9話 縄文式燻製法

 それは神話の時代の話。


 神の子バールダッドは神話の世界の勇士であった。

 神と人の子に害を為す凶獣を退治し、神に仇為す悪魔を滅ぼし、数多くの英雄伝を残している。


 そのバールダッドは真の聖剣の担い手であった。

 神から与えられた聖剣を振るい、数多の障害を軽々と乗り越えていく。


 神の子バールダッドとその仲間たちの活躍により、神の世界の秩序は保たれていた。


 しかし、その神界にも危機が訪れる。

 魔神なる者が現れたのだ。


 魔神なる者は神界を喰い荒らしていく。世界の多くは混沌に沈み、神と人の子は次々と斃れ死んでいく。


 しかし、魔神に立ち向かう者もいた。

 バールダッドとその仲間たちである。


 魔神とバールダッドの死闘は苛烈なものとなる。

 肉体は傷付き、魂まで破損をしても、どちらも戦いを止めることはない。

 必ず敵の命を滅ぼすのだと、両者は限界を超えて闘争を続けてゆく。


 やがて、決着はついた。

 バールダッドの聖剣が魔神の心臓を貫いたのである。

 魔神の息の根は止まった。


 しかし、バールダッドもただでは済まなかった。

 魔神の心臓を貫いた聖剣は砕け、555個の欠片へと変わり果ててしまう。

 体も魂も傷ついたバールダッドは、神界の奥底で眠りにつくのであった。


 魔神の攻撃によって傷ついた神界そのものも閉ざされ、眠りにつく。

 いつかまた目覚める時が来るまで、世界が休息を取る。


 そうして神の子と魔神の戦いは幕を閉ざすのであった。


「しかしここにきて、その聖剣の欠片が目覚めを果たす」

「よいしょ、よいしょっと」

「バールダッドの持っていた聖剣。そして魔神との戦いによって砕かれてしまった555個の欠片。それがこの『宝剣』の力の元となり……って、話を聞いてってばーーー!」

「はいはい、また後でなー」


 太陽が山の稜線に姿を隠そうとする間際。

 俺は今日最後の仕事をせっせと頑張っていた。


 茜色に暮れた空。もうかなり暗くなっている手元を焚火の火で照らしながら、急いで作業をする。


 フィアが隣で何かを話しているが、さっきから断っている通り、今の俺にはもう時間がない。

 もう太陽が沈み切ってしまう時間には間に合わないが、少しでも日の光がある内に作業を進めてしまいたかった。


「ねー! ねー! 『宝剣』の戦いの話を聞いてってばー! 今なにやってるのさー!?」

「今は燻製づくりの、その下準備って感じだな」


 フィアが俺の服を掴み、体を揺すってくる。

 だが悲しいかな、彼女は非力であり、俺の作業の邪魔にはならない。


 俺達は今日、大量のヘビの肉を手に入れた。

 しかし、このまま放っておけば確実に腐る。なるべく長く保存しなければいけない。


 そのため、俺はヘビ肉の燻製を作ることにした。


「とりあえず、縄文式の燻製法を試してみようと思う」

「ジョーモンシキ燻製法?」


 彼女が首を傾げる。


 燻製は食材を煙で炙ることによって、食材を腐りにくくする技術である。

 火の煙による殺菌効果と、食材の水分量を減少させることによって保存効果を高めるのだ。


 保存食として利用されるだけでなく、その煙の香り付けによって様々な燻製の味を楽しむことが出来る。

 幅広い食材で試せるし、お手軽にできる調理法なのであった。


 縄文式の燻製法は、文字通り縄文時代から使われているとされる燻製の方法だった。

 特別な道具は何もいらない。

 すぐその場で出来る燻製なのである。


「まず、地面に大きめの穴を二つ掘ります」

「ふむふむ」


 縦に深い穴を、隣同士に二つ作る。

 大きさに差を付け、片方を小さめに作るのが良い。


 フィアの剣を使って、せっせと深い穴を掘る。手でもいいけど、やはり金属製の道具があると効率は段違いだ。


「……私の剣をそんな風に使って欲しくないんだけど」

「許せ。サバイバルでは、使えるものは何でも使わないと生き残れないんだ」

「ヘビの調理も私の剣を使ってたし……」

「許せ」

「むー……」


 フィアが頬を膨らまし、ジトっとした目をこちらに向けて抗議の意を示す。

 偉大なる戦いとやらにこの剣が使われていないことを不満に思っているらしい。


 しかし、この剣の存在は滅茶苦茶助かっている。

 サバイバル生活において、刃物の有無は生存率に大きく影響する。実際、彼女の剣が無かったら、俺達はヘビを捌くことすら出来ていないのだ。


 本当に助かっている。

 流石にこの作業が終わった後は、彼女の話を聞かないと申し訳が立たないかもしれない。


「その後、二つの穴を底の方で連結させます」

「ほうほう」


 作業に意識を戻す。

 二つの穴を仕切る土をくりぬいて、トンネルのように二つを連結させる。いわゆる連結土坑というやつだ。


 なんだかんだ言って興味深いのか、フィアが傍でちょこんと座りながら俺の作業を見守っていた。


「一方の穴で火を焚けば、煙がトンネルを通してもう一方の小さい穴の方に流れていく。その穴の出口を蓋してしまえば、そこに煙は充満する。その穴に食材を入れておけば、立派な燻製の出来上がりってわけだ」

「へー……」


 俺の解説に、フィアが感心したような声を出す。

 彼女は純真なリアクションをしてくれるから、こちらもやりがいがある。


 煙の充満する方の穴にいくつか木の枝を刺し込み、その上にヘビの肉を乗せる。

 本当は予め食材を塩漬けしておきたいところだが、その工程は割愛。

 塩が無いのだ。仕方がない。


 穴の蓋は落とし穴を作る要領で塞ぐ。穴の上に木の枝を交差するように乗せ、そこに大量の草や葉っぱを乗せる。


 なるべく隙間の無いように、大量の草を被せる。煙を逃がさないようにするためだ。

 落とし穴の要領と言ったが、別に土は被せない。

 肉の上に土が落ちるのは流石に嫌である。


「これで縄文式の燻製窯の出来上がりだ」

「おー」


 フィアがぱちぱちと軽い拍手をする。


「後は、出口を塞いでいない穴の方で火を焚けば……」


 木を組み、先程までヘビの肉を焼いていた焚火の火を移す。


 穴の中で炎が燃え上がり、煙がもくもくと上がっていく。煙は大きな穴から小さな穴の方へと流れ込んでいく。

 上手く煙が流れ込まなかったら、火の位置、穴の大きさ、空気の送り込む道などを調整していく。


 こうして縄文式燻製法の工程は全て終了した。


「後はじっくり待って、ヘビの肉をしっかりと燻していこう」

「おー」


 ヘビの肉が入っている穴にはちゃんと煙が充満しているようだ。

 穴の蓋となっている草木の隙間から、少しずつ漏れ出るように煙がもわもわと上がっている。


 後は待つだけ。

 ヘビ肉の燻製は上手くいきそうだ。


「後は待つだけなんだよね! じゃあ、私の話を聞く時間も出来たね!?」

「いや、もういくつか同じ燻製窯を作っておこう」

「なーんーでーっ……!?」


 ヘビの肉は少なく見積もっても百キログラム以上はある。

 始めから全部は食べきれないことは分かっている。だが、なるべく多くを燻製にして、できるだけ多く食料を確保しておかないといけない。


 この遺跡の周辺で何日サバイバル生活をするのか分からない。

 食べ物の過多は生死に直結する問題だった。


「最低でも今日中に5個ぐらいは作っておくか……」

「ねーねー! いい加減私の話を聞いてってばー!」


 抗議を上げるフィアの声を無視し、俺はまた剣を使って地面に穴を掘っていく。


 完全に日は暮れた。

 手元を照らすのは焚火の火だけである。


 でも、俺ならばできる。暗い闇の中でも燻製窯作りをやり遂げることが出来るはず。

 その先に、俺の生き残る道があるはずだった。


「ねーってばーーー!」


 サバイバル生活一日目、夜。

 フィアの叫び声が昇り始めた星の空に響き渡るのだった。


 ……いや、いつも叫ばせてごめんな。

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