔法がオークに着弾する。
爆発がオークの肌を焼き、体を焦がす。
オークは悲鳴のような叫び声を上げるが、実際の所その巨体へのダメージはそれほど大きくなかった。
「くっ! あまり効いていないか……」
「ま、魔法……!?」
「あなた今、手から炎を出しませんでしたか!?」
緑の髪の女性以外が、魔法の存在そのものに驚きを示す。
モンスターという存在が目の前にいることすら信じられない。戦い以前の問題だった。
だが、敵は待ってくれない。
オークがその巨体に似合わぬスピードで走って迫ってきた。
「オオオオオォォォォォッ……!」
「くっ!?」
狙いはファイヤーボールを放った緑髪の女性だ。
雄叫びを上げながら接近し、その女性に向かって棍棒を振る。
「ぐっ……! きゃあっ!?」
緑髪の女性は飛び退いて棍棒を躱す。
しかし回避しきれず、棍棒が体を掠る。その掠っただけの衝撃で、彼女は洞窟の壁にまで吹き飛ばされてしまった。
「だ、大丈夫ですかっ……!?」
「ぐ、うぅぅ……」
彼女の体が床に倒れる。
死んではいない。小さな呻き声が聞こえてくる。
しかし、すぐには動けそうになかった。
「オオォ……オオオォォ……」
「ひっ……!?」
オークが唸り声を上げながら、次の標的に顔を向ける。
金髪の少女の方を見た。少女の口から怯えの声が漏れる。
その化け物の殺気を向けられただけで、金髪の少女は腰が抜けて動けなくなる。
「オオオォォォ……」
「あ……あっ……」
オークが棍棒を振り上げる。
少女に死が迫っている。
けれど、その少女に出来ることは何もなく、ただ顔を青ざめるだけだった。
「やめろぉっ……!」
声を震わしながら、黒髪の男性が少女と怪物の間に割って入る。
少女を庇うように、盾になるように。
実際何ができるわけでもなかった。
オークが棍棒を振り下ろせば二人ともぺちゃんこだ。少年は少女を守ることは出来ない。
少年は無駄死になる。
それでも、わけも分からず体だけが動いていた。
「グオオオオオォォォォォッ……!」
「……っ!」
オークが雄叫びを上げ、棍棒を振り下ろす。
少年はぎゅっと目をつむった。
――だが、その棍棒は少年には届かなかった。
「はぁっ!」
「ギャッ……!?」
一つの影がその場に乱入してきた。
オークがやって来た通路の反対側、そちらにもう一つの通路があり、そこからその乱入者は姿を現す。
目にも止まらぬ速さでその影が素早く動き、その影がきらりと光る剣を振るう。
すると、オークの体は真っ二つに両断された。
今の今まで傍若無人に振る舞いこの場を支配していた怪物は、情けないほど小さな声を上げながら体が二つに分かれる。
「……?」
中々振ってこない棍棒に、黒髪の少年が恐る恐る目を開く。
そこには信じられない光景が広がっていた。
水色の美しい髪が靡いていた。
自分たちとオークの間に見知らぬ女性が立っていた。
さっきまでこの場にいた自分以外の三人とも違う、新たな乱入者。
オークの体が二つに分かれ、ドスンと大きな音を立てながら地に倒れる。
その場にいた皆が驚く。あの大きな怪物の体がたった一刀のもとに両断されていた。
オークが死んだ。
それをやったのは、颯爽と現れた水色の髪の少女だ。
しかし、細身の少女が巨体のオークを一撃で葬り去ったという光景はなんだか現実感が無く、その場の皆が唖然としていた。
水色の髪の少女の手には銀色に輝く細身の剣が握られている。
その剣には青く輝く宝石が埋め込まれていた。
「……遅くなって申し訳ありません」
水色の髪の少女が、黒色の髪の少年の方に振り向く。
とても穏やかな声であった。
透き通るような水色の長い髪がふわりと揺れる。
髪を頭頂部に近い両側で結んでおり、ツーサイドアップの髪型をしている。
眉目秀麗、まるで作り物の様に綺麗な顔立ちであり、整った容姿。
瞳は大きく、まるで宝石のように美しい。
佇まいそのものが清楚であり、可憐。
気安く触れてはならないと思える程高貴な空気を感じさせるが、それでいて愛らしい雰囲気を漂わせている少女であった。
お姫様。
御令嬢。
ドレスを着ているわけでも、宝冠を被っているわけでもない。手に持っているのは鋭い剣である。
でも黒髪の少年はその水色の髪の少女を見て、そんなイメージを抱いた。
「間に合って良かったです。貴方がたが予言の書にあった異界の勇士様ですね?」
「…………」
水色の髪の少女の質問に対して、誰も口を開けない。
彼女の言った異界の勇士様というのがよく分からなかった。
「色々と混乱為されているでしょう、異界の勇士の皆様。説明は後程、ゆっくりとさせて頂きます」
「…………」
「その前に、まずは自己紹介を……」
少女が優雅に礼をする。
両手でスカートを軽く摘まみ、片膝を軽く曲げる。
彼女の水色の髪に不思議な鉱石の放つ淡い光が映える。
部屋の暗がりと薄明かりの光が少女を彩り、そのくっきりとした陰影が彼女に神秘的な印象を与える。
端正な顔に光と影が同時に差す。
その場にいる者は皆、息を呑まざるを得なかった。
「わたくしはゼルオルス王国第二王女、ルルティナ・ヴァルキリス・トゥール・ドゥ・ゼルオルスと申します」
「……王女?」
「異界の勇士の皆様、どうかご安心ください。貴方がたの身の安全は我が王国が保証させて頂きます」
「…………」
彼女の声が洞窟内に柔らかく響く。
この場の四人の心に安心感がすっと染み込んでくる。
「それで、もし……もしよろしかったら……」
王女の瞳が正面から彼らを見据える。
「我々に力をお貸し下さい。世界に光が満ちるよう、悪が世界に蔓延らぬよう……」
「…………」
「どうか『
空気が張り詰める。
この部屋にいる者全ての体が強張っていく。
――彼らの壮大な戦いは、今この時から始まるのであった。
「姫様~~~っ!」
「ん……?」
そんな時、この洞窟に一つの声が響いてくる。
通路から大仰な鎧を着た屈強な男性が姿を現し、この場へと駆け寄ってきた。
「遅いですよ」
「ひ、姫様が速過ぎるのです……。ぜぇっ、ぜぇっ……」
鎧の男性は水色の髪の少女に近寄り、息を乱す。
彼はルルティナの護衛の騎士だった。この場の四人の危機を察し、お姫様だけが先行してここに駆け付けて来ていたのだ。
「はぁ……はぁ……この方々が、予言書にあった異界の勇士達でしょうか?」
「えぇ、そうだと思います」
「まさか、予言書が本当になるとは……」
「…………」
半信半疑だった、というかのように護衛の騎士が怪訝そうな声を出す。
予言書も異界の勇士も何のことだかさっぱり分からないので、四人の男女は容易に口を挟めない。
「……あれ?」
そして、お付きの騎士は何かに気付いた。
「召喚される異界の方々は五人のはずでは? 一人足りないようなのですが……?」
今、この場に召喚されているのは四人の男女である。
なんでか、一人足りないようだった。
「……はて?」
お姫様は小さく首を傾げた。
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