15話 クラウンポイント


――力が欲しいか――


 声が聞こえてきた。

 微睡みの中で、頭の中に凛と響く声。


――力が欲しいか――


 泥のような闇の中を這い回っている。

 永劫に続く闘争の中で、安寧なき日常を過ごしている。


――ならば願え――


 重い暗闇が体に纏わりついている。

 自由は効かず、息苦しさがある。


 声が聞こえる。

 俺を惑わす声が聞こえてくる。


――力を欲し、歩みを進めるのだ――


 でも、どうしてだろう。


 なんだか少し耳がくすぐったかった。




「ん、あぁ……?」


 目が覚める。

 微睡みの中から、意識が少しずつ覚醒していく。


「力が欲しいかぁ……力が欲しいかぁ……」

「…………」


 隣に変な奴がいた。


 俺の耳元に手を添えて、なんか訳の分からないことをずっと囁いている。

 まだほとんど目の開いていない俺の隣で、「力が欲しいかぁ……」と悪魔染みた呟きを繰り返している。


 昨日俺が出会った奇妙な友人。

 白色の髪のフィアだった。


「ならばくれてやろうぅ……我と契約するが良いぃ……」

「…………」


 ……夢の正体は彼女か。


 なんだこいつは。

 寝ている俺の夢を弄っているつもりだったのか。


 どこまで宝剣を押し売りするつもりなんだ。

 本当に呪いの装備染みている。


 でも実際、夢への干渉が成功されていたのはちょっとだけ悔しかった。


「てい」

「あてっ」


 隣でバカやってるフィアにチョップをした。


「おはよ、レーイチロー」

「……おはよう」


 朝の挨拶を交わす。


「宝剣の勇者になる気になった?」

「全く」

「ちぇー」


 遺跡の地下。

 相変わらず薄暗く、空気の悪い室内で目を覚ます。


 俺達のサバイバル生活二日目が始まろうとしていた。




 近くの湖へと移動し、顔を洗う。

 朝の陽射しが水面に反射し、きらきらと光っている。


 湖の傍の地面に座りながら、俺とフィアは朝食の果物とヘビ肉を頬張っていた。


「とりあえず、昨日に引き続いて森の探索をするか。飯は……ヘビの肉が大量に余ってるけど、採れるものは採っておこう」

「またサバイバル……。もうちょっと勇者っぽいことをして欲しい」

「仕方ない。というより、俺は勇者にはなるつもりはない」

「むー」


 どうやらフィアはまだ諦めていない様だ。

 こんな普通の凡人にばっか構っていないで、別の有望な人間を探した方が良いと思うのだが。


「あと、この森を抜けて人里のある場所を探さないとな。フィア、どちらの方角に人里があるかとか、分からないか?」

「ごめん、よく分からない」

「そうか」


 これは難しい問題である。

 そもそもどちらの方角に行けばいいのか分からないし、どれくらいの距離を歩けばいいのかも分からない。


 進み過ぎれば夜が来る前に拠点の遺跡に戻って来られなくなる。とりあえず今日は遺跡から遠く離れるつもりはない。

 なるべく夜は遺跡の中で過ごしたい。


「あと、周囲のモンスターの情報は詳しく集めておきたい」


 顎に手を当てる。

 今日一番の探索の目的はそれだった。


 俺のレベルは未だ1。

 昨日のヘビを倒してもそれは変わらなかった。まだ経験値が足りていないのだろうか?

 簡単にモンスターに勝てると思ってはいけないだろう。


 もし昨日のヘビのような危険なモンスターがたくさんいるとすれば、やりきれない。

 気を抜けば、すぐ死に至る。

 この周辺に巣食うモンスターの情報をかき集める必要があった。


「ゲームだったら、素直にレベル上げ。だが、Lv.1のままでどこまで通用するか……」

「あ、レーイチロー、レベルの上げ方分からない?」

「む……?」


 フィアがひょいと俺の顔を覗き込む。

 レベルの上げ方?


「レベルの上げ方って……モンスター倒していればいいってわけじゃないのか?」

「『シェアリーの窓』開いてみて?」

「了解」


 フィアの言う通り、空中で人差し指を動かしてステータス画面を開く。


 『シェアリーの窓』とはステータス画面を映し出す青白い半透明のウィンドウのことだ。この世界ではそう言うらしい。さっき彼女に教えて貰った。


「それで、この、ベースポイントって項目を選択して……その使用用途で、レベルの項目を選択して……」

「おぉ……」


 『ベースポイント』とは、昨日ヘビを倒した時に入手したポイントだ。

 何のためのポイントなのか俺にはよく分からなかったが、フィアが慣れた手つきで俺のステータス画面を弄っていく。


「うん、これがレベルアップのための画面」

「なるほど……」


 俺のシェアリーの窓に、レベルアップのための表示が映し出される。


『Lv.1 → Lv.3に必要なBase Pointは 50です。実行しますか?

 (現在のBase Point;81)』


 という表示が出ている。

 俺は迷わず『はい』の項目をタップした。


『レベルアップ! Lv.1 → Lv.3に変化しました!

 Lv.3 HP 29/35(+6) MP 6/8(+2)

 攻撃力10(+2) 防御力7(+1) 魔法攻撃力2(+1) 魔法防御力3(+1) 速度7(+1)

 Crown Point を20入手しました。』


「おぉ……」


 俺のレベルが上がった。

 なんかこう、やっぱりちょっと嬉しい。


「上手くいったみたいだね」

「いや助かる、フィア。これ知らなかったらLv.1のまま一日中森の中を彷徨うことになっていた」

「いや、こっちこそゴメン。レーイチローは異世界人だからこっちの常識が通用しないんだよね。失念してた」

「いやいや」

「それにしてもすごいね。たった1日で2もレベルが上がるなんて。やっぱりあの大蛇を倒せたのは、普通じゃない……」


 フィアがシェアリーの窓から目を離し、俺の顔を見上げる。


「…………。……っ!」


 すると、ちょっと顔を赤くしてぴょんと俺から飛び退いた。


「ご、ごめん、ちょっと近かった……」

「そうか?」


 あぁ。

 シェアリーの窓を操作するために身を寄せる必要があったからな。

 確かに距離は近かったが、まぁ別に構わない。


「そんなことは置いといて、この『Crown Point』って項目なんだが……」

「むー」


 質問をすると、なんかちょっと頬を膨らまし、フィアがむくれる。

 俺の反応が薄かったから少し機嫌を損ねたのだろうか。


 まぁいい。


「『Crown Point』ってなんだ?」


 質問をする。

 先程のレベルアップの画面に『Crown Point を20入手しました。』という表示があった。

 『クラウンポイント』って、なんだ?


「……クラウンポイントっていうのは、『クラス』のレベルを上げるのに必要なポイントのこと。『クラス』の画面を開いてみて」

「了解」


 フィアの指示に従い、シェアリーの窓を操作して『クラス』の項目を開く。


『クラス;――

 現在の保有クラウンポイント;20

 習得可能クラス;

 《剣士》;必要クラウンポイント・30

 《闘士》;必要クラウンポイント・60

 《狩人》;必要クラウンポイント・50』


「ふむ……」


 つまり、どういうことだろう?

 フィアの解説を待つ。


「簡単に言うと『クラス』っていうのは、人の区分とかスタイルとかを表すものなの。職業とか、戦闘スタイルとか言ってもいいかな?」

「テレビゲームでいうところの『ソルジャー』とか『魔術師』とか『騎士』とかそういうものか?」

「テレビゲーム……っていうのは分からないけど、多分その認識で大丈夫」


 例えが悪かった。

 この世界にテレビゲームは無いようだ。


「……で、ここから重要な話。宝剣の担い手にとって大事な話になるから、心して聞いて?」

「いや、担い手にはならないが……」

「むー」


 ジトっとした目でむくれられる。


 彼女がこほんと小さな咳払いをした。


「……クラウンポイントっていうのは、基本的に入手する手段が一つなの。だから、とても重要なポイントになってくる」

「一つ?」

「そう。レベルアップ時の入手。それ以外に入手手段が無いの」


 入手手段が一つ。


 今、俺はレベルアップした時に同時にクラウンポイントを手に入れた。

 まさにこれが唯一の方法なのか。


「…………」


 少し考える。


 地球でのテレビゲームの常識がこの世界にも当てはまるなら、レベルというのは上げれば上げるほど、次に上げるのが難しくなる。


 そしてここは現実。

 テレビゲームのように、時間さえ掛ければ誰でも気軽にレベルアップ作業が出来るという訳でもないのだろうと推測できる。

 モンスターと戦うのは常に命懸けだからだ。


 人が一生の内に辿り着けるレベルは大体決まっているのだと思う。

 例えば兵士の職業に就いた人は、一生をかけてレベルが30~40ぐらいになる、みたいな目安があるのだと思う。


 そうなると『クラウンポイント』は、その分以上は手に入らない。


「実質、有限のポイントってことか」

「そういうこと」


 『剣士』とか『闘士』とかのクラスのレベルを上げるために必要なポイントが有限。

 人生に影響するものだから、使うのは慎重にならざるを得ないだろう。


「……だけど、フィア。君は『基本的に入手する手段が一つ』と言った。例外が存在するんだな?」

「ご名答。宝剣使いにだけ、もう一つクラウンポイントを稼ぐ手段があるの」


 恐らくこっちが本題だろう。

 フィアは言う。


「『敵の宝剣を倒す』。そうすることによって、大量のクラウンポイントを入手することが可能なの。人が一生の内に稼げるポイントよりも多くのポイントが、宝剣同士の戦いで手に入れられる」

「……戦いか」

「そして、宝剣を育てる方法もクラウンポイントなの。宝剣にクラウンポイントを注ぎ込むことで、宝剣は強くなり、成長していく」


 一般人にとってクラウンポイントとは『クラス』のレベルを上げるためのもの。

 しかし宝剣使いにとっては、宝剣を成長させるという最も重要なポイントのようであった。


「この宝剣祭はね、レーイチロー。宝剣同士が戦ってクラウンポイントを手に入れる。そのクラウンポイントを使って宝剣を成長させる。そしてまた宝剣同士が戦っていく。そうした流れの中で行われる」

「…………」

「一番最初に宝剣をLv.10にした者が勝者。宝剣は聖剣となり、その担い手は世界の王となるでしょう」


 凛とした声が響く。

 ただの説明的な口調が、いつの間にか真剣味の帯びた声色に変わっている。


 俺は小さく息を呑む。

 フィアは俺を見上げるようにして、言った。


「誇り高く戦い、魂のポイントを集めて。レーイチロー」

「…………」


 真剣な眼差しが俺を見据える。

 だから俺も、自分を誤魔化さずに返答した。


「いや、まぁ、俺はその宝剣祭には参加しないわけだが……」

「も~~~っ!」


 フィアが俺をぽこぽこ叩いてくる。

 長々と説明して貰って悪いが、何度も言っている通り俺は宝剣祭には参加しない。


 話の後半は俺には関係ないことだな。


「さて、じゃあ今日も森の探索を頑張りますか」

「も~~~っ!」


 宝剣祭。

 宝剣同士が争う確立されたシステム。


 今この世界では、魂を賭けた大いなる戦いが行われているのである。



 ――それはさておき、俺は今日もサバイバル生活を頑張るのであった。

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