3話 大いなる戦いの話

「この戦いはね……『真の聖剣』を創り出すために行われる大いなる戦いなの……」

「…………」


 俺は食料や水の調達のために、森の中を探索していた。


 鬱蒼とした森の中を練り歩く。木々が所狭しと乱立しており、広がる枝葉が太陽の光を遮っている。

 鼻を刺すほど森の匂いは濃く、そこら中が精気に溢れていた。


「この世界には数多の『聖剣候補』の剣があって、その剣同士が競い合い、壊し合い、自らの剣を鍛え上げていく。そうして戦いの中で進化していった剣は一本の『聖剣』となるに至るの」

「…………」

「この戦いは多くの『聖剣候補』の剣がお互いを壊し合い、自らを『聖剣』へと進化させるための戦いなの」


 草木を掻き分け、前へと進む。


 見知らぬ遺跡の中で目覚めて数時間、聖剣の少女と出会ったり、その子から聖剣の担い手となってくれと頼まれたり、色々なことがあったが、そんなことより俺には絶対に必要なものがあった。


 水と食料である。


 そりゃそうだ。

 見知らぬ土地で記憶もなく目覚め、手元には何もない。

 食料が無ければ呆気なく死んでしまうような状態だった。


「そしてその『聖剣候補』の剣の一つが、今ここにある剣……」

「…………」

「名を『宝剣ジュエルエッジ』と言うの」


 そういう訳で見知らぬ遺跡で目が覚めて一日目、異世界と思われる奇妙な場所で、兎にも角にもサバイバル生活が始まった。


「この世界にはたくさんの『宝剣』が存在する。その宝剣の担い手たちは自分の宝剣を育て、守り、他の宝剣を打ち倒し、自らの剣を『聖剣』へと導かなければならない」

「…………」

「それが、全ての宝剣に与えられた使命……」


 森は食料の宝庫だ。

 木の実に山菜、キノコにイモ。

 正しい知識と運さえあれば、食材はありとあらゆる場所に転がっていると言っていい。


「数多の宝剣たちの戦い……その戦いには、こう名前が付けられている」

「…………」

「『宝剣祭ジュエルエッジ・フェスタ』と……」


 だから、正しい知識と生き抜くための体力、そして運さえあれば森の中で生き抜くことも決して無理なことではなかった!


「……私の話、聞いてた?」

「いや、今忙しいんで……」

「も~~~~~っ!」


 フィアさんにぽこぽこと叩かれる。


 彼女は未だ俺の腰にしがみついていた。

 呪いの装備のように俺から離れようとせず、すぐ傍でなんか難しい話をしていた。


 だけど今の俺には、聖剣とか宝剣とか、なんかよく分からないものに関わっている暇なんてない。

 食料探しで忙しい。

 さっきから言っているが、俺には水と食料が絶対不可欠なのだ。


「お、果物発見」

「も~~~~~っ!」


 フィアさんが不満そうな声を出す。


 大木の枝の先に、丸々太った黄色い果物がたくさん生えていた。

 見たことない種類の果物だ。


 ただの俺の知識不足か、あるいは本当にここが『異世界』で、俺の世界には存在しなかった種なのか。


 フィアさんも俺のことを『異界の子』とか言ってたしな。

 色々あり得ないことが起こってばっかだし、異世界なんて存在あり得ないと断じて捨てるのはむしろ危険のような気がする。


 まぁ、そんな小さなことは今、どうでもいい。

 サバイバル生活が上手くいくのなら、ここが地球か異世界かなんてどうでもいいのだ。


「今から木に登りますので落下に気を付けて下さい、フィアさん」

「……ん、分かった」

「別に離れててくれてもよいのですが」


 フィアさんはずっと俺にしがみついている。

 だけど彼女は小柄でとても軽かったため、俺の行動には何の支障もなかった。彼女がくっついたまま、俺は木に登って果物を収穫する。


「よっと」


 木から飛び降り、両足で地面に着地する。

 サバイバル生活一歩目、俺は果物を手に入れた。


「……私の話、聞いてってば」

「いや今、忙しいので」

「もう食料手に入ったじゃんっ……!」


 フィアさんが喚く。


 確かに今、俺は果物を手に入れた。

 しかしだからと言って、俺はこの窮地を脱したわけではない。


 食料よりもすぐに必要なものが、まだ足りていないのだ。


「水です。水がすぐにでも必要なのです」

「水……?」


 『3・3・3の法則』というものがある。

 人間が生存できる期間についての条件であり、空気が無いと3分で、水が無いと3日で、食料が無いと3週間で人は死に至るというものだ。


 水が3日で、食料が3週間。

 食料よりも水の方が緊急性を要するものだった。


 もちろんこの数値は個々の状況によって変わってくる。

 俺は先程見知らぬ場所で目覚め、以前の記憶がない状態だ。最後に水分を取ったのがいつなのかすら分かっていない。


 いつ脱水症状になるか分からない身なのだ。


 だから水を今日中に見つけないといけない。ちんたらしている暇など無い。

 最悪でも明日中。

 それまでに水を見つけられなかったら、俺はほぼ確実に死ぬのだろう。


「…………」


 だけど、まだ水の在り処は見つかっていない。

 川も無ければ湖も無い。ビニール袋があれば青草の水気を集めることも出来るのだが、いかんせんビニール袋のような便利な道具など手元にない。


 早く水の在り処を見つけなければ。

 俺は少し焦りを感じていた。


「んー、水の場所なら、私知ってる」

「え……?」


 ……などと考えていたのだが、予想外の一言がフィアさんから漏れ出した。


「え……? 水、知っているのですか?」

「うん。結構近場にあるよ?」

「…………」


 別に何でもないことかのように、彼女がさらっと喋る。

 俺は少し唖然としていた。


「……その水の在り処、後で教えて頂けますか?」

「ん、いいよ。遺跡の場所から近い場所にあるから、帰りに教えてあげる」

「…………」


 あっさりと許可が出る。

 こうしてすんなり水問題は解決しそうであった。


「…………」

「ん? どうしたの、レーイチロー?」


 俺はフィアさんのことをじっと見ていた。

 この子はなんというか、とても純朴な子だった。


 駆け引きに使えたはずなのだ、水の在り処なんて重要な情報は。

 彼女は今、聖剣に纏わる役目を俺に任せたいと考えている。ならば、『水の在り処を教える代わりに、私の要求を飲んで』ぐらいは言えたはずなのだ。


 そうなったら俺は彼女に従わなくてはならなかった、かもしれない。


 しかし彼女はそうしなかった。

 というより、そういう考えすら思い至っていない感じである。


「…………」

「レーイチロー?」


 その場で棒立ちして、頭を掻く。

 今、俺は見知らぬ場所で目覚め、何も持ってなく、記憶も無い状態だ。

 だから、誰も信用することが出来ない。


 しかし、すぐ傍にいた小さな少女はなんともまぁ、裏表のない性格をしていた。謀略というものに凄く向いていない。

 思わず毒気が抜かれてしまう。


 目の前にあるきょとんとした顔が演技なら大したものだが、さて、どう判断したらいいものか。

 俺は彼女とどう接していけばいいのか。

 まだ結論は出ない。


「……とりあえず、フィアさんは悪い人に騙されないように気を付けて下さい」

「え? え……? なに、急に?」


 ちょっと彼女の将来が心配になりながらも、俺は前へと進む。

 水の場所は帰りに教えて貰えるらしい。なら、まずは食料集めに専念しよう。


 そんな話をしている時だった。


「ブモオ……ブモオオォォ……」

「ん……?」


 獣の唸り声のようなものが近くから聞こえた。


 草むらがガサガサっと揺れ、俺とフィアさんの注目がそちらへ向く。何かの動物の気配が近くの草むらの中から伝わってきた。


「なんだ?」


 俺は身構え、警戒心を引き上げる。

 フィアさんも俺から離れ、いつでも動けるよう臨戦態勢に入った。


「ブモオオオオオォォォォォッ……!」


 そして、その何かは雄たけびを上げながら草むらの中から躍り出た。


『レッサーファングボア Lv.5

 HP 45/45』


「なん、だ……?」


 草むらから飛び出てきたのは一風変わったイノシシであった。

 見慣れたイノシシよりも体が一回り小さく、その代わり下顎の牙が異様なほど発達している。

 牙が口の中に納まりきらず、大きく外側に飛び出していて、まるで角のようになっていた。


 目は赤く血走っており、俺達を見るその眼からは強い殺気が迸っている。

 そして額には怪しく光る宝石のようなものがくっついていた。


 ただのイノシシではない。

 それは、例えて言うならば……、


「モンスターだっ……!」


 まるで俺の心の中を読んだかのように、フィアさんがその言葉を叫ぶ。


 異世界初日。

 俺は元の世界にはいなかった『モンスター』という存在に出くわすのだった。

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