13話 肩が触れる距離

「もっかい! もっかい……!」

「わかった、わかったから……」


 ぶんぶんと体を揺さぶられる。


 地下の大空間の中。

 俺はフィアに服を掴まれ、前後に引っ張っられたり押されたりしていた。


 彼女は顔を赤くしながら必死な様子を見せており、俺は彼女の熱情に押され、されるがままになっている。

 何がもう一回なのか。

 それは明白であった。


「あのヘビの持ってるスキルは、たまたまちょっとダメなだけだったんだから! もう2、3体モンスター食べれば良いスキルを引き当てられるからっ!」

「分かった! 試す! 明日もう一回だけ試してみるからっ……!」


 先程、俺達はあのヘビから《深呼吸》のスキルを手に入れた。

 でも《深呼吸》なんて戦闘に何も使えそうにない。


 残念ながら、外れスキルだった。

 だから、彼女は名誉挽回の機会を欲しているのである。


「分かった。分かったからフィア、明日もう一度《ホワイト・コネクト》とやらを試してみよう」

「うんっ!」

「でもさっきも言った通り、俺とその《ホワイト・コネクト》の能力は相性が悪いぞ? いくら良いスキルを得られたとしても、俺はこの戦いには参加しないからな?」

「ん゛っ……」


 彼女は顔を強張らせる。

 Lv.1の俺では《ホワイト・コネクト》の能力を上手く活かせない。


 だから、俺はより一層この宝剣の戦いに参加しない意志を固めていたのだった。


「ま、まだ! まだだよっ……! こんなにすぐ諦めちゃいけない! この状況を打破する良い方法は必ずあるのっ……!」

「あるのか?」

「…………」


 問い返すと、沈黙が流れた。

 たった一言でフィアは黙ってしまった。


「…………」

「…………」


 もの凄く苦しそうな顔をしながら、フィアが必死に頭を働かせている。

 眉間に皺が寄り、額に汗を掻きながら、現状を打破する方法を一生懸命考えている。


 そして、口を開いた。


「それは……明日以降の課題ということで……」

「…………」


 いや課題も何も、そもそも俺はずっとこの戦いには参加しないと言ってるんだが。

 何とも間の抜けた結論となった。


「まぁ、今日はもう寝るか……」

「ん、うん! そうしよう! そうしようっ……!」


 不利な会話はさっさと終わらせたいのか、小動物のように何度もこくこく頷くフィア。

 なんとも分かり易い仕草に、思わず苦笑が漏れる。


「……というより、フィアの剣の能力が発動してしまったわけだけど、これって知らずの内に契約を結んでしまったことにはならないのか? 俺、嵌められてないか?」


 俺はこの戦いに参加するつもりはない。

 だけど、フィアの宝剣の能力を発動させてしまった。


 何も知らない俺を騙して、フィアが無理やり俺を宝剣の担い手に仕立て上げた、とかいうわけじゃないだろうか?


「ん、いや別に契約とか誓約とかは無いよ。まどろっこしいことは無くて、私の剣をずっと使い続けて育て上げればいいから」

「……単純に、宝剣を使っている人が宝剣の勇者ってことか?」

「ん、そう。だから逆に言うと、途中で宝剣を別の物に持ち変える人とかもいるよ。契約とかないから持ち変えるのも自由だし、捨てるのも自由だからね」


 思ったよりも縛りが緩い戦いだった。

 でもそうか。敵の宝剣を奪って、そっちに乗り換えるとかいう戦略も出来てしまうわけだ、この戦いは。


 一人一本の宝剣、という考えに縛られると痛い目を見そうだった。


「だから、大切なのは最後まで戦い抜くという覚悟! それが一番大切かな!」

「いや、そもそも参加するつもりは無いから」

「む~~~っ……!」


 いつも通り、フィアをむくれさせてしまうのだった。


 これで本当に今日一日、やるべきことは終わった。

 後は本当に眠るだけである。

 長い一日がやっと終わろうとしていた。


 そうして俺達は寝床の準備に取り掛かる。

 ……と言っても、その場の砂埃を軽く手で払うだけだ。


 ここにはベッドも布もない。

 地べたにそのまま寝っ転がる。


 だけど別に寝苦しさはない。

 記憶はないが、俺はどうやらこういう生活に慣れている様だった。


「……ん?」


 横になっていると、俺の隣にフィアが寝っ転がる。


「…………」

「……ん? どうしたの、レーイチロー?」


 少し距離が近い。

 仮にも男女なんだから、もう少し離れて眠るべきではないのだろうか?


 剣の精霊だから、感覚が少し違うのだろうか。


「いや、フィアの容姿は年頃の娘さんなんだから、俺とは少し離れて眠るべきではないか、って……」

「ん……、寝ている間に君がどっか逃げて行かないように、見張ってるの」

「あぁ」


 彼女が少し顔を赤くしながら、ムスっとした顔で答える。

 確かにこの距離なら、俺が身動きしたら彼女にもそれが伝わるだろう。


 今の俺にはどこにも行き場が無い、という問題点は置いておいて、彼女は俺が逃げ出すことを警戒しているのだ。

 今日一日で大分信頼が無くなったようだ。


 ……まぁ、俺が何もしなければいいだけか。


「分かった。おやすみ、フィア」

「うん、おやすみ、レーイチロー……」


 彼女の顔を見ながら、間近でおやすみの挨拶をする。

 なんだか変な感じだった。


「…………」

「…………」


 静寂が辺りを包む。

 この場所は遺跡の地下深くにあるため、何の音もしない。


 風の音も、木の葉が揺れる音も、獣の鳴き声も、何もしない。

 ただただ無音がこの世界を支配していた。


「……ねぇ、レーイチロー」

「ん?」


 だから、彼女の声がよく響いた。


「この世界に来て、後悔してる?」

「…………」


 おやすみの挨拶を交わしてすぐ、声を掛けられる。

 まぁでも、確かにすぐには寝られそうになかった。


 今日は色々あったから。

 ちょっと会話の相手が欲しかった。


「いや、後悔も何も、以前の記憶がないからな。前の世界との比較が出来ない」

「あはは、結構図太いんだね」


 フィアが小さく笑う。

 こんな状況も、なんだか笑い話のように感じられた。


「なんでレーイチローの記憶ないんだろうね? 世界を渡る時って、そういうことあるのかな? ……そもそも、なんでレーイチローはこの世界に来たんだろうね?」

「え……?」


 彼女の何気ない一言は、俺にとっての爆弾発言だった。


「……フィアが俺をこの世界に連れてきたんじゃないのか?」

「え……?」


 俺がそう訊ねると、フィアがきょとんとする。

 ……あ、これ、大きな勘違いがあるやつだ。


「あっ! いや、違うよっ!? 私じゃない、私じゃないのっ……! なんか気付いたら、この遺跡の地下に人間の気配が発生してたのっ!」

「フィアのやったことじゃない?」

「うん、うんっ……!」


 フィアが真剣な様子で頷く。


「近くに人間が現れたみたいだから、念話で声を掛けて、こっちに誘導したの。それで私とレーイチローが出会ったってわけ」

「なるほど……」


 俺がこの世界に来たのはフィアの仕業じゃなかった。

 じゃあなんで俺が今ここにいるのか?


「……なんでだ?」

「なんでだろう?」


 二人で首を傾げる。

 しんとした静寂が吹き通っていった。


「……まぁ、今考えても答えの出ないこと、かな?」

「んー、そうかもねぇ……?」


 煮え切らない感じの言葉を交わす。

 本当に、ここに答えはなかった。


「ん、そうだ、レーイチロー……」

「ん?」


 何かを思い出したかのように、フィアの眉がぴこっと動く。


「あの時、助けに来てくれて、ありがとね」

「あぁ……」


 あの時……ヘビの時のことだろう。


 彼女が微笑む。

 礼はもう貰っている。だから、改めて言われて少し気恥ずかしかった。


「……どうも」

「私は思う」


 フィアが、俺の目を見ながら言葉を紡いだ。


「君はとっても立派な人になるよ」

「…………」


 彼女の混じりっけない素直な気持ちを正面からぶつけられ、困惑する。

 言葉を返せなかった。


 俺はそうは思わなかったから。


「……おやすみ、フィア」

「うん、おやすみ、レーイチロー」


 そうして俺達は本当に目を瞑る。

 再び無音がこの場を包み込む。


 俺と彼女の距離は近い。

 身じろぐと、肩が軽く触れるような距離間だった。


 ほんの少し、フィアの体の温かさが伝わってくる。

 こうやって眠る時に人の温かさを感じるのは、なんだか酷く久しぶりのような気がして、ちょっとだけ心まで温かくなった。


 まどろみに包まれ、瞼が重くなる。

 異なる世界の一日目、俺は温かい夢の中に落ちていくのだった。




 ――この時俺達は気が付かなかった。


 フィアの剣の持つ特別なスキル。

 《ホワイト・コネクト》


 このスキルが『宝剣』の戦いを根底から覆してしまう力を持つことに。


 あらゆる宝剣の中でも異質中の異質。

 この力の本質は、もっととんでもないものであった。


 このスキルが大きな渦となって、世界全体を揺るがすことを……、


 ――俺もフィアも、まだ知らなかった。

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