第6話 調達

「今戻りました!」

 瀬里奈が元気よく扉を開けて飛び込む。

 事務所では二人がつまらなさそうにブラウン管テレビを眺めている。

「ありがとよ瀬里奈ちゃん。あとセンバラ」

「蒲原です」

「助かったわ」

「あの社長、これ経費で落ちないですか?」

「それじゃあ昼食にしましょう」

 瀬里奈の問いかけは無かったことにされ、そのまま昼食は移った。まるで普通の会社の休憩風景。まあ社長が学校の制服ということを除けば。

「どう? 今日でどんな感じか分かったかしら」

「大体はって感じですね」

「まあ基本的に人や物を目的地に運ぶだけだから、難しいことはないわ。少し危険があるだけよ」

「……それが唯一の心配要素ですかね」

「それと住む場所は用意しておいたわ。後で瀬里奈に連れてってもらって。他にも調達するものがあるから、明日まとめて行くからそのつもりで」

「楽しみだな、にいちゃん」

「ははっ、まあそうですね」

 必要なもの、というのが嫌な予感しかしない上、楽しみじゃないのは確かだ。仕事の話もそこそこに、適当な雑談をしつつ箸を進める。

「そういえば瀬里奈ちゃん、スイフト車高調入れないのか?」

「給料が出なきゃ付けれるもんも付けれないですよ、てか牛丼のお金佐本さんは払ってくださいよ。もう社長は奢りでいいんで」

「んなケチなこと言うなって。ほら社長も」

「貴方達うるさいわね、文句は北海道に戻ってからよ」

 どうやら、と言うよりやはりここは北海道では無いらしい。思えば地元から遠く離れた土地と言うのは少し不安感はある。なんせ持っているのはスマホと財布、雇われた三〇万円の封筒だけ。理由は色々聞きたいが、出来るだけ深く関わらず早めに関係を切りたい。黙って牛丼をかけ込む。


 場所は移って事務所の前に適当に止められたスイフトの車内。

「今からドンジャラさんの新居にご案内しますよー」

「蒲原です」

「それじゃあ掴まっててください!」

 前輪に車体が引っ張られ、サイドでリアタイヤをロックさせながら公道に飛び出す。それから車体が真っ直ぐになったかと思うと、マフラーから火を噴きながら加速を重ねる。

 エンジンを目一杯まで使い切ると叩き込むようにギアを上げ、また派手にアクセルをフロアマットに押し付ける。

「結構飛ばしますね」

「アクセルは踏み抜くためにあるんですよ!」

 彼女がそう叫ぶと、次はブレーキに足を掛け、また強くサイドブレーキを引いた。タイヤ痕と焦げ臭い匂い、そして白煙が車体を包み向きを変えた。フロントガラスの向こうには細い獣道が現れ、そこに向けて突っ込んでいく。

「こっちの方が早いんですよ。たまに動物出てくるから気をつけてくださいね!」

 それから右へ左へ上へ下へと揺さぶられながら、遂に建物が見えてきた。会社がある場所とは打って変わり、小規模な住宅街。その中にある古臭いアパート。砂利が踏み固められた駐車場のような所へ雑に停め「ようこそ、この会社の寮ですよ。タチビナ荘」と言い、車を降りて建物へ足を向けた。

「瀬里奈さんもここに住んでるんですか?」

「一ヶ月くらい前からですけどね。少しカビ臭くて埃っぽいですけど慣れれば悪いところじゃないですよ」

 にこやかにそう言い切ったが、俺からすればほぼ廃墟だ。赤茶色の階段を踏み締め、二階へ上がると角部屋に案内される。それから突然手を引っ張られ、何かを握らせてきた。

「はい、どうぞ」

 手を開くと小さな鍵。それを恐る恐る差し込み、ゆっくりと回した。目の前に広がったのは日当たりの悪い、ワンルームの和室。そして昔ながらのキッチンがオマケ程度で付いているだけだった。まあ部屋こんなもんだろう。あとは狭い押し入れだけで、他に扉もなかった。

「風呂とトイレは」と聞くと彼女はあっさりと「無いですよ」と答えた。

「一階にトイレは共用のがあるので。お風呂はここから五分くらいのところに銭湯があるので、そこくらいですよ」

 ヘラヘラとしていたが思っていたよりこの人は図太い根性を持っているらしい。こんな仕事をしてるだけはある。

「荷物は他に無いですよね。それじゃあ次のところへ行きましょう!」

 それからまたスイフトに押し込まれ、次の目的地に着く頃には、腰がボロボロになっていた。

「用事終わったらでいいんですが、ドラッグストア寄ってもらえませんか」

 この調子じゃ運転もできない。コルセットくらいは買わなければ。瀬里奈はなんのことかわからない顔をしていたが。

「それより仕事道具ですよ。ここから好きなの一台選んでください」

 元気に走って向かったのは小さなジャンクヤードだった。廃車寸前のクルマがずらりと並んでいる。

 声を聞きつけたのか倉庫の奥から一人の男が出てきた。俺より二、三個上だろうか。あまり変わらない年齢に見えた。

 汚れた作業着を腰に巻き付け、怠そうに頭をかきながら「社長のとこの、なんつったっけ」と瀬里奈に近づく。

「瀬里奈ですよ! こないだも来たじゃないですか」

「そうだったか。それより」

 俺の方へ睨みつけるように視線を移した。

「そいつは見たことねえ顔だな」

 何か敵対心が透けて見えるが、ここで俺が争う理由はない。穏便に済ませよう。

「昨日からお世話になってる蒲原です」

「ゼンバラ?」

「蒲原です」

 何かまだ気に食わないように顔を歪めたが「金矢だ」と短く名前を言うと瀬里奈に話を戻す。

「で、何の用だ」

「まだ昨日来たばっかりで車がないので、何か見繕いに来ました。それと道具も何かありますか?」

「そのことか。ならその辺のやつ持ってきな。鍵は刺さってる、エンジンが掛からなきゃ諦めろ。あと瀬里奈、前言ってた話だが」

 瀬里奈と何か話があるようで、また倉庫の中へ消えていった。そして俺はジャンクの山にポツンと残された。

 その辺から選べと言われたが。

 思わずため息が出る惨状だ。

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ラストラン @siosio2002

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