10話 宝剣祭
「とりあえず、そろそろちゃんと話を聞いて欲しい」
「はい……」
夜は更け、空気はより冷え込んできていた。
ここは遺跡の地下部分。
俺が一番最初に目覚めた場所だ。
とても広い空間であり、無数の太い柱がこの地下を支えている。
その柱の一つ一つに不思議な青白い光を放つ灯火が付いており、この大空間を薄く淡く照らしている。
火の明かりでも電気の明かりでもないように思える。
地球にいた時には無かった種類の光。魔法によって作られた光であるように感じた。
古ぼけた石造りの地下空間。
壁も床もボロボロであり、長い年月人の手が入っていないのか壁面には蔦が伝っている。だけどそれでも、なんとなく落ち着いた空間であった。
「なんか色々はぐらかされている様な気がするけど、話ぐらいは聞いてくれてもいいと思う」
「仰る通りで」
フィアのジトっとした目が俺に向けられる。
今まで散々彼女の話をスルーしてきたからな。俺の自業自得だろう。
外で夕飯を食べ、数時間を燻製の作業に費やした後、俺達はこの場所へと移動していた。
土で焚火を消し、晩飯の後片付けも終えたが、サバイバル生活を送る上で自分達にはまだ今日の内にやらなければいけないことが一つあった。
それは寝床の確保である。
どんな生物であれ、睡眠時は最も無防備な状態となる。その睡眠時にどれだけ安全性を確保できるかで、生存率が大きく変わってくることは言うまでもない。
とは言っても、俺達はもう既に良い寝床の場所に当たりを付けていた。
この場所、遺跡の中である。
屋内で、他の動物の気配もない。
行動の拠点とするにはこれ以上ない場所であった。
遺跡の中へと入っていき、フィアの宝剣が祭られていた白い部屋を通り過ぎ、俺が目を覚ました地下の部屋まで移動する。
ここが本当に安全な場所なのかまだ確証がないが、外の森よりかは危険でもないだろうということで、俺とフィアはここで眠ることにした。
これで今日一日やるべきことは全て終わった。
色々なことがあったが、俺達はこのサバイバル一日目を何とか生き延びることに成功した。
これで後は眠るだけなのだが……、
「私の話、聞いてくれる?」
「あぁ、お待たせした」
フィアがぐいと顔を近づけ、俺の目を覗き込む。
今日やるべき事が無くなって、彼女の話を聞く時間となった。
「本当に本当に、今日やることはもう無い?」
「本当に本当に、無い」
かなり警戒されている。
彼女のジトっとした目が緩むことはなかった。
「じゃあ話すね。私たちの『宝剣の戦い』について……」
フィアがこほんと小さく咳払いをする。
彼女の話が始まった。
「まず、私の持っているこの剣について。この剣は正確には『聖剣』ではなくて、『聖剣候補』の一本なの。聖剣の種というべき剣……」
「…………」
「名を『
フィアが傍らにある剣を手に取る。
俺が大蛇を倒した彼女の剣だ。
相変わらず白く綺麗な剣だった。
剣身と柄に華やか装飾が施されており、細やかで美しい。剣の鍔の部分には白い宝石が輝いており、それが神秘的な雰囲気を醸し出している。
真っ白な剣身が部屋の青白い光を反射して、微かに揺らめく青色を映していた。
『宝剣』。
彼女はこれまでにその単語を何度か使っている。
この剣に付いた宝石はこの剣の大切な要素なのだろうか。
「ヘビを捌くのとか、穴を掘るのにすごく役立ったよ」
「……この剣はそういうことに使うためのものじゃないんだってば」
彼女がむすっとする。
ついからかってしまった。
だが、本当にこの剣の存在には助かっている。
ヘビを捌くのも、枝を切るのも、果物の皮を剥くのもこの宝剣を使っている。刃物が無い状況でのサバイバル生活なんて、それだけでハードルが死ぬほど高くなる。
もう既に俺はこの宝剣に命を救われていると言っても良かった。
「それで、この世界にはたくさんの『宝剣』……聖剣候補が存在するの」
「えぇと、なんだっけ……。確かたくさんの聖剣候補が戦い合って、鎬を削り、壊し合い、戦いの中で進化していくんだっけ? そうやって、『真の聖剣』を作り出す。そんな話だったか?」
「……私の話、聞いてたんじゃない」
フィアが口を尖らす。
この話は森の中に入った時に聞いた。彼女は俺にしがみ付きながらこの話をしていた。
俺は森を探索することに集中していたから適当に聞き流していたが、まぁ、全く聞いていなかったわけじゃない。
「つまり、この戦いはバトルロイヤル形式だってことか?」
「うん、まぁ、端的に言うと」
彼女がこっくりと頷いた。
「簡潔に表現するなら、この戦いは『宝剣』を『聖剣』へと育てるための戦いなの」
「聖剣へと育てる、ねぇ」
「この世界に存在するたくさんの『聖剣候補』が競い合い、自分の剣を『真の聖剣』へと進化させるための戦い。宝剣の勇者は皆、自分の宝剣を鍛え上げて聖剣へと導かなければいけない」
フィアが俺の目を見る。
「この大いなる儀式の名前を『
「『宝剣祭』……」
彼女の白い髪が、青白い炎に照らされ微かに輝いていた。
「……神の子バールダッドの神話、覚えてる?」
「あぁ、覚えてる」
「……やっぱり私の話、ちゃんと聞いてたんじゃない」
彼女の眉に皺が寄る。
これはヘビの燻製を作っているときに聞いた話だったな。
「えぇっと……神の子と魔神が戦って、相打ちみたいな形になったんだっけ? それで神の子の使っていた聖剣がバラバラに砕けた、と。で、その聖剣の欠片が最近目覚めを果たしたって感じだったか」
俺の口から、かいつまんで概要を話す。
確かこんな話だった気がする。
「……ん。それで大体合ってる。そして、その聖剣の欠片が今ある『宝剣』の力の元となってるの。これ。ここを見て。この宝石のことなの」
フィアが宝剣を手に取って、指を差す。
剣の鍔の部分には、白い小さな宝石が埋め込まれている。
「この宝石……これがバールダッドの聖剣の欠片」
「……聖剣の欠片」
「これがこの宝剣の力の核であり、この宝石に力を注ぐことこそが全ての宝剣に与えられた使命」
フィアが顔を上げる。
「貴方への願いは一つ。この宝剣を守り、育て、力を注ぎ、この剣を聖剣へと導いて欲しい」
「…………」
「さすれば貴方はこの世を統べる王冠を頂き、世界の王となるでしょう」
「世界の王?」
「貴方は世界を救い、その世界の力を以って自身の願いを叶えることができるのです」
彼女の声は淡々としている。
感情の色が混ざらない平坦な声。
だからこそその雰囲気は静謐で、犯し難い神秘的なものを感じさせられた。
「どうかお願いします、レーイチロー。この剣を導き、この剣を正しき姿にお戻し下さい」
「…………」
「さすれば神界は蘇り、世界は光で満たされるでしょう」
そして彼女は俺の前で跪いた。
片膝をつき、両手で俺へと剣を差し出す。
頭を垂れ、まるで俺に服従するかのように身を低くしていた。
「…………」
地下の冷えた空気が肌にしみこんでくる。
この空間はどこまでも静かで、青白い灯火が小さく揺れているだけである。
冗談なんて一つも混ざっていない。
本当に真剣な様子が、彼女の全身から伝わってきた。
「…………」
だから、俺も真剣に言葉を返した。
「……いえ、やっぱりちょっと興味ないです」
「なーんーでーっ……!」
フィアが叫ぶ。
彼女の話はちゃんと聞いた。
今までのようになあなあで流していたわけでなくて、真剣に彼女の話と向き合った。
そしてちゃんと聞いたうえで、改めて断りの返事を出す。
俺の答えはノー。
なんか大変そうな戦いに巻き込まれるのは、やっぱり御免であった。
「なーんーでーっ……!」
彼女は叫んでいる。
今日だけで何度彼女に叫ばせてしまっているだろうか。
全部俺が原因だな。
「なーんーでーだーっ……!」
彼女の高い声が地下の大空間に響き渡るのだった。
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