第7話 ブー

 犯人、あるいはその仲間がどこかで監視しているかもしれないので、渡辺さん一家には個室に戻ってもらうことにした。何かあればすぐに私に連絡をするように伝えた。

 事件を解決しようと意気込んでいたのだが、しかしどうすればいいのか正直わからなかった。大村さんとずっと一緒にいると怪しまれるかもしれないため、大村さんには業務に戻ってもらった。渡辺さんから預かったスマホを乗務員室に保管してもらい、とりあえず、私は車内を見回ることにした。


 列車内を移動していると、車内アナウンスが流れてきた。

「~~パロンピロンポロン~~ 皆さま、ただ今より、給食の時間を開始いたします。食堂車は混雑が予想されます。個室のお客さまには各部屋までお運びいたしますので、個室で給食を取られるようお願いいたします。なお、お弁当のスタイルでもお配りいたしますので、展望車、ラウンジでもお召し上がりいただけます。お弁当の場合、特産品である高原牛乳入りカフェオレをサービスでお付けいたします。食堂車の混雑が予想されますため、どうぞ、お弁当でお召し上がり下さいませ。~~パロンピロンポロン~~」

 大村さんのアナウンスに、またドッと笑いが起こった。“昼食”と言うところを、“給食”と言ってしまったのだ。大村さんはまたしてもミスをしてしまった。きっとへこんでいるだろうなと思いながらも、和牛ハンバーグの誘惑に勝てずに、食堂車へ来てしまった。一人での旅行だし、展望車の長いすで食べるのは寂しい気がしたので、食堂車のテーブル席で昼食を取ることにした。端のテーブルに腰かけ、車内スタッフさんにチケットを渡すと、待ちに待った和牛ハンバーグが運ばれてきた。と同時に、さっき出会った覆面バイカーのコスプレをしている中林さんが私の前に座った。

「こんにちは。先ほどはどうも。ここ座ってもいいですよね?」

「……ええ……どうぞ」

 二人用のテーブルだし、混雑するらしいので断らなかった。

「鉄道会社の方なんですよね? 僕、中林です。ええっと、お名前は?」

 さっき、渡辺さん一家を乗務員室へ連れて行くときに、私は自分のことを係員だと言ってしまっていた。

「……ええ、はい、香崎といいます。今日は非番なので、個人的にお客としてプランに申し込んだんです。だからほら、私服なんです。でも先ほどは、お客さまが体調を崩されるという緊急事態でしたので、同僚の手伝いをしていました。ひょっとしたら、何か失礼なことを言ってしまったかもしれません。すみませんでした」

「いえいえ、全然気にしませんよ。僕、ヒーローですから」

 大体30歳くらいだろうか、まじめな感じのイケメンだが、ノリの軽い男だった。彼はコスプレの衣装のまま昼食をとっていた。私には、彼が変人に思えた。

 列車は鉄橋を通り終えた。私は絶景を見ることができたが、谷の深さと巨大さが少し怖かった。私は昼食中、中林さんと話をした。

「その格好、覆面バイカーでしたっけ?」

「はいそうですよ。今大人気のテレビシリーズですよ。知りませんでした?」

「ええ、そういうのにはあまり興味がないので。その衣装で、食事しにくくないんですか?」

「いやいや全然。ヒーローはいつでも戦える状態でいないと。正義のヒーロー覆面バイカーは、悪の組織デビールを壊滅するために怪人ブーたちをバッタバッタと倒していくんですからね」

「……怪人ブー。ブーですか?」

「ええ、怪人ブーです」

 若干バカにしたような言い草だった。

「それってどんなキャラクターなんですか?」

「単なる雑魚キャラですよ。何百人とか湧いて出てくる、やられキャラですよ。スマホで検索してみましょうか?」

「……ブー……」

 ちょうど横の席に黒いつなぎのようなコスプレの衣装を着た男性が座った。

「ああ、香崎さん、これですよ、怪人ブー」

「あ、これですか」

 その怪人ブーのコスプレの男性はこちらを不機嫌そうに見た。

「怪人ブーですけど、何か?」

「あ、いえ、何でもありません」

「後で僕が倒してやる、待っていろ!」

 中林さんはそう言ってポーズをきめた。

「何すか? 何やってんすか、中林さん」

「悪い、井上。こちらの美人さんが怪人ブーを知らないって言うから」

「あ、いえ、あの、もうわかりましたので」

「井上、お前、ノリが悪いな」

「中林さんが、ノリが良過ぎるんですよ」

「そりゃ、正義のヒーローだからな」

 中林さんと、この怪人ブーのコスプレをした井上という20代の男性は、コスプレイヤーの自覚について熱く語り始めた。

「香崎さん、12時30分からコスプレショーがあるんですよ。よろしければどうです?」

「あ……はぁ……」

 食事を終えて、私は静かに席を立った。

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