4話 熱戦! レッサーファングボア!

『レッサーファングボア Lv.5

 HP 45/45』


「モンスター?」

「気を付けて、レーイチロー!」

「…………」


 フィアさんが張り詰めたような声を発する。


 俺の目の前には一風変わったイノシシがいた。

 下顎の牙が異様なほど発達しており、口から大きく飛び出して角のようになっている。

 目からは殺気が迸っており、額には怪しく光る宝石のようなものがくっついている。


 イノシシ型のモンスター。

 怪物が俺の目の前に立ちはだかっていた。


「ブモオオオオオオォォォォォッ……!」


 イノシシが雄叫びを上げる。


 モンスター……。

 まるでゲームの中の世界のようだな、と感じる。


 モンスターなんて存在、俺のいた地球では出現しないものであるが、フィアさんは『モンスター』という存在に全く疑問を感じていないようである。


 『異世界』といい『聖剣』といい、この世界はそういうものなのかもしれない。


 あのイノシシのモンスターに出くわした時、青白い透明のウインドウが空中に浮かび出て、『レッサーファングボア Lv.5』とイノシシの名前と強さが文字として浮かび出る。

 それがますますゲームのようであった。


 レベル……。

 この世界にはレベルなんてものがあるのか……。


 ……なんだか嫌な予感がした。


「ブモオオオオオオォォォォッ……!」


 イノシシが一際大きな声を上げ、こちらを威嚇してくる。


「戦おうっ! レーイチローッ!」

「…………」

「私の剣を使って……!」


 フィアさんが切羽詰まった声を出しながら、俺に例の剣を差し出してくる。

 イノシシは決して油断してはいけない相手なのだろう。


 戦闘の初心者である俺にとって、目の前のイノシシは十分に俺を殺し得る存在である。慢心なんて以ての外。


「初めての戦闘だよ! 気を付けて、レーイチロー! 私の宝剣の力を使って……!」

「…………」

「準備はいいっ!?」


 フィアさんの緊張感から、それが伝わってくる。

 イノシシは今すぐにでも襲い掛かって来そうな様子であった。


「…………」

「……ど、どうしたの、レーイチロー!? 早く剣を受け取って!?」


 しかし、俺はフィアさんの差し出す剣をまだ受け取っていなかった。

 それよりも前に、気になることがあったのだ。


「フィアさん、質問があるのですが」

「な、なに? この状況で……?」

「俺のレベルって、いくつか分かりますか?」


 敵のイノシシのレベルは5。

 そして、おそらく俺のレベルは……。


「えっと……多分、1……」

「…………」


 うん。

 ……うん。

 まぁ、そんなことだとは思った。


 敵のレベルは5。

 俺のレベルは1。


 うん。

 うん……。


「逃げるぞっ!」

「えっ!? えっ……!?」


 俺は背を向け、一目散に逃げだした。

 フィアさんを抱きかかえ、全力で駆け出していく。


「た、戦わないのっ……!?」

「戦いませんっ! 相手のレベルが5で、俺は1なのでしょう!?」

「宝剣の担い手として、勇ましく戦わないのっ……!?」

「勇敢さで命が守れてたら誰も苦労はしませんっ!」

「な~~~っ!?」


 フィアさんがびっくりしている。

 でも慎重にいかなければならない。命を守る為だったら、無様に逃げることも厭わない。


 フィアさんの言ってる『宝剣』ってなんだっけ? そういえば、さっきなんか説明をしていたような……。

 まぁ、今はいいや。


「ブモオオオオオォォォォォッ……!」


 後ろからイノシシの迫る気配がする。

 俺達を追い、体当たりしようとしてきているのだろう。


 普通、野生のイノシシと出会ってすぐに逃げ出すのは悪手だ。それはイノシシを興奮させてしまう要因となる。

 慌てず落ち着いて、イノシシから目を逸らさず後退りするのが基本の逃げ方だ。


 しかし、このイノシシは普通ではない。

 モンスターだ。

 相手は最初から興奮をしていて、どうやらやる気だった。


 イノシシが俺を追いかけてくる。


 通常、イノシシから走って逃げることは出来ない。

 イノシシの走る速度は時速40km以上。人間ではどうあっても敵わない。


 だから、背を向けて走る俺の行動は悪手のようにも見えるのだが……、


「よっと!」

「ブモオオオオォォォッ……!?」


 俺は近くにある木に登った。

 勢い余って、イノシシの頭が木に激突する。どしんと強い音が周りに響いた。


 イノシシは木に登れない。だから、イノシシから逃れる時は木に登る。

 それは単純明快なイノシシの対処法だった。

 そしてその対処法は、目の前のモンスターにも有効なようだった。


「ブモッ……! ブモモッ……!」

「ははは、やーいやーい」

「…………」


 俺はフィアさんを抱えながら、するすると木の上へ登っていく。

 眼下のイノシシに出来ることは何もない。イノシシからはっきりとした殺意を感じるが、奴に出来ることは何もない。


 恨めしそうに木の周りをぐるぐると回ることしか出来ないようだった。


「ブモォッ! ブモモオォッ……!」

「…………」


 丈夫な木の枝に腰掛け、一息つく。

 暫くその場でじっとしていると、モンスターのイノシシは諦めてこの場を離れていった。


「ふぅ、助かった」

「…………」


 イノシシはいなくなった。

 目視でも確認できなくなる。


 俺達はモンスターという脅威から逃れられたのだった。


「ま、まぁ……逃げも正しい判断、かぁ……」


 フィアさんが目をぱちくりさせている。

 モンスターから一目散に逃げたことが意外だったようだ。普通、モンスターとは戦うものなのかもしれない。


「勇敢に戦った方が良かったですか、フィアさん?」

「ま、まぁね……宝剣の勇者だったら、雄々しくモンスターと戦うのが普通かなぁ、って……」

「残念。俺は勇者にはなりませんから」

「も~~~っ!」


 俺はなんかややこしそうな戦いに巻き込まれるつもりはない。

 勇者にならないのだから、勇ましく戦う必要も無いのである。


 逃げ回ってやる。

 命を大事に、逃げ回ってやるのだ。


「安全第一ということで。命が一番大切ですから」

「正し過ぎて反論できないのが悔しい……!」


 フィアさんが頬を膨らませる。

 心情的には俺に勇ましく戦って欲しいのだけれど、俺の言っていることをしっかり認めてくれている。

 そんな感じだった。


 やはり彼女が俺に求めるのは英雄的行動なのだろう。

 しかし、どうもそれには応えられそうにない。

 俺は普通の人間なのだ。


「はい、さっき採った果物です。ちょっと一休みしませんか?」

「も~~~っ……!」


 俺に聖剣を使って勇敢に戦って欲しい。

 しかし、命を守るため慎重に徹する俺の行動も理解できる。


 そんな、なんとなくやり切れないフィアさんの心情が呻き声となって口から漏れ出していた。

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