第5話 お客様

「政治家からの依頼ですか?」

「まあそうなるね」

 高速のパーキングエリアでようやく仕事内容の説明を受けた。

 詳しい話は、別れた妻と親権で揉めて、どうにかこうにか所有を自分側にできたみたいだが妻の方が子供を連れて移り住んだらしい。それがさっきの家。

 結局場所を突き止め、この会社に依頼して半ば誘拐のような形で取り戻した。この手の話は聞けば聞くほど嫌になる。警察や他の機関にも根回しして俺たちが追われることはないが、早速憂鬱な気分だ。

「目的地はこっから一時間くらいのパーキングエリア、そこで依頼主に引き渡す予定だよ。まあ本人は来ないだろうけどね」

 缶コーヒーを飲み干し、大きな溜息が溢れる。それを見た瀬里奈は憐れむようにこちらを見る。実際哀れもいいところだ。俺はメンタルが強い方ではない、それなのに無理矢理させられた仕事がこんなものだとは。


「今になって気づきましたよ。あの時受けた仕事が、端金だったって」

「みんなそう言うね。ほら、先を急がないと」


 時速百キロメートルで流れる景色の中、重い空気が車内を包む。俺は子供の顔を見ることができなかった。無心でアクセルを一定に踏み込み、前だけを見据える。

 いつの間にか目的の小さなパーキングエリアに着き、真っ黒の高級ミニバンの横につける。窓を開けて瀬里奈が「お届けです」とだけ言い、書類を渡し数秒して帰ってきた書類を受け取る。そのまま女の子が乗り移り、仕事を終えた。


「何かご飯でも行こうか?」


 気を使うように笑顔で語りかける。それが痛く心に突き刺さる。それからまた俺は溜息をつく。

「思ったより淡々と終わるんですね。この仕事」

「……確かに表立って出来るような仕事じゃないとは言え、結局仕事なんて本質は同じだよ。依頼と報酬、商品と代金、そんなもんだと思うよ」

 まあ彼女の言う通り、俺がやってた仕事だって本質は同じかもしれない。とは言え昨日までの一般市民が、突然裏の世界に入って馴染めるはずがない。

「牛丼でいい? 奢るよ」

「鼓膜潰され掛けた代償にしては安いですね」

「うっ、でも今余裕無いんですよ。許してくださいな」

「良いですよ、金庫に一銭もない会社ですからね」

 俺も少し気分転換がしたいところだった。奢ってもらえるなら早速向かおうと、エンジンを掛けようとした時だ。

 セルが力無くゆっくり回り、エンジンを掛ける元気が残ってなさそうだ。何度か試すがやはり火が入る気配は無い。

「買い換えないんですか? 社用車」

「そんな余裕無いよ。まだね」

 まあ文句を言っても仕方ない。イグニッションをオンにして瀬里奈に運転席を代わる。

「押すので惰性ついたら三速に入れてクラッチ離してください」

「押し掛けなんてよく知ってるね」

「……行きますよ」

 埃まみれのリアガラスに手をつき、踏ん張る。

「あっ!」

 思わず叫び声を上げて、その場に跪く。

「どうしたの!?」

 急いで降りてきて近づくが、俺はそれどころじゃない。

 腰に激痛が走り、声すら出ない。本当にいいことがない。

「肩貸すから、立ち上がれそう?」

 頷くことしかできず、ゆっくりと立ち上がり助手席にゆっくりと座らせられる。結局、近くに居た人に頼み、どうにかエンジンが掛かり、高速を降りた。

「前の会社の時から爆弾は抱えてたんですけどね」

「……まだ若いのに可哀想ね」

「少し安静にしてれば大丈夫ですよ」

 そんな強がりを見せていると瀬里奈の携帯が鳴る。

「多分社長かな、ちょっと出てもらえる?」

 すぐに携帯に手を伸ばし「もしもし蒲原です」と答える。スピーカーの向こうから「どうだった」と冷たい声がする。

「腰痛が来たのと、車の不調以外は順調に終わりました」

「そう、わかったわ。後帰ってくる時に、昼食も買ってきてもらえると助かるわ」

 このタイミングでお使いか。ならそのまま買って帰ろう。

「今牛丼買いに行く途中なんですけど、何がいいですか?」

「私は並に温玉乗せて、佐本は一番多いのでいいわ」

 こっちが「わかりました」と言う前に速攻で切られた。

「瀬里奈さん、牛丼ドライブスルーに変更でお願いします。お二人から昼食の注文です」

「もしかしてそれも私の奢り?」

「……割り勘にしますか」

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